警備員の山崎さんの話
どうも今晩は、山崎と申します。よろしくお願いします。
自分はこの4月から、警備員をしてます。はい、警察を定年退職しまして、
その後の再就職ということです。うちの県では、警察とコネのある警備会社
がありまして、退職後はそこへいく人がけっこうな数いて、
私もその一人ということです。その警備会社の経営者も元警察官なんです。
ですから、私のような退職者には気を遣ってくれまして、
例えば道路工事現場の交通整理など、キツイ現場に派遣されることはないんです。
それで、私が派遣されたのは、地元のある大学病院です。
かなり大きなところですよ。1日の外来患者数が2千人ということです。
3交代のシフトで、24時間警備をしてます。1シフトの配置は4人。
病院の警備なんて楽なもんだろう、と思われるかもしれません。

じつは私も、最初はそう考えてたんですが、これがそうでもなかったんです。
ほら、病院関係者の数も患者数も多いですから、いろいろなことが起きるんです。
私の配置は病院の1階で、警備員のブースに立ってます。まず気をつける第一は
患者さんですね。入院してる患者さんが、病院着のまま外に出ていくことが

あるんです。外には植え込みがありベンチが備えられているので、そこで

日光浴してる場合もありますけど、多くは喫煙です。ほら、今は院内完全禁煙で、
喫煙所なんかもないでしょう。だから、急な入院になった患者さんが、
どうしてもタバコを吸いたくて、点滴のスタンドを引きずったまま、外の病院の

門のところまで行ってタバコ吸ったりするんです。そっと後をつけていって、まあ、

病院外なら文句は言いませんが、敷地内で喫煙してる場合はやんわり注意します。
私はタバコ吸わないのでわかりませんが、

そんなにしてまで吸いたいもんなんですかね。

あと、患者さんが看護師や医師に暴力を振るうというケースもあります。
そういうときは非常ボタンで連絡が入るので、駆けつけて止めるんです。
やってみると、なかなか大変な仕事でしたね。ああ、すみません、本題に入ります。
会社で、病院警備の概略の説明を受けた後、仲間の警備員に紹介されたんですが、
そのとき先輩の一人にこんなことを言われたんです。「あの病院では、
ときどき小柄で黒いフードをかぶった人を見かけるが、関わらないことだ。
何も実害はないから」でも、そう言われても気になるじゃないですか。
「どういうことです? それ、何者ですか」 「わからない。だがわれわれの

仕事には関係ない。とにかく見ても知らないフリをしてればいいから」
それ以上の説明はしてくれなかったんですね。でも、かえって気になるじゃ

ないですか。ですから、勤めて最初のうちは妙に意識してしまって、

黒フードの人物がいないか探したりもしたんです。でも、ずっと見ることは

なくて、そのうち忘れてしまいました。で、1ヶ月くらいしてです。
午後の3時ころになると、外来患者の会計もあらかた終わって、ぐっと人の数が

少なくなるんです。私は4時に交代でしたから、その時間帯になると、
ああ、今日も何事もなかったってほっとした気分になるんです。
そのときに、黒いものが検査棟のほうからやってきたんです。小柄で

全身黒ずくめ、上はパーカーというんですか、黒いフードを頭からすっぽり
被ってて、下は裾のすぼまったズボン。男か女かもわかりませんでした。
それがね、スーッと滑るような感じで進んでくる。不思議なことに、
足を動かしてるようには見えませんでした。そのとき、先輩に言われた
黒フードの話を思い出しまして、これがそうかって思ったんです。

はい、関わるなとは言われましたが、注目してました。すると黒フードは、
たくさん待合のイスが並んでる前にたたずんでたんですが、ちらほらいた

患者さんの一人が立ち上がると、フーッとそっちに近づいていって、
通路に出た患者さんの後ろにぴったりくっつきました。不自然ですよね。
だからブースから出てそっちに行こうとしたとき、黒フードは患者さんと

重なったんです。これ、くっついたってことじゃなく、何と説明すればいいか

わからないんですが、患者さんと黒フードが同じ空間にいて

重なってるってことです。驚いて立ち止まりました。

数秒、2人は重なったままで、それから患者さんのほうは
力なく歩いて玄関のほうへ向かい、黒フードだけがその場に残ったんです。
わけがわからなかったですよ。黒フードはしばらくそのまま立ってましたが、
また、滑るような動きで検査棟のほうに戻っていきました。

