去年のことです。俺は今、大学の3年で安アパートに住んでるんですけど、
4月に新しいやつが越してきたんですよ。アパートは外に通路があるんじゃなくて、
建物の中に廊下がある昔の下宿屋みたいなのです。
さすがに風呂、トイレはありますが。違う大学・・・といっても、

このアパートの学生はだいたい違うんだけど、
入学して地方から出てきたばっかしのやつですね。
いちおう「高見」って名で話を進めます。で、向こうからも挨拶があったから、
落ち着いた頃に、アパートの仲間3人で焼酎持って部屋に押しかけたんですよ。
そいつは話し言葉もボソボソした、大人しそうなやつでね。
初対面だからそうなのかとも思ったけど、後になってもあんまり

変わらなかったですね。部屋は電化製品とかだいたいそろってて、

 

壁に30cm四方くらいの額縁が飾ってあったのが珍しかったです。
ポスターとかならともかく、絵を飾ってるやつなんていませんから。
これが不思議な絵で、神様だということはわかるんですが、
まったく日本風じゃないんです。男か女かわからないような、

ぺらぺらの衣装を着て尖った髪型の人?が、
座禅を組んでて、手が4本あって琵琶みたいな楽器や鎌を持ってるんです。
極彩色のインド風というか、西遊記の登場人物みたいな感じです。
「これ、なんだよ?」と聞いてみたら、「家でやってる神様」と答えられました。
高見の話によると、こいつの家は地元で宗教みたいなことをやってて、
そこで信仰してる神様ということでした。
なぜか代々、その異国風の神様を祀ってる家なんだそうです。


あんまり話題がなかったんで、「御利益はあるのか?」と聞いてみました。

すると「ある、といえばあります」との答え。
なんでも、危険なことや、選択を誤ってはいけないことがあった場合、
「○○しろ~」という具合に、この神様が頭の中に働きかけてくるそうなんです。
「で、具体的にはどんなことがあった?」とさらに尋ねると、
「最近だと、この大学受験で上京するときですね」
「夜行バスで来ようと思ってたんですが、出発の前の日に、
神様が、そのバスに乗っちゃだめだぞ~って言ってきたんです。
声が実際に聞こえるわけじゃなくて、頭の中に響くだけですけど」
「ふーん、で、バスはどうなった?」

「それが案の定、事故を起こしたらしいんですよ。といっても、

 

軽傷者しか出なかったから、少ししかニュースに出ませんでしたけどね。

トラックに追突されて、打撲の人がいたらしいです」
「けっこう微妙だな・・・」
「でもそれ、僕が乗らなかったからそれくらいで済んだんだと思いますよ。
もし神様の言うことを聞かなかったら、
悲惨な大事故になって僕が真っ先に死んでたと思います」
「お前が乗ると大事故になるんなら、お前が疫病神なんじゃね」
こんな話をしました。それからしばらく飲んだんですが、
飲み慣れてないようで、すぐにつぶれてしまったんで、
高見はそのままにして、別のやつの部屋で飲み直したんですよ。
それからは、廊下で会えば言葉を交わすくらいになりましたが、


お互いに新年度で忙しくて、行き来する機会はなかったんです。
1ヶ月後くらいですね。アパートの廊下で女の子の声がしたんですよ。
恥ずかしい話ですが、そこではめったにないことなんで、
ドアを開けて様子をうかがってると、
白いブラウスを着た20歳前後くらいの女の子が、
高見と話しながら2つ隣のやつの部屋に入っていったんです。
けっこうきれいな子でしたが、独特の雰囲気がありましたね。
いや、キャバクラとかそういうのじゃなくて、なんていうか・・・
駅前でよくチラシ配ってる人みたいな、そんな感じですよ。

