こんばんわ。私は渡辺といいまして、小さな神社の宮司をしております。
といっても、お世話をしているのは私一人だけで、しかも常駐してる
わけではありません。氏子さんはこの地域の人数人だけだし、
過疎が進んでいるので喜捨だけではとうていまかなえるものでは
ありません。お賽銭にいたっては、年間で1万円にも達しないことも
あるんです。ですから、ふだんは神社がある山を降りたところの
国道沿いで、小さな雑貨屋を営んでるんです。そんなですから、
神社のお世話と言っても、週に1回程度、社殿の拭き掃除や境内を
掃いたりしているくらいのもんです。あ、私、家族はいません。
結婚はしたんですが、40代のときに離婚してしまって、それから
ずっと気ままな一人暮らしですよ。子どもはいません。
 
でね、こないだ、じつに奇妙なことがあったんです。その夜は
私は店じまいをした後、テレビを見ながら少し晩酌をして、
10時前には寝たんですよ。でね、夜中に目が覚めたんですが、
これはいつものことです。齢のせいか、長く寝てられないんですね。
ですから、またかと思ったんですが、なぜか目が開かなかった
んです。まぶたが重くて持ち上がらない。それと、私の部屋
ですね。かすかに獣のような臭いを感じたんですよ。動物園に
行ったときのような臭い。それでも重いまぶたをなんとか持ち上げ
ようとしていたら、耳もとで声が聞こえたんです。
幼い女の子のような声・・・その声は、
「目がつぶれてしまったわけではないから安心するがよい。

少しずつまぶたは持ち上がるはずだ。ただ、こちらの姿を見ても
慌てたり、大声を出してはいけない」こう言ったんです。
たしかにどこかが痛いというわけではなかったし、少しずつ
まぶたは持ち上がりました。そして声のする方を見ると、そこに
いたのは5~6歳に見える女の子だったのです。古風な着物を
着ていました。それも豪華なものではなく、昔の野良着のような
ものだったんです。その子は「寝たままで聞きなさい。私はお前には
女の子のように見えるだろうが、本来はこのような姿ではない。
ただ、お前が少しは安心するだろうと思って、この姿をとっているのだ」
こう言われたんです。驚かせないようにって言われたって
そりゃびっくりしますよね。反射的に起きようとしたんですが、

体が動かない」女の子は「今夜来たのは、他でもない。お前に頼みが
あるのだ。じつはお前の神社の裏のヤブで、仲間と酒盛りをしていた
のだが、予想外に参加者が多かったせいで、盛り上がったところで
酒がなくなってしまった。これは興ざめだろう。それでな、お前の
ところなら神社に使う酒を準備しているだろうと思って、少し分けて
もらいに来たのだ。なに、ただとは言わん。後で必ず礼をするから」
ええ、お神酒として用いる酒はいつも用意してあります。それを
くれということだと思いました。女の子は続けて、
「それともう一つ頼みがある。じつは私では酒瓶は重くて運ぶことが
できん。だから、お前の神社まで運んでほしいのだ」
「ええ!これからですか?」 「そうだ」声を出したとたん、体も動く


ようになったんです。こんなことがあるはずはない。きっと夢なのだ
ろうと考えましたが、現実感があって夢とは思えない。布団の上に
体を起こして見ると、たしかに女の子はいる。枕元にちょこんと座って。
こりゃ逆らうことはできんな、と考え、台所へ行って、しまってあった
酒の一升瓶を2本、口のところを結えて持ちました。それと懐中電灯も。
「準備ができました」と女の子に言うと、「そうか、すまないな」
私は女の子を先頭に懐中電灯をつけて、暗い石段を神社のある山へと
登っていったんです。まあ、山と言っても丘みたいなものですし、
神社はその中腹で、高さにすれば数十mくらいだったでしょう。で、
近くまで来ると奇妙な音楽が聞こえてきたんです。
笛と太鼓、お囃子のようでしたが、それよりも昔風で、


調子も陽気な感じでした。酒を持って神社の裏手に回り、懐中電灯で
照らして驚きました。そこはあまり木はなく、こんもりした塚のような
ものがあって、もしかしたら昔の貴人の古墳ではないかと言われて
たところですが、それを囲むように輪になった、奇妙なものの一団が
踊っていたんです。きのこに手足が生えたようなもの。どう見ても

陸ガメだが、背中に三重の塔が乗っかったもの。狐に見える毛の光る生き物。

石でできた地蔵にしか見えないもの・・・女の子は「ごくろうであった。
酒はたしかにいただいたから、そこに置いて帰るがよい。礼はする。
ただし、お前たちが使う金は持っていないから、代わりに後で
この塚の中央を掘ってみるがよい」女の子はそう言うと、
パッと毛だらけの生き物に変わり、私は言われたとおりその場に酒瓶を


置いて家に帰ったんです。石段を降りる道すがら、しばらくは
陽気な音楽が聞こえていました。そのせいか不思議に怖くはなかったです。

翌朝はすっかり晴れたよい天気で、私は神社を見に出かけ、
裏手に回ってみました。そしたら、塚はそのままでしたが、そのまわりに
小さな足跡がたくさんついていて、踏み固められたようになっていたんです。
中央に空になった酒瓶が2本置いてありました。私は、たしか礼をする、
塚の中央を掘れと言われたことを思い出し、瓶をどけるとそこをスコップで
掘ってみたんです。そしたら、カチンと硬いものにあたり、
掘り出してみると、金色に光る大黒様に見える像だったんです。
大きさは40cmくらいでしょうか。これは金なのだろうか。
だったらたいへんな値打ち物だ。そう思いました・・・ところが、買い取り


業者のところに持っていったら、これはメッキをしたもので、
数千円程度の価値しかないと言われたんです。これじゃあ酒代にもなりは
しない。でも、せっかくの授かりものなので、自宅にある神棚に上げて
おいたんです。・・・これで話は終わりだと思うでしょう。ですが、まだ
続きがあるんです。それから2日後、私が家にいるとき、地震があったんです。
といっても、大きなものではなく、テレビでは震度3と言ってました。
それだから特に被害はなかったんですが、他のものはなんともなかったのに、
その大黒様だけが神棚から転がり落ちて、私の頭にガンとあたったんです。
血が出ました。病院に行き、頭のことなのでCTを撮って、それから
傷を縫ったんですが、そのCTで頭頸部のがんが見つかったんです。こりゃ

大変だと思いましたが、幸い初期も初期で、医師からは、放射線で


散らすことができるだろうと言われました。このとき、もしかして
礼というのはこのことなのかと思いあたったんですよ。それと、じつは私、
宝くじを毎回買っておりまして、その回のものも30枚、神棚に上げて
置いたんですが、そのうちの一枚が1万円当たったんです。これもお礼の
一部なのか・・・それにしては微妙な金額だな。どうせなら1千万くらい
当ててほしかったのにと思いました。でね、1週間ほどして、神社の
お世話のために午後に山に登ったんです。そしたら、私の行く手をイタチの
ようなものが横切り、そいつは後ろ足で立ち上がって、

「宝くじが当たったのは偶然だから」そう言って走って消えていったんです。

あの女の子の声でした。これで終わります。