会社員西脇幸治さんの話。
こないだ、ひさびさに大酒を飲んじまってね。翌日が休みだからって、
気が大きくなってたんだな。若い頃だったらそんなことはいくらでも
あったが、30代になってからは初めてだよ。いやあ、次の日はたいへん
だった。頭がガンガン痛んで起きてられないんだ。ずっと半病人よ。
それで、女房に濃い茶を入れさせて、そん中に梅干しを一つ落として
飲んだわけ。ほら、二日酔いにはよく効くっていうじゃない。だけど、

俺の場合は効果がなかったな。一口飲んだだけでムカムカして吐き出して

しまった。やっと起き上がれるようになったのが、その日の午後だな。いや、
反省したっていうか、まだ38歳なのに、もう無理がきかない体になって
るんだって痛感したよ。こんなふうにして人はどんどん齢をとってくんだな。
 
最初は会社の同僚とビア・ガーデンだよ。ここんところ暑いだろ。だから
生ビールを調子よく、大ジョッキで5杯飲んだ。で、これでエンジンが
かかって、次の居酒屋でもビールを飲んだ。3杯だか4杯だか忘れちまったよ。
そん次がお定まりのカラオケ。ここではビールじゃなくチューハイだったな。
・・・で、これで帰ればいつもどおりなんだが、同僚と別れてから
まだ飲み足りない感じがして、一人でバーに入ったんだよ。これがよくなかった。
完全なちゃんぽんだし。そうだなあ、カクテルを2、3杯ってとこかな。
それでよ、このバーで変な客に会ったんだよ。カウンター席の隣にいて
小声で俺に話しかけてきたんだ。このあたりは記憶がとぎれとぎれなんだが、
なるべく正確に思い出してみるよ。相手は・・・男だったな。
齢はよくわからんかった。というのは、こんな気候なのに、頭から黒い

パーカーのフードをすっぽり被ってたからだ。変だと思うだろ。屋外なら
ともかく、店の中なんだから。でな、そいつ俺に「寿命を少し売ってくれないか」
なんて言うんだよ。まあ、冗談なんだと思ったよ。そんなことできるはずが
ねえじゃねえか。だけどそいつは笑いもせず、「5年分で10万円ならどうだ」
って言うんだよ。で、こいつ面白えこと言うじゃねえか、よし、のってやろう。
そう考えて「ああ、いいよ」って答えたんだよ。そしたら男はうれしそうに
笑って、ポケットから煤けて黒くなった20cmくらいの像を出してきたんだ。
仏像じゃなかったな。なんか気味悪い婆さんみてえな像だったよ。で、これを
契約した証拠に5回なでてくれって言われたんだ。まあそんなことは簡単だから
やったよ。けどな、これは俺が酔っ払ってたからそう感じたのかもしれないが、
その像を最初になでたとき、ビビッと電気が伝わるような感じが

したんだよ。2回目からはなんともなかったけどな。そしたら、男は初めて
二ヤッと笑い「ありがとうございました」と言って、やっぱりポケットから
2つ折りした万札を10枚出してよこしたんだよ。これには驚いたね。
冗談だとばかり思ってたから。でも、くれるって言うんだからありがたく
もらっておいたよ。で、そいつはひと仕事済んだって感じで席を立って
いったんだよ。なあ、でもこんなこと普通ありえねえだろ。10万って
いったら今でも大金だし、寿命なんていったいどうやって俺から抜き取るんだ。
でもよ、二日酔いで目が覚めてしばらくたってから、スーツの財布をさぐって

みたら、たしかに10万円金が増えてたんだよ。びっくりしてな、

自分の記憶をたどってみたら、このことを思い出したんだよ。でもよ、

寿命を売るなんてこと、できるわけがねえよな。なあ、あんたどう思う・・・

ルポライター曽根修平さんの話
今、本を書いてるんですよ。ホームレスの人の何人かにインタビューして、どうして
こうなったのかを語ってもらう。それと、今後の目標とか希望も。10人分も
それが集まれば本になるだろうし、けっこう読みたい人もいるだろうと思いました。
まあ、こんな世の中だし、人の不幸は蜜の味とも言うから。で、4人目かな、
〇〇公園を根城にしてる60代のAさんに話を聞いたんだけど、この人が変なことを
言うんです。普段は何かでお金を稼いでますかって聞いたら、少し前までは
金属回収をやってたけど、今は寿命を売ってるって言ったんですよ。は?と

