これは「恐い日本史」の分類に入る話ですが、特に怖くはありません。
「◯◯村出身の(若い)女を下働きに雇うと怪異が起きる」 こう書くと、
変な話だなあと思われるでしょうが、これは江戸時代のさまざまな文献に、
実例つきで載っている内容なんですね。しかも戯作ではなく、
武士が書いた随筆が多いですので、それなりに信憑性があります。

で、どんな怪異が起きるのかというと、これは夜中に首が伸びて行灯の油を

なめる・・・といったことではなく、家内の皿が宙に飛び出す、屋敷の屋根に

石が降るなど、現代にポルターガイスト現象と呼ばれるものが多いんですね。
これは最後に書きますが、謎解きのヒントになる気がします。

まず一例目、『梅翁随筆』寛永年間(1789~)ころの作ですが、
それなりに身分のある侍が、自分の屋敷で飯を食おうとしたところ、
ゆっくりと膳が椀皿を載せたまま宙に浮き、
だんだんと上っていって、ついには天井にまで達した。


侍は人を呼ぼうとしたが声が出ない。そうしているうちに、
膳は静かにまたもとの位置まで降りてきた。このことがきっかけとなって、
それからは家内のいろいろな物が宙に浮くようになった。

 



中には数人がかりでないと持ち上げられない石臼などもあったということです。
あまりに不審なので原因を探ったがわからないでいるうちに、
老人が家を訪ねてきて、「この怪事は目黒出身の人を雇ったからです」と言った。
「そんなこともあるまい」とは思ったが、雇い人の何人かに暇を出すと、
怪異はピタリとおさまった。

どんどんいきます。次は『古今雑談思出草子』1840年ころの出版で、
記されている怪異は1740年あたりのことです。
これは有名な怪異収集本『耳袋』にも同じ内容が載っており、
広く世間に知れ渡った話なのでしょう。
ある旗本が江戸郊外の池尻村(今の世田谷区)から若い娘を下働きに雇った。
すると怪事が起き始めたんです。初めは天井に大きな石が落ちたような音がし、
それから家の中の茶碗や皿が次々飛び回り始めた。

正月近くなって餅つきをしようと男を雇ったが、休憩でちょっと目を離し隙に、
重い石臼が垣根を越えて移動していた。このようなことが毎日起こり、

山伏や民間陰陽師を頼んで祈祷してもらったが、まったく収まる様子がない。

そのうちに一人の老人が家を訪ねてきて、「これは池尻村の娘を

雇ったから起きていることです。辞めさせれば収まるでしょう」
まさかと思ったが、暇を出すとぴたりと怪事は止んだ。

 



もう一つ、文政年間(1818~)の『遊歴雑記』から。
奉行所の与力が池袋村から若い女を雇ったが、
それが美しい娘だったので手をつけてしまった。
するとまもなく家の中に石が降った。戸棚の中の椀皿がひとりでに飛び出して割れ、
飯櫃の中に灰が入ったり、囲炉裏の湯がこぼれてもうもうと灰神楽が上がったり。
あまりのことに与力は娘をあきらめて暇を出したら、
もう二度と怪事は起こらなくなった。

まだあるんですが、これくらいで十分でしょう。
話の順序としては二番目の例がもっとも古く、
それ以降のものは類話と考えてもよさそうです。
一番目の話では、雇ったのが若い娘ではなくなっています。欧米の

ポルターガイスト現象では、家族に思春期の子ども(多くは娘)がいることが多く、


共通点がありますよね。しかしながら、ポルターガイスト現象の中には、
皿などが飛び出した瞬間が目撃されたものは多くはなく、
後でその娘が起こした狂言であったと判明した事例もあります。
では、この江戸の怪異も、娘たちによる自作自演なのでしょうか。

 

 

これはそうとも考えにくい部分があります。
皿を投げたり飯櫃に灰を入れるなどなら誰にでもできるでしょうが、
重い石臼が話の中に出てくることに留意してください。
これは娘の細腕ではできる話ではない、ということが強調されているのでしょう。
また、戸締まりの厳重な(門番もいる)武士の家で、
屋根に石が降るのは、外に協力者がいないとうまくいかないのではないでしょうか。

WIKIに『池袋の女』という項があり、「江戸時代末期における日本の俗信の一つで、
池袋(東京都豊島区)の女性を雇った家では、怪音が起きる、
家具が飛び回るなど様々な怪異が起きるといわれた。」こう出ています。
江戸市中ではかなり広まっていた話のようで、「石投げをしてぼろの出る池袋」
「瀬戸物屋土瓶がみんな池袋」などの川柳が採集されています。


明治の怪異研究者である井上円了などは、これらの怪異の真相を、
「虐げられた女性たちが自由に遊べないことによる欲求不満から、
抗議行動として主人に茶碗を投げつけたこと」と切り捨てていますが、
それはさすがに身も蓋もない言い方ですね w

 

井上円了博士


 

しかし前記した石臼や屋根に降る石など、女の力だけでは

できそうもないことも出てきますし、もう一つの解釈として、

池袋など江戸近在の村にあった当時の青年団のような集団が、
幼なじみの娘の動向を監視していて、主人に手をつけられるなどのことがあると、
報復としてこれらのことを行っていたとする説もあります。


もしかしたら、娘とは内通していて、家の中の怪事は娘、
外や庭で起きることは若い衆のしわざなのかもしれません。
とはいえ、警備厳重な武家屋敷での話ですし、
本当の怪異であった可能性も絶対にないとはいえないでしょう。

では、今回はこのへんで。