わたしは信用金庫に勤めておりまして、昨年の秋に転勤してきたんです。
家族で引っ越してきたものですから、郊外の一軒家を借りることになりまして。
築20年ほどでしたか、やや古びてはいましたが、
部屋数が多くて2人の子どもにも、それぞれ自分の部屋を用意してやれたんです。
周囲には緑が多くて、最初のうちは、
いいところに越してきたなって思ってたんです。
ええそれが、隣人に問題があったんですよ。うちの右隣は道路でしたが、
左隣がその山田さんというお宅で、夫婦2人だけで住んでいたんです。

旦那のほうはなんでも、ある機械メーカーの研究所に勤めていた

ということでしたが、だいぶ前に退職して年金暮らしをしてました。

そうですね、山田さんのほうが70代で、奥さんは60代後半だったはずです。


でねえ、それがじつに意地が悪いというか、陰険なところのある人たちで・・・
引っ越した最初にまず、あいさつに行ったんですよ。まあ、ああいう片田舎では
近所づき合いが大事だと思って、引越しソバを持ってね。
そしたら山田さんが出てきたんですが、開口一番、
「うちとお宅の境にある柿の木を伐ってくれ」って言われたんです。
垣根を枝が越して伸びてるし、秋になると枯れ葉が落ちてきてたまらんからって。
もちろんその木はわが家が植えたんじゃなく、
以前からあったものなんですが、そんなことを引っ越し早々のあいさつのときに

言わなくたってよさそうなもんじゃないですか。そのときは、

「そうですかわかりました」って言って、ソバを置いて帰ってきました。

それからすぐ、植木屋を呼んで柿の木は伐らせたんです。

ところがねえ、それからもいろんな難癖をつけられっぱなしで。
うちの子どもらは、上が小6の男で、下が小2の女です。
で、子どもらは庭のある家は初めてだったので、学校から帰ってくるとよく、
庭で遊んでたんですよ。そしたら垣根越しに山田さんに大きな声で怒鳴られまして。
下の子なんかおびえて泣きながら家に戻ってくるようなすごい剣幕で。
それからもね、ことあるごとにあれこれ文句を言われて。
例えば、下の娘はピアノを習ってて、家でも練習するんですけど、
その音がうるさいとか。いえね、下手くそなピアノの音が迷惑になることは
わかりますけど、ピアノを置いてある部屋は隣家からはかなり離れてて、
わたしが庭で聞いてみても、聞こえるか聞こえないかくらいの音しかしてません。
それなのに、「うるさい、年寄りを殺す気か」ってうちまで言いにきて。

それはね、騒音問題で大事になったケースがあることも知ってますから、
「どうもすみませんでした」って謝りましたけど、
これじゃあ、家の中でちょっとも物音を立てられないなって、
妻とため息まじりに話し合ったくらいなんです。ええそれで、
山田さんのほうが瞬間湯沸かし器型に怒るとすれば、
奥さんのほうは陰湿きわまりないタイプで。
ほら、ゴミ出しのときに集積所の前で待っていて、
あれこれ文句をつけてくるタイプの人って、よく話を聞くじゃないですか。

奥さんのほうがまさにそれで、妻がゴミを出しに行くのをわざわざ

待ちかまえてて、ゴミ袋を持ち上げ、袋を振りながら中身を確認して、

例えば缶詰のフタなんかの金属が入っていたりすると、

妻に袋をぶつけるように放り投げて、一言、
「分別がなってない、やり直し」って命じたりしたんです。
それはね、たしかにきちんと分別してなかったうちが悪いんですが、
それにしてもそんなやり方ってありますか?最初からね、
隣人と仲よくしようなんて考えはまるで持ってないんですよ。それどころか、

わたしたちに何かの恨みでもあって、出ていけばいいっていうような

態度なんです。そりゃ腹もたちましたけど、向こうは地元の人だし、

うちのほうでずっと我慢してたんですよ。
それが、2ヶ月前のことです。日曜日に妻が庭に洗濯物を干していると、
向こうの奥さんが庭に出てきて、「ああ、ああ、下品な臭いがする。
洗剤か柔軟剤か知らないけど、臭いをこっちによこさないでちょうだい」

