こんばんは、私は高橋といいまして、ある神社で巫女を務めて
おります。といっても、大きいとは言えない神社なので、私と
50代の宮司さまと2人だけで切り盛りしているんです。これが
大きな神社だと、初詣の期間は巫女さんも数十人おりますが、それらの
方はアルバイトがほとんどなんです。私の仕事は、境内を掃き清めたり、
社殿の拭き掃除をしたり、御神体の鏡を磨かせていただいたりと
さまざまです。破魔矢やお守りなども作りますし、 おみくじの入れ替え
などもします。それとお賽銭を数えたり。お賽銭も、ほとんどは小銭
ですが、ときには千円札や1万円札が入っていることもあって、
その集計は機械任せにはできないんです。これも、お賽銭を数えていた
ときの話です。お賽銭箱の中に、和紙で包まれたかなり大きな包みが
  
無理やりつっ込まれていたんです。そんなのは初めてでした。それで
おそるおそる和紙を開いてみると、中には1万円札が3枚、それから
まだ若い男の人の胸から上を写したスナップ写真。裏返すと、赤い
マジックで名前と年齢が書かれていたんです。筆跡は丸文字というのか
マンガ字というのか、まだ若い人が書いたもののように見えました。
それだけではなく、真っ赤な色の櫛が一つと手鏡も・・・これは
ただごとではないと思って、それを持って宮司さまに見せにいったんです。
宮司さまは筆を持って帳簿を書いておられましたが、私がお賽銭箱に
入っていたもののことを言うと、「ああ、それはよくあることだ。
悪い願いをする者はときどきいるが、大丈夫、神様はそんな願いは
聞いてはくれないから」しかし、私が櫛と手鏡を見せると

顔色が変わったんです。「え、それも入ってたのか。うむ、これは
容易ならざることだな。私もそれほど知識はないが、櫛と手鏡は昔から
呪いに使うものだと聞いたことがある。対処しなくてはならないかも
しれん」こうおっしゃったんです。私が「でも、対処するといっても、
書いてあるのは名前とそれから写真一枚だけで、住所も電話番号も
わかりませんから、どうにもならないんじゃないですか」と聞くと、
「ああ。でも、あんたならコンピュータを使えるだろう。何もしない
わけにはいかないから、名前と写真で検索してみなさい」こう言われた
んです。それで、名前のほうは同姓同名の人がかなり出たんですが、
その中で若い人は3人だけでした。それから写真を画像検索にかけました。
すると、その写真と同じものはなかったんですが、

名前といっしょに検索すると、職員紹介という画像が出てきて、白い
建物の前で5人ほどが写っている集団写真がヒットしたんです。ある
大学病院の事務職員を紹介したもので、その中に写真の人物と思える
人がいたんです。宮司さまは、それと手元の写真を見比べて
「これで間違いないようだね。この人物と連絡を取ることはできるよね。
病院のほうに連絡すればいい。電話番号までは教えてくれないだろうが、
それはこちらでなんとか調べる手はあるから」こうおしゃったんです。
私が「でも、神様はこんな願いは聞いてくださらないのでしょう。それなら
ほうっておいても大丈夫なのではありませんか」と言うと「それは当社ではな。
しかし、当社の御祭神はおだやかな神であらせられるが、中には荒ぶる
神を祀っている神社もある。そういう神社にもお願いをしている可能性は

あるだろう。当社だけにこれを入れたのではないのかもしれん」こう
おっしゃられました。それで病院に連絡し、なんとかこちらで携帯の
番号を調べて連絡を取ったんです。その方は28歳で、大学を卒業して
すぐ、その病院の事務に採用されたということだったんです。ここまで

わかると、宮司さまはその相手に電話をかけ面会する約束を取り付け

たんです。事態は急を要するかもしれないので、面会はその日の午後でした。
面会の約束は夕方6時からで、出かけてみると、場所は比較的高級な
マンションの一室、出てきたのは写真と同じ人物でしたが、
髪は短く整えられていました。洋間のソファに通され、宮司さまは
単刀直入に事情を話し、その方に「・・・という事情なんですが、
失礼ですが誰かに恨まれている心あたりはありませんか」と

