私自身の話ではないんですが、それでもいいでしょうか。今、大学1年で

小説のサークルに入ってるんです。内容は純文学に近いもので、
大学でもかなり歴史のある由緒正しいサークルなんだそうです。
先輩方も文学青年ぽい人が多くて、真面目に活動してるサークルなんです。
それで、2週間ばかり前に合評会があったんです。
メンバーそれぞれが作品を持ち寄って、お互いに批評し合うんです。
・・・今だったらプリンターで印刷が簡単にできるので、人数分原稿を用意して
回し読みすれば時間の節約になるのに、と最初は思ったんですが、
私たちのサークルの伝統で、一人一人が自分の作品を朗読するんです。
合評会は土曜の9時からでした。
人数は十数人いるんですが、その日、作品を出す人は8人で、


たぶん午前中いっぱいかかるだろうと思っていました。4人終わったら合評し、
休憩を入れてまた4人という予定で、私は最初のほうで朗読をしました。
実家のある四国の港町のスケッチみたいなものでしたが、
かなり厳しい批判をいただきました・・・すみません、よけいなことですね。
それで後半の朗読の最初です。武田さんという2年生の男の先輩でした。
いつも藤沢周平風の時代物を書いてくる人なので、
今回もそういう感じのだろうと思ってたんです。
題名は『髑髏』でした。武田さんが題名を重々しい口調で言ったとき、
「ウッ」と息を飲む音が聞こえ、そちらを見ると3年生でサークル長の
伊野さんで、なんだか恐い目をしていました。
武田さんはそれに気がつかなかったようで、そのまま朗読を続けました。


田舎に住む一家のおじいさんが亡くなって遺品整理をしていたら、
茶箪笥の中から子どものような小さな髑髏が見つかって・・・という出だしで、
どうやら現代が舞台のホラー作品という感じでした。
でも、どんな話か最後まで聞くことはできなかったんです。
1分も朗読しないうちに、「ちょっと武田、ストップ」と叫んで、
伊野さんの朗読を止めさせたからです。
武田さんがきょとんとした様子で「どうしたんですか」と聞きましたら、
伊野さんは「お前・・・その話どっかで読んだか」と言ったんですが、
まるで詰問するような調子でした。「いやだなあ、盗作とかじゃないですよ。
完全なオリジナルです」と武田さんは笑いながら抗弁しましたが、
そのとき伊野さんが真顔なのに気づいたようでした。


「ああ、すまん盗作と疑ってるわけじゃないんだ。ただその・・・
確かめたかっただけだ」伊野さんがやや うろたえたように言いました。
「変だなあ、気になりますね。どっかで似たような話を読んだことがあるんですか」
武田さんがそう言うと、伊野さんは少し考えて立ち上がり、サークル室の
ロッカーの奥を探って、かなり古めかしい文書綴りを引っぱりだしました。
「何ですかそれ?」他の2年生が聞くと、伊野さんは、「これは歴代の
サークル長に受け継がれてるもんで、これまでの合評会の記録とか、
サークル誌を編集した記録が載ってるやつなんだが、最初のが
昭和31年になってる。こんな分厚い記録だから俺も全部読んじゃいないが、
サークル長に決まったときに、前の先輩からじきじきに言われたことが
あるんだ。・・・といっても信じられないような話なんだが」


「それが武田さんの作品と関係があるんですか?」私が聞くと、
「そうだ」伊野さんは答えました。
「いいか、その引き継ぎと関係があるとこをちょっと読んでみる」
分厚い綴りを手元で開いて読み始めました。
「警告、これは冗談ではなく本サークル員の命に関わることである。
われわれは自分が作品を書いていると考えていて、それはおおかたは正しいが、
そうではない場合もある。つまり話のほうに命があって、われわれに
それを書かせる場合だ。信じられないだろうが、そういうことはある。
このサークルには『髑髏』という話がとり憑いている。
自分もこのことを初めて聞いたときは信じられなかった。
しかし合評会でこの話を耳にし、その後4人の命を失ってやっとわかった。
 

最後までこの話をさせても、聞いてもいけなかった。それを後悔している。
『髑髏』を封印することはできない。いずれまた現れるだろう。
それを絶対に広めてはならない。最後まで聞かなければ大丈夫のようだ。
どんなことをしてでも抹消せよ。◯月◯日 第11代サークル長 鈴木◯彦」
「マジですかあ」1年生の一人が声をあげた。
「・・・マジなんだと思う。俺もちょっと調べたんだが、
これを書いたのは昭和40年台のサークル長で、
そのとき確かに短期間で5人のメンバーが亡くなってる。全部事故死で、
頭をやられているんだ」 「えーでも、そんなことありえないですよ」
「どうして『髑髏』っていう題だけで、それと同じ話ってわかるんです?」
「・・・いい、質問だな」伊野さんはそう言って下を向きました。


