厚生労働省は5月15日、白血病などのがん治療薬「キムリア」の公定価格
(薬価)を決める。米国では47万5千ドル(約5200万円)の超高額薬で、
日本の薬価は3349万円とする方向で調整を進めている。
同日に開く中央社会保険医療協議会(中医協、厚労相の諮問機関)
の総会で了承されれば保険適用になる。(日本経済新聞)


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やや古いニュースですが、今回はこういうお題でいきます。
オカルトではありませんが、けっこう怖い話になります。
キムリアという効果的な白血病治療薬が、約3400万円で保険適用が
決まったということですね。いや、それにしても高額ですが、
奏効率は8割を超えるということで、白血病患者には大きな福音です。

この薬について少し解説すると、基本的に投与は1回だけです。
キムリアによる治療はCAR-T療法と呼ばれ、がん細胞への攻撃力を高めた
患者自身の免疫細胞を用いて行うもので、「がん免疫遺伝子治療」にあたります。
CAR-T細胞は患者の体の中で増えるので、例えば抗がん剤のように、
生きている間はずっと使い続けなくてはならないということはありません。

また、この薬は原価そのものがひじょうに高いんですね。
これは患者一人ひとりの細胞をもとにして作成するためで、
メーカーが示した総原価は2363万円でした。ただもちろん、
健康保険がありますし、それと高額療養費制度を併用すれば、
患者の自己負担は40万円くらいのようです。

「キムリア」
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それと、この薬の適用になる患者数って多くはないんです。
年間、最大で250名程度、市場規模は70億円台と見込まれています。
ですから、この薬だけで医療費を圧迫するということではないんですが、
今後、このような高額な薬が次々に開発されたらどうでしょう。
画期的な新薬が開発されるのは科学の進歩ではありますが、

もちろんタダではありません。日本の医療費は年間40兆円ほど、
そのうち10兆程度が薬価です。現在、日本は超高齢化社会に入っています。
2025年までに、団塊の世代が75歳の後期高齢者に達し、
介護・医療費などの社会保障費の急増が懸念されているわけですが、
高齢者を支える現役世代の数は少子化によって減少しています。

さて、QALYという言葉があります。質調整生存年と訳され、
1QALYは、完全に健康な1年間に相当します。もしその人が健康でなかった
ならば、その1年間のQALYは1以下になります。また死亡した場合は0QALY。
例えば、抗がん剤を使用して、副作用に悩まされながら1年過ごした場合、
やはりQALYは1以下の低い数値になるわけです。

では、みなさんは、1QALYを得るためにかかる費用はどのくらいが
妥当だと考えますか。これはかなり難しい問題です。
まず、「人の命は地球より重い、1000万円でも3000万円でも
いくらかかってもいいじゃないか」という人がおられるでしょう。

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ただし、健康保険による負担となりますので、「その金をみんなで負担するのは
非常識だ。せいぜい保険から払っていい金は200万くらいだろう。
それ以上の場合は自己負担にしてくれ」と考える人も当然いるはずです。
上記したように、今後日本は2025年問題が控えており、
保険医療の破綻が現実のものとなってきているんです。

また、「子どもや未来のある若い人の生命なら負担は惜しくないが、
高齢者に高い金をかけるのは意味がない」というドライな意見もあると
思います。でも、人の命を年齢で区切ってもいいものでしょうか。
現在の高齢者が、戦後日本を支えて高度成長を実現したとも言えますし、
保険医療が破綻しそうなのは、政府の無策のせいとも考えられます。

現実的な問題としては、高齢者の数が多いということは、それだけ選挙での
票を持っているということです。つまり一種の圧力団体となっている。
もし、高齢者切り捨て政策を発表すれば、その党は大きく票を失うでしょう。
ですから、国会でもこの手の議論はひじょうに歯切れが悪いですよね。
この高齢者の数が減少に転じるのは、2043年ごろと見られています。

適用範囲が広がり、薬価がかなり下がった「オブジーボ(ニボルマブ)」
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政治というのは、どの世代に金をかけるのがよいかという、
一種の世代闘争の面を持っているんです。で、最初の話に戻って、
世界的には、1QALYを得るためにかけてもよいお金は、だいたい5万ドル、
日本円で500万円ほどというコンセンサスがあります。これはあくまで
公的保険によるという意味で、自費治療はそのかぎりではありません。

これを厳しく実施しているのがイギリスです。ノーベル賞を受賞した
本庶佑博士のオブジーボですが、イギリスの肺がん患者の多くは、
薬価が高いために使用できません。あと、やはり高価な抗がん剤である
アバスチンなんかも、たしか保険対象にはなっていなかったんじゃないかな。
みなさんは、マーガレット・サッチャー首相を覚えておられるでしょうか。

もう亡くなられましたが、1990年までイギリス首相を務め、「鉄の女」という
異名で知られていますね。当時は「イギリス病」という言葉もあり、英国は
衰退期でした。そこに財政面で大鉈をふるったためにこの名がついたんですが、
彼女は60歳以上の患者の人工透析を保険適用から外し、自己負担にしました。
(現在は抜け道があって、人工透析は比較的安価にできます)

マーガレット・サッチャー
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この間、日本では、人工透析治療の中止を希望した女性患者が1週間後に
死亡したことが大きな問題になりましたが、当時のイギリスはそれどころでは
ありませんでした。サッチャー首相には「人殺し」という罵声が飛び、
実際に、自己負担できない人工透析患者が多数亡くなったんです。
でも、サッチャー首相は政策を変えなかったので「鉄の女」。

日本もごく近い将来、この問題に直面せざるを得ないでしょう。
よく言われるのは、日本は世界でも類を見ない「異常に丁寧な」終末期医療を
実施しているということです。胃瘻の問題などが話題に出されますが、
多くの国では、人は自分の口でものを食べられなくなったら終わりとされます。

終末期医療費が全体の2割に達しているという試算があります。
例えば、一人暮らしの高齢者が倒れ、救急車で病院に運ばれ、現場は、
救命のために人工呼吸器や透析にもつなぎました。この患者に意識はなく、
身寄りはいません。では、いつまで延命治療を続ければいいんでしょうか。

これは法律上の問題もありますし、延命治療をやめることは、
医師の判断でその人の生命を終わらせるという倫理的な問題にもなります。

さてさて、ため息が出てくるような暗い未来しか見えませんね。
はたして日本はこれを乗り切っていけるのか。自分の考えを言わせていただくと、
今後、延命を最優先する医療は終わりにせざるをえないんじゃないかと思います。

重度の認知症や、寝たきりで生きていたとしても、QALYはかぎりなく
0に近いでしょう。はたして日本の政治家にその勇気があるでしょうか。
では、今回はこのへんで。

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