こんな風に言ったらしいんです。さすがにこれには妻もかっとなって、
「うちの庭に干してるんだし、これくらいのことで文句を言ううちなんて
あなたたちくらいですから!」って言い返したらしいんです。
そしたら向こうの奥さんが、さらに嫌味を言おうとして、額に青筋を立てて
垣根に近づいてきたんですが、そこで足元の草につまずいて、
転んで頭を打ったんです。うつぶせに倒れていつまでも起き上がってこない。
声をかけようと妻のほうから近づいたら、ガーガーといういびきの音が聞こえて、
これは大変だってことで、玄関に回って山田さんに知らせ、
山田さんのほうで救急車を呼んだんです。ええ、奥さんはそのまま、
脳出血で亡くなりました。でもねこれ、妻が悪いってことはないですよねえ。
たしかに言い争いのようなことはしましたが、

それも垣根をへだててのことなんだし、今まで一方的にやられてたのは

うちのほうなんですから。それで、隣家では葬式は行いませんでした。
話に聞くところでは、火葬のときに坊さんを呼んで、
そこで簡単にお経をあげてもらって済ませたみたいでしたね。

だから、気が進みませんでしたけど、香典を渡してお線香でも

あげさせてもらおうと、妻といっしょに隣家を訪ねたんです。

そしたら・・・山田さんが出てきましたが、わたしらの顔を見るなり
鬼のような形相になり、「妻はお前らのために死んだ。
 お前らが引っ越してこなければよかったんだ。この敵はかならず

とってやる!!」こう怒鳴られまして。でもねえ、敵って言われてもねえ。
ため息をつきながら妻と家に戻りましたよ。

これで山田さんの攻撃がさらに激しくなると思ったんです。ところが・・・
翌日から山田さんは朝早く庭に出ると、何か機械のようなものを組み立て

始めました。いや、わたしにはよくわからないんですが、変電所とか電柱の

上にある電極?みたいなのがたくさんくっついたやつです。そうですね、
大きさは公園のジャングルジムくらい、全体の形もそれに似ていました。
で、午後になると軽トラで出かけていって、その機械の材料をたくさん

積んで戻ってくるんです。ええ、こちらが庭に出ても、まったく目も

くれませんでした。まさに鬼気迫るって感じで、かえって怖かったです。
でね、2週間くらいたって、夜、家に山田さんが来たんです。
山田さんは玄関に入るなり、「機械が完成した。これでお前の一家は

終わりだ!!」これだけ言って出ていったんですよ。

翌朝、出勤のときに隣の庭を見ると、組み上げられた機械の上で電極がブンブン
うなりをあげ、その間に緑色の稲妻のようなのが走っていました。
で、その日から家族全員、調子が悪くなっちゃったんです。
子どもらは熱を出すし、妻は全身に蕁麻疹ができて顔が倍くらいに腫れ、わたしは

子どもらを医者に連れていった帰り、急に気分が悪くなって血を吐いたんです。
でも、子どもも妻もわたしも、病院では原因が特定できなかったんです。
・・・でもねえ、どう考えても体調悪化の原因は隣家の機械だと思う

じゃありませんか。それで、妻と相談して警察に連絡したんですよ。そしたら

警官が2人来たので、垣根越しに隣家の機械を見せたら驚いていました。
バチバチ音をたてながら緑の火を吹いてるんですからね。
それで、改めて翌日、警察が山田さん宅に事情聴取に行ったんです。

表向きは火事を起こしそうで危険だからという理由で・・・そしたらです。
警官が山田さん宅に入ると同時に、ものすごい怒鳴り声が聞こえてきて・・・

山田さんが木刀で警官たちを叩きまくりながら外に出てきました。もちろん

これは公務執行妨害だし、警官の一人は頭から血を流してたので傷害でもあります。

山田さんは現行犯逮捕されて警察署に連行されたんですが、その日のうち、トイレで

自分の下着を飲み込んで自殺してしまったんです・・・ええそれで、隣家の庭には

まだ動いている機械だけが残され、わたしは意を決して隣家の庭に入り、
持っていったシャベルやつるはしで機械を叩いて叩いて叩きまくりました。機械は

人間の悲鳴のような音を立てながら少しずつ壊れていき・・・最後に中心部分を
つるはしでえぐったとき、白いものが転がり落ちて割れ、中身がこぼれました。

それ骨片だったんです。ええ、おそらく山田さんの奥さんの遺骨なんだと思います。