tht (2)

今回はこういうお題でいきます。さて、紙にどんなオカルトがあるのか、
あんまり自信がないですね。まず、日本における紙の歴史を
みてみましょう。歴史的に、日本で紙といえば和紙のことで、
洋紙が本格的に入ってくるのは明治以降です。紙、および紙の製法は、
中国から朝鮮半島を経由して伝わったと考えられます。

最初の紙が、書物の形で入ってきたのは間違いないでしょう。『論語』や
『史記』、経文なんかですね。日本で紙の製造が始まったのは7世紀ころ。
701年の『大宝律令』によって、国家事業として、国史や各地の風土記の
編纂のために図書寮が設置され、紙の製造と調達もそこで行われました。

紙漉き
tht (7)

ただし紙は貴重品で、一般的には、木簡がずっと後代まで使われています。
729年に自死に追い込まれた長屋王の邸宅跡からは大量の木簡が出土し、
当時の生活を知る貴重な資料となっています。木簡から和紙へと流通が
変化したのが平安時代、紙は大量生産されるようになり、
障子紙などとしても使われました。同時に紙のリサイクルも始まります。

江戸時代になると紙はありふれたものでした。だいたい1枚
300円くらいで、質の悪いものはもっと安かった。トロイアの遺跡を
発見したことで知られるシュリーマンが日本に来て、自分がハンカチで
鼻をかむと汚いと見られ、江戸の人は庶民でもみな鼻紙を持っていると、
その驚きを書き残しています。

「三枚のお札」
tht (3)

これは余談ですが、その当時、ヨーロッパ人で毎日風呂に入る人なんて
まずいませんでしたが、江戸っ子はほぼ毎日のように湯屋へ通っていました。
し尿のリサイクルなども含めて、江戸は世界でも類を見ない
清潔な都市として機能していたんです。

さて、紙のオカルトというと、最初に出てくるのは何でしょうね。
御神札(おふだ)かな。自分も怪談の中で何度か登場させています。
これ「お札」と書くと、「おさつ」と読まれてしまうので、
自分は話の中では「御札」と書くようにしてます。御神札の字のとおり、
現在は神社から授与されるのが一般的ですが、

最初はおそらく陰陽道から始まったと思われます。下の画像のような
「急急如律令」の御札ですね。次に、お寺で発行されるようになります。
もともと御札も御守りも、庶民への授与はお寺で始まったもので、
神社にのっとられた形になってるんですね。まあ、お寺で御札を出すのは、
「現世利益」などの観点から、いろいろと問題もありますが。

陰陽道の呪符
tht (5)

「三枚のお札」という昔話がありますよね。小僧さんが山へ栗拾いに
行くとき、和尚さんが3枚の御札を持たせた。夢中で拾っているうちに
日が暮れてしまい、小僧さんは通りかかった老婆の家に世話になる
ことになったが・・・じつはこの老婆は鬼婆で、小僧さんは自分の
かわりに御札に返事をさせたり、山を出現させたりして逃げ帰ります。

このパターンの話を、民俗学では「呪的逃走譚」と言い、もとになって
いるのは、日本神話のイザナギ・イザナミの黄泉返りの話ですね。
死んだイザナミから逃げるイザナギは、髪飾りや櫛、桃などを
投げて追手をふり払います。これが転じてできたものでしょう。

『牡丹燈籠』
tht (1)

この話では、御札はお寺が出したものですし、日本三大怪談の一つに
なっている『牡丹燈籠』でも、亡霊を封じる結界のための御札は、
密教の真言(マントラ)を書いたものです。現在、神社で行われている
慣習は、意外に新しく取り入れられたものが多いんです。

さて、話変わって、清少納言の『枕草子』には、オカルトと言っては
なんですが、成立の事情に一つの謎があります。『枕草子』の最後の
跋文には、「中宮定子が兄の内大臣伊周から紙束をもらい、何を書けば
いいかと清少納言に相談します。このとき定子は、夫の一条天皇は
『史記』を書き写していると言い、それを聞いた清少納言は、

tht (4)

「では枕にしましょう」と答えます。これを聞いた中宮はその紙を
清少納言に与えた・・・」この枕というのが何なのか? 学校などでは、
当時の枕は身辺の近くに置いておくもので、備忘録という意味が
あるなどと説明されるんですが、じつはダジャレ説も有力なんです。

一条天皇が筆写している司馬遷の『史記』、これが敷(しき)布団で、
じゃあそれと対になる枕がいいんじゃないですか、という説です。
これ、最初に聞いたときは自分は面白いなあと思いました。
清少納言の性格を考えれば、けっこう有力なんじゃないでしょうか。

さて、現代で紙そのものをテーマにした作品は思い浮かばないですね。
あまりにありふれていて、特別性が失われてしまっているからです。
あえて言えば、つのだじろう氏の『恐怖新聞』、
同じく漫画で、 大場つぐみ氏原作の『DEATH NOTE』、あるいは
諸星大二郎氏の『栞と紙魚子』とかでしょうか。

長屋王邸跡出土の木簡
tht (8)

でも、これらはあくまで、新聞、ノート、本がテーマですよね。
さてさて、上で紙はありふれていると書きましたが、
日本での紙の消費量は、2000年をピークに右肩下がりです。
これは新聞や書籍の発行部数減が影響してるんでしょうが、
その根底には人口減少、スマホの普及、ネット社会があります。

自分も、このブログもそうですが、紙の原稿用紙に手書きをするという
ことはほとんどなくなりました。一度書いたものはコピーしておけばいし、
メールに添付してどこにでも送れます。封筒に入れて郵送する手間が省け、
便利は便利なんですが・・・もしかしたら、使われなくなった紙の
幽霊が出るなんて話も今後はあるかもしれませんね。では、このへんで。

tht (6)