中学生のときの話なんだけど、クラスで幽体離脱ってのが流行ってたんだ。
流行ってたって言っちゃいけないかな。
この話題をするのは自分を入れて4人くらいだったから。
当時有名なオカルト漫画があって、それで幽体離脱をあつかった回の直後で、
その漫画に簡単なやり方が出てたから、
いつもその手の話をしてる仲間で、俺らもやってみようかって。
やり方はそんなに難しくはない。
部屋を薄暗くしてベッドに上向きに寝て、
自分の体から意識だけが抜け出していく場面を想像する。
目をつむっちゃいけない。それから気が散るから布団をかけてもいけない。
天井の一点を見つめて、それがだんだんに近づいてくるように念じるんだ。

4人でしめし合わせて、今日の夜にやってみて明日結果を報告しようって
ことになった。・・・時間は深夜0時を少し過ぎたくらいだったな。
部屋の電気を小さいのだけにして、俺の部屋の天井は木目なんで、
そこの節が渦巻いている部分に集中して、少しずつ体から抜け出していくように、
天井が近づいてくるように念じる。ただ、スプーン曲げみたいに力を込めちゃ

だめだ。意識をできるだけリラックスさせて、瞑想的に念じるのが大切だって
漫画には書いてあった。結果は、もちろんうまくいくはずがない。
天井の木目はちっとも近づいてこなくて、いつの間にか寝てしまった。
次の日、1時間目の休み時間に集まって結果を報告し合った。
どうせ俺と同じようにみな寝てしまっただろうと思っていたが、
一人だけできたというやつがいた。


こいつをTということで話を進める。Tの話では、天井の一点に集中して、
10秒間に1ミリずつ抜けだしていくような感覚で想像していたら、
いつのまにか天井が鼻の上すれすれにきていた。
暗いけど天井のほこりや小さなクモの巣がよく見えたっていう。それだけ

じゃなく、向きを変えられるかと下向きになったところを思い浮かべたら、
下に大の字になって横たわっている自分の姿が見えたっていうんだ。
自分らでやってみようと言ったくせに、あと2人の反応はあんまり芳しく

なかったな。あからさまには言わなかったが、どうせ嘘だろという冷笑した

ような感じで、最終的には夢だったんだろという結論になってしまった。
Tが「自分の体が見えた後で、すぐ意識が途絶えてしまった」
と言ったのも悪かったかもしれない。その2人がいなくなってから、


Tは俺に「お前だけは信じてくれるよな。俺はもう少し続けてみる」
そう言って、「じつは俺の部屋の天井は白一色で目印になるものがないから、
黒い紙に白ペンで三角形を書いたのを貼りつけたんだ。
それがよかったのかもしれない」こう教えてくれた。
この三角形の話を聞いて、萎えかけていた気持ちがまたわくわくしてきた。
ピラミッド・パワーなんてのも知ってたから、
何か関係があるかもしれないと思ったんだな。それでその日は、
俺も紙に正三角形を書いたのを天井の頭の上にくる部分に貼って、
もう一度やってみた。そしたらできたんだよ。
いや、今から考えると夢かもしんないけど、そのときはできたと思ったんだ。
だんだんに額が熱くなってきて、天井に貼ってある三角形が、


自分の額とつながる感じがした。いつのまにか自分が軽々と宙に浮いてて、
反転すると自分の寝ている姿が見えたんだ。
そこまでだったけどね。やはり記憶がそこで途切れていて、
布団をかけないまま寝たから朝方に寒くて目が覚めた。
季節はたしか秋に入りかけた頃だったし。
翌日Tにできたことを報告したら、やつのほうはもっと進歩していた。
その幽体状態のまま部屋のドアを通り抜けて一階に降り、
玄関先まで行ったっていうんだ。体の格好はどうでも自由になるらしく、
宙に浮いた下向きの状態でも漂っていけるんだけど、直立した形に

なることもできるっていう。ただし歩く必要はないみたいだった。
スーッと船が水の上を進むように滑っていけるらしい。


これを聞いて、半信半疑ではあったものの、自分もそこまでできるか
確かめてみようと思った。夜になるのが待ちどおしかった。
ところが、やってはみたけど俺の場合は、天井まで浮き上がって
体を反転させるまでで、かなりの時間とエネルギーを使ってしまう。
自分を下に見ながら進み始めたあたりで気を失ってしまうんだ。
しかも目覚めたときにひじょうに体調が悪くなってる。
最初はカゼをひきかけたのかと思ったが、
そうではなくエネルギーを失っているという感じがする。
自分には向いていないのかもしれないと思った。
一方、Tのほうは、家の外に抜け出して深夜の町をかなり自在に徘徊して

いるようだった。話によれば、進むスピードは歩くほどの速さにもできるし、


一瞬で数キロを飛ぶこともできるらしい。幽体離脱したとき、自分の

家の前から学校まで来るときに、左側の電柱の数を数えてみたらしいんだ。
すると、その後、実際に自転車で登校する朝に数えたのと、本数がぴったり

一致したっていう。それだけじゃなく、俺の家にもきたっていうんだ。
Tは俺の家のだいたいの場所は知っているが、中に入ったことはない。
ところが、Tの話す俺の家の間取りや、俺の部屋にあるものなんかが、
いうとおりドンピシャに合ってるんだ。これには驚いた。
俺の寝ている姿も見たのかって聞いたら、それは見ていないっていう。
生きている人の姿は幽体からは見えないらしいんだ。
それから人が乗っている車なんかも見えない。
つまり人っ子一人いない、動くもののない夜の町を自在に漂っているらしい。

それからこんなこともいってた。「人の姿は見えないけど、
空っぽの町の中には何かがいる。ごくたまに見かけるんだ。
最初は自分と同じように幽体離脱中の人かと思ったけど、そうじゃなかった。
緑色をした形のはっきりしないもので、1時間くらいの間に一つは見かける。
近くに寄ったことはないよ。なんだかすごく悪いもののような気がして・・・」
その次の日からTは1週間ほど学校を休んだ。
担任の話では体調を崩してるらしかった。
その間、俺は幽体離脱実験を続けていたが、
いつも同じところでとまってしまうんで、面白くなくてやめていた。
翌週、しばらくぶりで登校してきたTを見て驚いた。
たった1週間なのに人相が変わるほどやせていたからだ。


Tはマスクをつけ、咳き込みながらも休み時間になると俺のとこにきて、
「まだ幽体離脱の実験やってるか」と聞いてきた。
俺が「いや、自分の体を見るところから進めないんでやめたよ」と言うと、
「それはよかった。もうやめろ。モジンに気づかれたら終わりだ」
「も・・じんって何のこと」
「前に話した緑色のやつだ。モジンっていうこととかいろいろわかった。
やつらは監視してるんだ。俺は気づかれてしまった。もうダメかもしれない」
「体調が悪いせいじゃないか。お前ももうやめてゆっくり寝るようにしろよ」
俺がなぐさめるように言うと、
「ああ、もうぜったいやらない。命を取られる」こうつぶやいて席に戻っていった。
それから2日後、Tが亡くなった。睡眠中の突然死だったということだ。


もちろん授業をぬけて担任と何人かの同級生といっしょにTの葬式にも行った。
遺影はやせこける前のふっくらとした顔のやつが使われてたな。
幽体離脱の実験は、それ以来やってない。
Tのことで怖くなった。それに・・・一度やりかけたとき、
天井を緑っぽい影がよぎったんだ。まあ気のせいだろう。気のせいだと思う。
とにかくあんたらもやらないほうがいいよ。