今日は古代史と日本神話の話でいきますが、
けっこう小難しい内容ですので、興味のない方はスルーしてください。
まず、お題に出てくる「アマテラス」とは、天照大神のことです。
なぜ今回、カタカナで書くかというと、

比較神話学などでそうする習慣があるからです。
日本の神々の名前は、同じ神でも『古事記』と『日本書紀』で
漢字表記が異なる場合がほとんどですし、また、漢字で書くと
その字の持つイメージに影響されてしまいがちです。

ですから、一つ一つの神格を記号的にとらえて、カタカナ表記に
するのが通例となっているんです。あと、今回の内容は、詳しく書くと
本何冊分もの量になってしまいますので、今回はほんのさわりだけに
とどめておくことにします。最後に参考文献をあげておきますので、
興味を持たれた方はそちらをお読みください。

天孫降臨


さて、アマテラスについて辞書をみますと、『日本神話に登場する
太陽を神格化した女神で皇室の祖神、日本総氏神ともされる。』
こんな解説が記されていることが多いんですが、
お題にあるように、2つの疑惑が持たれています。

一つは、「じつはもともとは皇祖神ではなかったのではないか?」で、
もう一つが、「じつは男性神だったのではないか?」というものです。
どちらも辞書の定義をまっこうから否定した内容ですが、
これ、自分はどっちもおおむね正しいのではないのかと思っています。

まず、皇祖神ではなかったとする説ですが、
歴史学者 溝口睦子氏の『アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る 』
という本によって広まりました。題だけみると、古代史に多いトンデモ本
のように思えますが、けっしてそうではありません。
精緻な論証を重ねた、かなり説得力のある内容だと思います。

大山誠一氏


辛口の多いamazonのレビューでも、好意的にとらえている
書評がほとんどです。では、アマテラスが皇祖神でなかった場合、
本来の皇祖神は何だったかというと、タカミムスビ(『日本書紀』では
高皇産霊尊と書かれ、高木神とも呼ばれる。)
という神だったと溝口氏は説いています。

その論拠としては、天武天皇以前には皇室でタカミムスビは
祀られていたが、アマテラスが祀られていた形跡がないこと。
日本神話の天孫降臨の部分で、タカミムスビが支配的な役割を
果たしていることなどです。これは客観的にみてまったくそのとおりですね。

次に、アマテラスが男神だったことについて。これは溝口氏が
書いているわけではなく、また別の研究なんですが、
平安時代の儒学者 大江匡房は、伊勢神宮に奉納するアマテラスの
装束一式が男性用の衣装であることを指摘しており、

タカミムスビ


江戸時代の伊勢外宮の神官も、アマテラスが男性であろう
と言及しています。この他、アマテラスを男性として表現した
彫塑や絵画は、各地に数多く残されているんですね。
かなりの疑惑があると言っていいでしょう。

伊勢神宮は、現在はアマテラスを祀る日本で最も格式の高い
神社とされますが、元来は伊勢の一地方神を祀る神社であったと
考えられます。地元の豪族である度会氏が祀っていた
「伊勢大神」の祠に、持統6年(692年)持統天皇が行幸しました。

歴史学者の大山誠一氏は、このとき、大和に祀っていた太陽神を
伊勢に移したと考えているようです。これも自分は同意見です。
この移された神が、太陽神であった男神「アマテル」だったという説は、
神話学者の松前健氏などが提唱されています。

伊勢神宮
伊勢神宮(内宮)

うーん、ここは難しい。そこまで断言できる根拠はないように
思うんですが、あっても不思議ではない気もします。
それほど唐突に、7世紀になって、記紀によって、それまで
知られていなかった神アマテラスが姿を現したんです。

さてさて、予想どおり、ここまででだいぶ長くなってしまいました。
ではなぜ、持統天皇の時代になって、いきなりアマテラスが
皇祖神とされ、女神であることが強調されたんでしょうか。
天武天皇の皇后であった持統天皇は、一人息子の草壁皇子を
若くして病気で失い、大津皇子を排斥するなど無理を重ねて、

藤原不比等
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草壁の子である15歳の軽皇子(後の文武天皇)に譲位しますが、
15歳の天皇即位は当時としては異例であり、
また孫への譲位も先例のないことでした。
ですから、これを正当化するため、アマテラスが孫のニニギに
地上を支配させた天孫降臨神話がつくられ、『日本書紀』に記載された・・・

持統天皇をアマテラスに、文武天皇を天孫ニニギになぞらえた
ということなんですが、さらにタカミムスビを、藤原鎌足の子であり、
天武、持統、文武天皇に仕えた、当時の実力者であった
藤原不比等とみる人もいます。これはあくまで一つの仮説ですが、
自分はそれなりの説得力があるように思います。

ここで、アマテラスは女神でなくてはならず、また、皇祖神であるのは
必然であったわけです。ふー、なんとか大急ぎでここまでまとめましたが、
ぜんぜん舌足らずです。もっとお知りになりたい方、
以下の本を参照なさってください。では、今回はこのへんで。

参考文献
『アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る』溝口 睦子著  (岩波新書)
『伊勢神宮の謎を解く アマテラスと天皇の「発明」』武澤 秀一著 (ちくま新書)
『アマテラスの誕生』筑紫 申真著 (講談社学術文庫)
『天孫降臨の夢』大山 誠一著 (日本放送出版協会)
『謎解き日本神話』松前 健著 (大和書房)
『激変!日本古代史』足立 倫行著 (朝日新書)