今回はこういうお題でいきます。妖怪談義です。
さて、みなさんは天狗というと、どういうイメージを
お持ちでしょうか。一般的に日本では、天狗は山伏の
衣装を身につけていて、一本歯の高下駄をはき、
赤い顔にギョロ目、鼻が長く、手にうちわを持っている。

このうちわで風を起こして空を飛ぶことができる・・・
こんな感じですよね。でもこれ、どうしてそうなったのか
よくわからないんです。もともと、天狗という言葉が
中国から来たものなのは間違いありません。

ただ、中国での天狗は『山海経』にあるように、文字どおりの
「天を走る狗(いぬ)」、つまり流星、流れ星のことなんです。
日本の妖怪の中には中国由来のものも多く、多少はイメージが
変わったりしていますが、ここまで極端に変化したのはなぜか、
妖怪研究者にとって大きな疑問のひとつなんですね。

『山海経』の「天狗」
cxv

ちなみに、いつもご紹介している鳥山石燕の「天狗」は下図の
ようなものです。鼻は長くはなく、クチバシ状のものがあり、
全体として猛禽類のように見えます。これは烏天狗なんで
しょうか。うーん、よくわかりません。

また、同じく石燕には「襟立衣(えりたてごろも)」という
絵もあり、よくわからないんですが、サルノコシカケの
ようなものに、空っぽの衣だけが座っています。詞書には、
各地の大天狗を紹介した上で、「くらま山の 僧正坊の
ゑり立衣なるべしと 夢心におもひぬ」とあり、

鳥山石燕 「天狗」


「鞍馬山の僧正坊天狗」が脱ぎ捨てた衣なんでしょう。
こうしてみると、これは自分の想像なんですが、博識の石燕は、
中国の天狗が何を意味しているのかを知っており、あえて
鼻の長い日本的な天狗を描かなかったのではないかと
思われます。あながち自分の深読みでもないんじゃないかな。

さて、では、鼻の長い天狗の姿はどこから来たのか?
まず一つには、修験道から来たイメージがあるんだろうと
考えます。修験道は役小角(役行者)が始めたとされて
いますが、伝説的な話なので、ほんとうにそうかはわかりません。

鳥山石燕 「襟立衣」
vcx

ただし、平安時代には間違いなく始まっていて、各地の霊山を   
駆け上がり、岩場を飛び回って修行する神仏混淆の山岳宗教です。
その人たちの姿を里の者がたまたま見かけ、「お山の天狗様」と
奉ったというのは考えられる話じゃないかと思います。

あとはそうですね、日本神話の猿田彦神のイメージ。
猿田彦神は邇邇芸命(ニニギノミコト)が天下るときに道案内
したとされる国津神で、『日本書紀』では、その神の鼻の長さは
七咫、背の長さは七尺、目が八咫鏡(やたのかがみ)のようで、

山岳修験者・山伏


また赤酸醤(あかかがち)のように照り輝いている」
と出てきますが、この姿がそのまま天狗のものとされた。
お神楽などの猿田彦神の面も、鼻が長く顔が赤く、天狗に
そっくりです。下図を参照されてください。

さて、ここからは日本の天狗の話になります。天狗には      
階級があり、一番上が大天狗。大天狗は大僧正の位を持つ
とも言われます。日本の八大天狗はそれぞれ霊山と
結びついていて、「愛宕山太郎坊、鞍馬山僧正坊、比良山治朗坊、
飯綱三郎、相模大山伯耆坊、彦山豊前坊、大峰前鬼、

猿田彦神
キャプチャ

白峰相模坊」です。その下に一般の天狗、さらに下には
烏天狗、木の葉天狗などがいます。この2つはおそらく
名前が違うだけでしょう。平安時代の末期ころには天狗の
イメージは固まっていたと思われ、後白河法皇は
「日本一の大天狗」と言われたりしました。

また、牛若丸に鞍馬山で武術を教えたのも天狗とされます。
さて、天狗が起こすとされる怪異には、まず「天狗礫」と
いうのがあり、木も何もないところで、空から石が降ってくる。
海外の超常現象であるファフロツキーズ現象との
類似もよく指摘されますね。

それから「天狗倒し」。山の中で、カーンカーン、ドーンドーン
という音が聞こえ、また実際に木が倒れてきたりする場合も
あります。あとは天狗が「神隠し」に関わっているという
話もあり、山の中で迷っていたりする子どもがいると、
うちわで扇いで空に飛ばし、隠してしまう。

天狗神社
キャプチャvvb

現代でも、怪異譚『新耳袋』には天狗を目撃したという
話が出てきていますね。こうしてみていくと、天狗は神と
妖怪の中間的な存在である気もします。また、天狗は
「外法(げほう)」という技を使うと言われ、それについては
過去記事でかなり詳しく書いています。

さてさて、ということで、今回は天狗のお話でした。
天狗の正体はよくわかりませんでしたが、もしかしたら
平地の人々の深い山に対する畏れが産んだ存在なのかも
しれませんね。では、このへんで。