ずばり新興宗教ぽかったですね。だからほら、高見の実家が

宗教やってるってことだったから、そっちから訪ねてきたんだと思いました。


高見がかなり上気した顔をしてたので、
向こうにいる彼女が上京してきたのかな、と思ったんです。
もちろんそこのアパートは壁も薄くてエッチとかできる環境じゃないんで、
しばらくして2人で出ていったみたいでしたけどね。
それから、女の子はちょくちょく訪ねてくるようになりましたが、
その子だけじゃなく、他の男と一緒に来るときもありました。
背の高い年配の身なりのいい人とか、
小柄だけど筋肉質の拳法家みたいなやつとか。
で、高見の部屋でしばらく話していくんだけど、
ときおり怒鳴り声のようなのが聞こえるようになったんです。
そのすぐ後ですね、高見から相談されたんです。部屋に行って

 

話を聞いてみると、あの女の子はやっぱり新興宗教の人だったそうです。

そうとはわからず知り合いになったら、セミナーに出ないかと熱心に誘われてた。
しかたなく自分の家の事情を話したら、
今度は教団の上のほうの人を連れてきたって話でした。
「そりゃ入信させるためのサクラだろうから、きっぱり断ったほうがいいぞ」
まあ、こう言いますよねフツー。高見は、
「別にもう女の子のほうはどうでもいいんだけど、宗教論争みたいなことになって
幹部みたいな人がしつこいんです。それと、
うちの神様が今度のことをすごく怒ってるんです。ほら顔が変わってるでしょ」
そう言って額のほうをチラ見したんで、俺も見てみたんですけど、
怒ってるようには見えませんでした。


というか、絵の顔が変化するなんてありえない、とそのときは思ったんです。
「お願いがあります。今度、何人かいっしょに来るみたいだから、
そのときにもし何かあったら、警察に通報してほしいんです」こう頼まれました。
日時は別にバイトのあるときじゃなかったから、かかわりたくはないなと思う反面、
面白そうなところもあって引き受けちゃったんですよ・・・
当日、夜の9時過ぎでした。様子をうかがってると、
あの女の子が男2人を連れてやってきたんですよ。
3人は高見の部屋に入ってボソボソ話しているようでしたが、だんだんに

声が大きくなって、「ドガッシャーン」と何かがひっくり返ったような音、

そして怒鳴り声が聞こえたんです。「これはいよいよか」と思い、
携帯電話を持って廊下に出てみたんです。


戸が開いて、高見が転げるように出てきました。
拳法家みたいな若いやつが、半身を乗り出して高見を中に引き戻そうとしました。
そのとき部屋の中で「キャーーーーーーーーーッ」という怖ろしい悲鳴が上がって、
女の子と中年の幹部が若い男を押しのけるように飛び出してきました。
そしてね、見ちゃったんですよ。
身長は3mほどあったと思います。廊下の天井まで届いて、

さらに身をかがめてましたから。ピンク色の肌で、

腕は背丈相応に太いんですが、ぜんぜん筋肉質じゃないんです。

女性の腕みたいなんですが、巨大な琵琶を持ってて、それで幹部の頭を

一撃したんです。そのときは盛大に血が飛び散ったように見えました。

でも、後になって廊下を見ても血はなかったんです。


さらに、若い男がひょいと片足をつかまれて廊下に投げ出されたんです。
そうとう痛そうな落ち方でした。
「チュミーーーーーーーン」こんな感じの音が爆発しました。
いや、これも頭の中で聞こえただけなんだと思います。
男2人は立ち上がって逃げ出し、その後を女の子が泣きながら

這って追っかけていきました。オシッコもらしてたみたいです。

この間、俺はほぼ茫然自失の状態でしたが、我に返ると、
高見が所在なげに目の前に立ってて、神様の姿はどこにもありませんでした。
「もう終わったので、通報はいいです。迷惑をかけてすみませんでした」
高見は小声でこう言ってから「はあ」とため息をつきました。
その後はね、宗教団体のやつらは一度も見かけたことはありません。


いや、「本物は違うんだなあ」と思いました。

それから、高見の部屋で何度か飲んだこともあるんですが、神様の

絵のほうには一度も尻を向けたりしたことはありませんよ。だって・・・ねえ。

 

『ヒンドゥーの神々』