話は10年ばかり前に遡る。当時俺は開店狙いのパチプロをしてたんだが、
運のめぐりが悪くてタネ銭まで使い果たしちまった。これはまあ、
そこそこあることなんで、そういうときは土建業で日銭を稼ぐことにしてた。
立ちんぼで斡旋を待ってたら、顔見知りの筋者に声をかけられた。
「わりのいいバイトがあるからやんねえか」って。
話を聞かせてもらうと、非合法なゴトじゃなく鍼灸師の助手だって言う。
資格も経験も必要なく、1日3万くれるって言うから深くも考えずに飛びついた。
ただ、辺鄙な場所にあるから住み込みの仕事になるとのことだった。
期間は3週間。ちょうど郵政選挙と言われた衆院選挙の最中だった。
場所は詳しく話すとヤバイだろうからボカさせてもらうが、
南関東の山あいと思ってくれ。こんなとこに人が住んでるのか、


と思うような田舎に治療院はあった。建物はコンクリートの箱みたいな
形をしていて、なんかの研究所みたいだった。
その中に電波治療器やら何やら、よくわからない機械類がたくさんあって、
施術用のベッドがいくつかあった。入院用の施設はなかったな、
外来専用だった。俺は2階に6畳ほどの部屋をあてがわれ、そこの窓は
外側から鉄格子がはめられていた。部屋には風呂もテレビもあったが
外部との通信は禁じられ、携帯電話は没収された。仕事は、始めのうちは
鍼の消毒やら蒸しタオルの準備やら誰でもできる簡単なことばかりで、
これで3万なんて申し訳ないと思うようなもんだとそのときは思った。
金払いがいいのは口止め料の意味があったんだろうな。
なぜなら日に数人しかこない客はみなテレビで見たことのある顔だったから。


さっき選挙の最中のことだって言ったろ。与党の・・・つまり
あんときは民営化側の大物議員が高級車で乗りつけてくるんだよ。
それもほとんどが日付が変わる午前0時前後にだ。
こりゃ単に体調維持とかのためじゃない、ということはなんとなくわかった。
治療師の先生は・・・歳は当時60過ぎだと思うがよくわからなかった。
頭に毛が一本もないが、肌の色艶がよくてシワがほとんどないんだ。
日本語の発音が変だったから、外国人だろうと思った。
たぶん中国人。背は低いが筋肉が盛り上がって、腕なんかも太かったな。
で、始めて3日目あたりから俺も施術の場に出ることになった。
むろん客の体にさわったりはしない。競輪選手みたいな
体格の助手が二人いて、マッサージなんかはそいつらがやる。


俺はただその場にいて、ちょこちょこ用具を準備するくらいだった。
まだ2週間目が終わらないあたり、午前2時過ぎに客が来た。
大柄なお付のボディガードに両脇を抱えられてやってきたのは、
誰でも知ってる某有名代議士。だから、名前は言えねえってるだろ。
・・・これはあんたらのためでもあるんだよ。代議士は施術室に入ってくるなり、
「ああ、やられた油断した!先生頼みます・・・今にも乗っ取られそうだ」
こう大声で叫んだ。先生が中国語?で
短く何か答えて「シッ」という形に指を口にあてた。
代議士は助手に服を脱がされパンツ一丁で施術台にうつ伏せになったが、
右の肩甲骨の下が20cm四方くらいの大きさで赤紫色のアザになっていた。
しかもアザの濃淡が人の顔に見えたんだ。大きく口を開け目をむいた男の顔。


それだけじゃない。その顔は、政治家が痛がって体を動かすにつれ
伸び縮みするように動き、口を開いたり閉じたりした。
「うん、これ強力なシュね。お相手さんもなかなかいい術使う」
先生が今度は日本語でこう言った。シュというのは「呪」か「腫」なのか・・・。
筒鍼を取り出し、助手に命じて政治家の手足を押さえさせて、
アザの顔の額のあたりに鍼を打ち込んだ。その瞬間、代議士は
「ぐふっ」と言って意識を失い、アザの顔はまるで苦しんでるかのように
背中じゅうを移動し始めたんだ。何?・・・信じられないって。
まあそうだろうな、しかしこんな奇天烈な嘘を考えられる頭は俺にはねえよ。
先生は筒を抜いて鍼をそのままにし、背骨に沿って次々新しいのを打っていった。
すると顔は、どんどん追い詰められるようにして体の下側に下がっていくんだ。


鬼ごっこでも見ているみたいだった。顔が逃げようとする先に先生が鍼を打つ。
顔は代議士の背中の皮膚を波打たせながら下に逃げる。
このくり返しで政治家の背中は針ネズミのような有様になり、
顔はとうとうパンツをずり下げた右の尻たぼまできていた。
ここまでのことを呆然と見ていたら、先生が俺に向かって、
「こっからはあなたに役に立ってもらうよ」こう言って短く指を鳴らすと、
代議士が気絶して手が開いていた助手2人が俺を押さえつけ、
代議士の尻に無理やり顔を埋めさせられた。「追い詰めるまではカンタンなのよ。

そっから取り出すのが難しいわけ」先生の声が聞こえた。
この後、俺も記憶がなくなったんで何がどうしたかはわからない。
気がつくと自分の部屋のベッドに寝かせられていて、


助手の一人が脇のイスに座ってた。体を起こしたとたん気持ちが悪くなり、
すると助手野郎が「吐きたかったら吐け」そう言って洗面器を差し出した。
俺は吐き続けた・・・洗面器には5cmばかりの血の玉に
毛が生えたようなのがどんどん出てきたが、そのうち酸っぱい胃液だけになった。
「全部吐いとけよ。あとこういうことが2~3回はあるだろから」
「・・・あれは何だったんだ」俺はやっと言った。「今、選挙だろ。
表向きの選挙運動の他に、裏でも両陣営でいろいろやってるんだ。例えば能力者を

雇って呪詛を投げつけるとかな。昔からあることだよ」助手は事もなげに言い、

「呪詛はお前の体を通過するだけで特に害はないはずだ。先生の腕を信じろ」

こう続けると、「部屋には今日から鍵をかけさせてもらう・・・

ここからは逃げられんよ」そう言い捨てて出て行った。

・・・この手の・・・いやもっと酷いことが確かにあと3回あった。
どんなことかは、もうしゃべる気がしないから察してくれ。
でまあ、選挙戦も終わり、俺はボーナス含めて70万ほどもらって街に戻った。
いや、文句を言うつもりはなかったよ。それどころか、
口封じに殺されるんじゃないかと思ってたくらいだ。その後、
俺は関西に移ったんで、筋者とも先生とも助手や代議士とも会ってない。
まあ信じてもらえるような話でないと、向こうも思ってるんだろうな。
あんたらもそうだろ、信じてないって顔に見える。
まあいい、いいけどよ。俺だって選挙のたびごとにあんなことが
くり返されてるなんて、今から思えば嘘みたいだよ。
これでいいだろ、話すことは話した。話の謝礼はありがたく頂戴していくよ。

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