「この鈴木さんが、簡単なあらすじを書いて残してくれてるんだ。
祖父の遺品の中から子どもの髑髏を見つけて・・・
その後、戦死したじいさんの兄と貂の毛皮が出てくるんだろ」
伊野さんは武田さんのほうを見てそう言いました。「・・・そうです」

武田さんは愕然とした様子でうなずきました。「でも、その鈴木
という人は話を全部聞いたか、読んだかしたんでしょう」誰かが聞きました。
「もちろんそうだ・・・で、鈴木さんはこれを書いた翌日に亡くなってるんだよ」
全員が言葉も出ず、顔を見合わせました。「大学の図書館のコンクリの階段が

あるだろ・・・あそこから仰向けに落ちたようだ。
頭蓋骨骨折と新聞の縮刷版にはあった」 「あんなゆるいとこから・・・」

「武田・・・お前この話、どうやって思いついた?」
伊野さんがやや口調を変えて聞きました。「いや、夢で見たんです。


夢の中に頭の大きい福助みたいな着物を着た子どもが出てきて、
『話をさずけようぞ』と言ってしたのがこの話なんですよ」
武田さんの声は泣きそうになっていました。
「ふだんから小説の筋はあれこれ考えているんですが、夢の内容なんて
ほとんど覚えていないし、覚えてたとしても、起きてから考えれば
到底使いものにならないようなのばっかりで・・・でもこのときは違ってたんです。
一字一句まで覚えてたし、すごい筋だなって興奮しました。
だからめったに書かない現代ものの、それもホラーを・・・」
武田さんの声は震えて、最後まで続きませんでした。「とにかくだ、
お前の原稿、それ俺によこせ。ぜったい誰も読めないようにして始末するから。
それと、これパソコンで打ったんだよな。他に誰かに見せたか?」
と伊野さんが聞き、武田さんはただふるふると首を振りました。

「そのデータは何かのソフトを使って完全に消去しろ。いや、
パソコン自体処分したほうがいいのかもしれない。・・・海に沈めるとかして。
サークル費で新しいのを買ってやるよ。それからお前は、
今後しばらく俺と行動しろ。 ・・・高いとこに登ったり、乗り物に

乗ったりするな。どうやら前回『髑髏』が出てきたときに、
話を最後まで聞いたのは亡くなった5人の他にも数人いたようだが、
その人たちが少なくとも大学時代に死亡したという記録はなかった。
ある程度の期間が過ぎれば生き残れるのかもしれない」
会はそのままお開きになり、伊野さんはパソコンの始末をしに、
武田さんとともにアパートに出かけていきました。
残されたサークル員は口々に今の出来事を話していましたが、


信じていないメンバーがほとんどでした。伊野さんが武田さんと組んで、
みなをからかうためにやった大きな冗談じゃないかって。
でも残された綴りを見ると、さっき伊野さんが読んだ黄ばんだ
罫紙が綴じ込まれていて、内容もそのとおりでした。
私は・・・話自体はとても考えられないことだと思いましたが、
また一方で、伊野さんがそんな冗談をする人だとも思えなかったんです。
昼食をとるのも忘れて侃々諤々言い合っているうちに、あの知らせが
入ったんです。3年の先輩の携帯が鳴り、伊野さんからでした。
ビル工事の現場の横を通ったとき、さして大きくもないガラス片が
十数階の高さから、防護シートを切り裂いて落ちてきて、
武田さんの頭を斜めに削いだということでした。救急車は呼んだものの、


脳がこぼれて、応急処置もできないほどの惨状だったそうです。
・・・あの合評会から、何をするにも気をつけて生活しています。
話は全部聞いてないから大丈夫だと自分に言い聞かせながら・・・です。
あの場にいたサークルのメンバーで頭痛がするという人が何人かいます。
私も、夜になると後頭部がズキズキ痛むことが何回かありました。
それよりも怖ろしいのは、夢の中に頭が大きい子どもが出てきて、
『髑髏』の話を始めないかってことなんです・・・
でも、寝ないというわけにもいきませんし・・・