4時になって、同僚が交代時間で集まったときに、見たことを話しました。
そしたら一人が、「ああ、黒フードな。月に1回くらい出るんだ。
でも、そのことで苦情が来たことは1度もないから、気にしないほうがいいよ」
こんなふうに言われました。それから、4ヶ月の間に3回見ました。
前とほとんど同じです。人の少なくなる時間帯に出てきて、患者さんの一人に

近寄って重なる。それで、その患者さんが倒れるわけでもない。
もしかしたら、患者さんには黒フードは見えてないのかもしれません。
それでね、私も気にしないようにすることにしたんです。その後、

また1ヶ月ほどして、やはり午後3時ころです。その日私は少し腹の具合が
悪くて、できるだけ病院のトイレは使わないようにしてたんですが、
我慢できず近くの患者用のトイレの大のほうに入ったんです。

ホッとしていると、隣の個室に人が入る音がして、その人がわっと泣き出した

んです。びっくりしました。その人は泣きながら、「なんで俺が癌なんだよ、

末期って何だよ!」きれぎれにそんなことを言ってました。ああ、かわいそうに、
告知を受けたんだなって思いました。まだ若いと思える声でしたね。
私も困って、音を立てないようにしてたんですが、ひとしきり泣いた後、その人が

個室から出て手を洗う音が聞こえたので、しばらく待ってから個室から出ました。
こんな大きい病院だから、重病の告知をされる人も日に何十人もいるんだろう、
気の毒に・・・そう思って洗面台に向かったとき、戸が開け放しになった

トイレから、黒フードが出てきたんです。さっき泣いてた人が入ってた個室です。

あっと思いました。黒フードはやはり滑るように進んで、

私のすぐ近くまで来たんです。はい、1mくらいしか

離れてなかったんですが、黒フードの姿はぼうっとぼやけてて、

ちゃんと見ることができなかったんです。重なられちゃたまらないと思いました。
それで飛び離れたんです。そのときに洗面台の鏡が目に入りまして、
黒フードの姿も映ってました・・・というか、鏡に映ってるのは、
人の形をしていない、ぼこぼこした黒い固まりだったんです。あとは後ろも見ないで
トイレから出てブースまで逃げ戻りました。その後、黒フードがどうなったか

わかりません。またいつものように検査棟へ戻っていったのかも。そのときも

同僚に話をしました。「黒フードと重なったらどうなるんでしょう?」

とも聞いたんですが、同僚は「わからない。そんな近くまで来たことがないし。

とにかく関わらないことだ」いつもの調子でした。それ以来、病院の勤務が

怖くなりました。あの後はまだ黒フードは見てないんすが。あれ、いったい

何なんでしょうか。死神?そうなのかもしれませんが、違うような気もするんです。

警備員の三輪さんの話
じゃあ話していきます。僕ね、街頭警備をしてるんです。この市には大きな

飲食街があって、依頼はそこの組合から。2人組で飲食街を歩くんです。
もちろん警察も出てますけど、それだけじゃ手が足りないので。仕事は酔っ払いの

介抱とかいろいろです。その日は、年配の辻さんって人と組んでました。かなり

広い飲食街ですから一回りするのに2時間近くかかります。その2周目ですね。
飲食街の外れに、ヘルスやソープが10店舗ほど集まった一画があって、その近くに

小公園みたいなとこがあるんです。植え込みに噴水、ベンチがいくつかある。
昔はそこで覚醒剤の取引があったりしたんですが、今は警察も頻繁に回ってるんで、
大きな事件は起きてないですけど。その公園にさしかかったとき、
若い女がふらふら歩いてきて、そこのベンチに座ったんです。風体から、
近くの店の嬢だと思いました。座ってすぐ、女はすすり泣きを始めまして。

でもね、そういうのには僕らは関わらないんです。自殺でもしそうならともかく、
個人の事情ですから。そっとその場を離れようとしたとき、いつのまにか女の横に
黒いフードのやつが立ってたんです。すごく小柄でした。僕も辻さんも

立ち止まりました。そいつが泣いてる女に何かするんじゃないかと思いました。
黒フードは、女のすぐそばまで近づいたんですが、女は気づいた様子がない。
「マズいすね」そっちに向かおうとしたとき、辻さんが僕の腕をつかんで「待て、

あれはこの世のもんじゃないから」って言ったんです。「え?」 「まあ、見てな」

黒フードは、座ったまま泣いている女の膝の上に座るようにして・・・重なった

んです。「え、え?」 「前にも見たことがあるし、先輩から話も聞いてる。

あれは、人の悲しみを食って生きてるもんらしい」しばらくして、女は泣き止んで
店のほうへ戻っていき、黒フードは滑るようにして植え込みの中に消えましたよ。