思いました。自分の聞き違えだと思ったんです。だけど、詳しい話をしてもらうと、
ある日、ハウスの外のベンチで涼んでると、黒いフードを被った男が近づいてきて、
「寿命を売ってください」って言ってきたんだそうです。最初は冗談だと思った
そうですが、その男は札束を出してきて「現金で今払うから」って言ったそうです。

こりゃ、本当なら悪い話じゃないと思って、「ああ、俺の寿命でいいならな」って
答えたら変な像を出してきて、「1年分で2万円です。寿命を売る年数だけ、この
像をなでてもらいます」・・・これは冗談を言ってる雰囲気じゃないと思って、
「じゃあ、5年分」って5回なでた。ちゃんと10万円もらえたそうです。
おかしな話でしょう。その男、金をただ捨ててるようなもんじゃないですか。
で、10万円といえば、ホームレスなら2ヶ月は楽に暮らせます。その男は

それからもたびたびAさんとこにやってきて、そのつど5年分ずつ寿命を
売ったっていうんですよ。それが4回だから、20年分ってことになりますか。
でね、さすがにそんなことは本には書けないですよね。誰も信じちゃくれない
でしょう。だからAさんには、後日、もう一回来ますからと言ってその日は
帰ったんですよ。この話が本当なら何か進展があるかもしれないし。

だけどね、それから2週間後くらいに〇〇公園へ行ってみたら、Aさんの
ダンボールにブルーシートをはったハウスはなくなってたんです。
で、どうしたのと思って、近くの別のホームレスに聞いたら、Aさんは4日
ほど前に、テントの前で倒れてて、すでに亡くなっていたってことだったんです。
体には傷もなく、暴行されたような跡もない。だから心臓麻痺かなんかだろう
ってことで、警察でも病死として処理されたんだそうです。まあ、ああいう生活を
してるんだし、病院にも行ってないだろうから、亡くなるのは不思議じゃないん
ですが、この前「寿命を売ってる」って話を聞いたでしょう。まさかと思うけど、
Aさんの死はそれと関係があるんじゃないか、なんて考えてしまって。
まあ、さすがに考えすぎだとは思うんですけどね。人間の寿命なんて、
売ったり買ったりできるもんじゃないし、何に使うのか見当もつかないし。

看護師米山藤子さんの話
救急で来られた患者さんだったんです。急な発作で、外出先で倒れられたという
ことでした。かなり身分の高い方だったみたいです。おつきの方がぞろぞろ
病院についてこられてましたから。後で聞いた話だと、新興宗教で教祖を
されている方ということでした。ええ、男の方でした。年齢は70代、
和装をして、袴をつけておられましたよ。で、カテーテル治療をしたんですが、
倒れてからかなり時間がたっていたらしく、上手くいかなかったんです。
心臓は半分以上壊死してて、動くのがやっとという状態だったんです。
秘書らしい若い方が、ここでいなくなられては教団の運営上困る、なんとか
助けてほしいと言われたんですが、壊死した部分はもう元には戻りませんし、
先生の見立てでは、もって2週間ってことだったんです。そしたら、その秘書の
方は、「じゃあ寿命を買ってくるしかないか」と言われて・・・

でも、そんなことできるはずがないですよね。でね、本来は面会謝絶の病状
だったんですが、患者さんは有力な政治家なんかとも関係のある方だったらしく、
毎日、個室に毎日、たくさんの人が集まっていて、意識のない患者さん・・・
教祖の方を取り囲んで、お教みたいな言葉をみんなで唱えていたんです。
お経とはちょっと違うのかもしれません。外国語みたいな感じでしたね。
で、そのとき、枕元のテーブルには、いつも黒い20cmくらいの像が置いて
あったんです。いや、仏像じゃないですね。衣を着た、怖い顔のお婆さんの
ような像。それで、ここからは信じてもらえないかもしれませんが、なんと
その患者さん、2週間後に回復したんです。ありえないですよ。しかも、
何だか若返ったような雰囲気で、髪も黒くなってたし、しわも少なくなってて、
1ヶ月後には、しゃんしゃんと歩いて退院されたんですよ。