聞かれたんです。相手の方はドギマギした様子でしたが、下を向いて
「はい。考えてみれば、心あたりはあります。事情は話せませんが、
若い女性に恨まれているかもしれない。その人の身分等は公表できませんが」と
言ったんです。宮司さまは「いいですよ。詳しいことは知らなくても
大丈夫でしょう。まあ人間、生きていればいろいろなことがあるものです。
ただ、わかるのでのであれば相手の方の名前と、できるなら生年月日を
教えて下さい」 「・・・名前は〇〇〇〇、生年月日はわかります。
誕生日にプレゼントを贈ったことがあるので」それで、聞き出した
名前と生年月日をお賽銭箱に入っていた鏡に紅を使って書かれたんです。
それから意外な行動をされました。懐から紙包みを取り出されたんです。
開くと、中には錠剤が2錠。「このあとは、外出なさらないように。

私が思ったとおりなら、今日一日で片がつくでしょう。あなたは普段どおりに
過ごされればよろしい。ただ、私たち2人を一晩泊めていただきたい」
「それは・・・かまいませんが、布団なんて余分なものは持ってないし」
「いや、私たちは寝るつもりはありませんし、食事もいりません。朝までここに
いられればいいんです。それで、これは市販されてる睡眠導入剤です。
いつもはいない人間がいるとなれば、あなたも寝にくいでしょう。ですから、
これを飲んでもらおうと思いまして。なに、危険なことはありませんから」
ということで、その後はその方にはテレビなどを見てもらって、私たちは
部屋の隅でご祈祷をしていました。それで、薬を飲んでもらって、その方は
10時頃に布団に入られたんです。やはり寝にくそうな様子でしたが。
それも最初だけで、薬が効いてきたのか、すぐにうとうとし始めたんです。

その方が眠ってしまうと、宮司さまは「これからが私たちの仕事だ。今夜は
月が出ない新月だし、私たちの神社以外にもお願いしているとすれば、
今夜来るはずだから」 「来るって、何がでしょう?」 「呪だよ。あなたは、
逃げられないように、窓や換気扇に護符を貼ってください」それで、
こまごまました用意をしているうち、12時を過ぎて日が変わりました。
私たちは電灯を消し、暗い中でベッドの近くに正座して呪がやってくるのを
待っていたんです。で、1時を過ぎた頃でした。部屋の隅の暗がりから、
闇の中でも青く見える物が現れたんです。それは半裸に腰布をつけただけの
女性で、大きさは20cmほどでした。皮膚の色が青く、たくさんの
小さな手が背中から生えているのが暗い中でもわかりました。全体として、
インドのヒンドゥー教の神様のような印象だったんです。

それはゆっくりした動きでベッドの近くまで這ってきて、手に吸盤でも
ついているかのようにベッドの足を登り始めたんです。そのとき、宮司様は
大きな声で呪禁を叫び、立ち上がって電灯をつけられました。そのものは
体は張りついたまま、首だけを動かしてこちらを見ました。宮司さまは
「今だ!」と叫び、懐から送られてきた手鏡を出して壁に叩きつけて
割り、それと同時に、私はあの櫛をペキリと折ったんです。するとその
青いものは一瞬悔しそうな顔をしましたが、すぐににじむようになって
消えたんです。「よしよし、よくできた」宮司さまはそうおっしゃり、
その後は朝まで何も起きませんでした。朝になって部屋主の男性が目覚め
ましたので、宮司様さまは昨夜の出来事を説明されましたが、
何かの証拠が残ってるわけでもなく、半信半疑の様子でした。

でも、それでいいのです。お礼をもらうためにやったのではありませんし、
その目的は果たしました。ですから、私たちは別れのあいさつをして、
そのまま神社に帰ったんです。私は宮司さまに「昨夜来たのは、何だった
のですか」とお聞きしました。そしたら「はっきりとはわからんが、
インド系の神ではないかと思う。元がそういうものを祀っている神社も
あるから。でも、呪の種になるものは壊したから、呪いをかけた相手も
ダメージを受けて、もう二度とこういうことはできんよ。まあ、早めに
解決することができてよかったじゃないか。それにしても、この齢になると
徹夜は堪えるな。今日は一日使い物にはならんだろう。その分、あなたには
働いてもらうから」そう言ってお笑いになったんです。

・・・これで終わりです。