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今回はこういうお題でいきます。刀剣シリーズの一環ですが、
怖い世界史のカテゴリに入れておきます。ただし、ここで出てくる
内容が史実かどうかはかなり疑わしく、後世の脚色がだいぶ
混じっていると思いますので、そこはご承知おきください。

さて、みなさんは「呉越同舟」という故事成語はご存知でしょう。
ときは紀元前500年頃、中国の春秋時代のことです。
現在の蘇州周辺を支配した呉と、浙江省のあたりにあった
越の国はたいへん仲が悪く、戦いをくり返していました。

この両国の数十人が、国境にある川で舟に乗り合わせましたが、
互いに気まずい様子で押し黙っていました。すると、急に天候が
変わって強い風が吹きすさび、舟は帆を降ろさないと転覆して
しまいますが、波風に激しく揺られてロープがほどけません。

春秋時代の呉と越
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そこで、それまで敵対的だった両国の人が協力し、ロープを
ほどいて助かったという故事から、「本来は、仲の悪い者
同士でも、災害時や利害が一致すれば、協力したり助け合う」
という意味で使われます。『孫子』に出てきます。

では、この呉越の戦い、どっちが最終的に勝ったか。これは
「臥薪嘗胆」の故事で有名です。まず呉が戦いに負け、王は
死に際に後継者の夫差に、「必ず仇を取るように」と言い残します。
夫差は「3年のうちに必ず」と答え、敗北を忘れないよう並べた薪の
上に毎日寝て、兵を鍛え国の軍備を充実させました。これが「臥薪」。

「臥薪嘗胆」
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まもなく、夫差は越に攻め込み、越王勾践の軍を破ります。勾践は降伏し、
夫差によって馬小屋の番人にさせられますが、やがて許されて国に戻り、
屈辱を忘れないため、毎日苦い胆を嘗めます。「嘗胆」ですね。
その後、呉は覇者をめざして各国に兵を出すなど国力を疲弊させ、
ついに越に滅ぼされ、夫差は自殺します。『史記』のエピソードです。

越の勝ちだったんですね。で、この呉越の物語には、2本の名剣が
登場します。干将(かんしょう)と莫耶(ばくや)です。
2本あるのは、陰陽をあらわす雌雄の剣ということで、
現存してないので詳細はわかりませんが、おそらく両刃の片手剣、
短いものだったのではないかと思います。

丹下左膳
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陰陽剣という言葉があります。剣は2本セットでつくられ、
互いに呼び合うという考え方で、これは創作ですが、林不忘の
時代小説『丹下左膳』には、関の孫六作の乾雲と坤龍という
妖刀が出てきて、互いに求め合って血を呼びます。

干将・莫耶というのは、もともとその剣をつくった鍛冶夫妻の名です。
2世紀ころの史書『呉越春秋』によれば、鍛冶夫婦は夫差の先代の
呉王から剣の製作を依頼されますが、どうしたことか鉄が溶けません。
そういった場合、鍛冶師が鉱炉に身を投げれば溶けると言われるものの、
そこまではせず、妻の莫耶が自分の髪と爪を入れるんですね。

そうして2本の剣ができましたが、夫はなぜか雌剣の莫耶のほうだけを
呉王に献上します。剣は宝物として扱われましたが、その後、
呉を訪れた魯国の使者が、剣を見せてもらったときに刃こぼれを
発見し、呉の滅亡を予言することになります。

越王勾践剣
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この他に、この鍛冶夫妻の子どもである赤(せき 眉間尺)が出てくる
話もあるんですが、こちらはあまりに荒唐無稽なので割愛します。
で、不思議なのは、雄剣の干将のほうはほとんど歴史に
登場しないんです。理由はよくわかりません。

さて、なぜこの話が出てきたか。じつは古代中国で青銅器から鉄器に
切り替わるのが、ちょうどこの春秋時代あたり、前600年頃
なんですね。おそらくそれで、こういう逸話になったんだと
思われます。あと、越王の句践は名剣を集めていたと言われ、
8本の剣を所有していたとされます。

特殊な字体で書かれた越王勾践剣の刻字
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伝説と思われてましたが、1965年、その1本であるとされる  
銅剣が湖北省江陵県望山1号墓より出土したんです。ターコイズと
青水晶とブラックダイヤモンドで象嵌された見事なもので、
刀身には「越王勾践 自作用剣」と刻字されていました。うーん、
中国当局は本物と見て、国外持ち出し禁止の国宝扱いになっています。

この剣は、2000年を越えた古いものなのに錆一つなく、
X線回折法で分析したところ、表面を硫化銅の皮膜でおおって
あったとされます。銅剣というところに着目してください。
干将・莫耶は鉄剣とされますが、これはおそらく観賞用でしょう。

呉王夫差矛
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あと、句践の好敵手であった夫差は、「呉王夫差矛 ごおうふさやり」
という矛を持っていたと言われ、じつはこちらも湖北省江陵県
馬山5号墓より出土してるんです。やはり錆は見られません。
これも本物だとしたらすごい話ですよねえ。

さてさて、ということで、あんまりオカルトな内容にはなりません
でした。まだ取り上げてない西洋の剣もいろいろありますので、
刀剣シリーズは今後もぼちぼち続けていくことになると
思います。では、今回はこのへんで。