もう10年以上も前のことになります。
当時は家族4人で市営住宅に住んでいました。
私と夫と子ども二人です。その市営住宅はかなり大きく、
私たちの部屋は7号棟の2階にありました。夏の夜のことでした。
何かに呼ばれたような気がして寝室を出ました。
このあたりは記憶があるような、ないような・・・とても曖昧なんです。
断片的には覚えているので、寝ていたというわけではないんです。
ただ、そのときに自分の意志があったかというと、そこがよくわからないんです。
玄関の鍵を開けて団地の廊下に出ました。
そこから非常階段で下に降りていきました。ええ、パジャマ姿でです。
階段の下には自転車小屋があり、その横壁のトタン板に外掃除用の


ほうきや金バサミなどが掛けてありました。当番制で掃除をしてたんです。
その下に立てかけてある、側溝を掘ったりするシャベルを手にとったのを
うっすらと覚えています。それを引きずって団地の裏手の林に向かったんです。
そこで記憶が飛んでいて、次に覚えているのは、
林の中の盛り上がった地面を掘っているところです。
とにかく無我夢中で掘っていました。あとで手にマメができていることに
気がついたほどです。かなり長い時間だったと思います。
足下には1m近い穴ができていましたから、おそらく何時間も。
部屋を出たのが何時ころかはわかりませんでしたが、
正気を取り戻したときには夜が開けかけていました。
耳元で「はずれ」というしわがれた声を聞いたのははっきりと


覚えています。気がつくと泥だらけの素足で、朝の光の中、
シャベルを持って穴の中に立っていました。
それは驚きましたよ。こんなこと今までになかったし、
夢遊病になったのかと思いました。両腕がしびれて痛かったです。
シャベルを元に戻し、とにかく部屋にもどって、
そっと浴室にいって手足を洗い着替えをしました。ベッドに戻りましたが、
夫も、まだ小さい子どもたちも気づかずに寝息をたてていました。
やがて目覚ましが鳴って夫が起きだしてきました。
昨夜からのことを話そうかと思いましたが、やめました。
なんと説明していいのかわからなかったからです。
いつもと同じ日常がバタバタと始まりました。

穴を掘ったのは私が最初だったのではないかと思います。
午前中は1歳と3歳の子を近くの公園に連れていって
遊ばせることが多いのですが、それから3日後に公園で、
同じ棟で親しい山田さんの奥さんから夢遊病について相談されたんです。
話を聞くと、私が体験したこととまったく同じでした。
夜中に部屋を出ると、靴もはかずにシャベルを持って裏手の林へと向かう。
そこで何かに取り憑かれたようになって穴を掘っている。
そして朝になって「はずれ」という声を聞いて我に返る。
もちろん私の身に起きたことについても話しました。
二人で「不思議ねー」と言い合った後で、
下の子の乳母車を押して穴を掘った場所へも行ってみました。


穴が三つ、数m離れた場所にあいていました。どれも同じような深さです。
自分の掘った穴はわかりましたし、山田さんの奥さんもわかったようでした。
もう一つの穴に関しては記憶がなく、もしかしたら、
他にも掘った人がいるんじゃないかと話し合いました。
そのときに「はずれ」という声についても考えてみたんですが、
二人とも、しわがれた声だけど男とも女とも判断がつかなかった、
何となく発音が現代の人のものではなかった気がする、
と意見が一致したのですが、ただ、
何が「はずれ」たのかはよくわかりませんでした。
それからは私にも山田さんの奥さんにも何事もなかったんですが、
1週間後くらいにしめし合わせて林に行ってみたところ、


穴は8つに増えていました。間違いなく他にも掘っている人がいるんです。
さらに2日後、早朝にゴミ出しに行ったとき、林のほうが騒がしいことに
気づきました。パトカーと大きな車が何台か停まっていて、
人が10人以上穴を掘ったあたりにいます。
後で聞いたところによると、ずいぶん古い石棺が掘り出されたのだそうです。
掘り出したのは8号棟の奥さんで、私たちと同じように
夜中から朝方まで穴を掘って、気がついたら、
足元の穴に石棺がのぞいていたということでした。
石棺は大きなものではなく。開けてみると10代と推定される
人骨の一部が残っていたそうです。
大学や教育委員会の人たちがしばらく調査していましたが、


それ以上の遺跡・遺物は見つからず、棺は博物館に運ばれたという話でした。
それから数ヶ月して、棺を掘り出した家の50代のご主人が

仕事をやめたようでした。高級外車を乗り回している姿が

あちこちで目撃されるようになりました。棺を発見した奥さんが、

「宝くじで高額当選した」ことをにおわせる発言をしたらしく、
噂はあっという間に団地中に広まりました。その後すぐ、
郊外に建売を買ったということでそそくさと引っ越していきました。
この奥さんはもしかしたら、穴を掘っていて
「当たり」の声をきいたのではないかと思いました。
その後数年して、テレビで資産家の夫婦が殺されたというニュースを見ました。
被害者は間違いなくその引っ越していった旦那さんと奥さんでした。