俺、土木工事の会社に勤めてます。高橋っていいまして、まだ3年目です。
でね、土木工事っていってもダムとかビルの基礎とかトンネルとか、
そういう大規模なのはやってないんです。会社で請け負うのは、主に
ガス管とか下水管、最近だと電線地中化とかの工事です。まあつまり、
穴掘りが仕事ってわけですよ。それで、こないだ・・・1ヶ月くらい前
かなあ、この仕事をやってて初めて知ったことがあるんです。この世の中の
秘密と言っていいかもしれません。今夜はそんときのことをお話しようと
思って。石川県での話です。最近、外国人の観光客が増えてるってことで、

電線を地中化する工事が進んでるんです。ほら、電信柱が
乱立して空が電線だらけだと景観がだいなしでしょ。だから観光客が
多いところに限って電線を地中化するんだけど、これには問題もあります。
 
ご存知ですよね。ほら、日本は地震が多いから、もし地中の電線が
切れると復旧に時間がかかってしまうんですよ。それでもね、最近は
インスタとかあって写真を撮る人が多いから、クモの巣みたいな電線が
写るよりいいだろうってことで。でね、その日はかなり細い昔ながらの
家並みの小路を掘ってたんです。車の通行を止めないように歩道の
端のほうです。深さはそんなにありません。でね、ガス管や水道管の
位置はわかるから、それを避けて歩道のコンクリを剥がしていく。
その日はだいたい20mくらいの区域を掘る予定でした。
でね、人が通らない夜間に作業するんですが、ある土産物店の前を
掘ってたら、急に地面が陥没したんですよ。あ、やっちまった、
と思いました。ガス管かなにかを掘り当てたんだろうって。

でも、その日の図面どおりに掘ってたんですよ。あわてて班長に
知らせに行ったら、班長はかがんで、そこの土質を見ていましたが、
「ああ、珍しいもんを掘り当てたな。これはお前のせいじゃねえ。
お前ももう3年目になるんだよな。じゃあそろそろ知っても
いいころだろう」 「え、これ、何なんです」
「ほら見てみろ。この穴、すごく土が滑らかだし、溶けたみたいに
なって滑らかだろ」確かに、ミミズの穴みたいな感じでした。「ミミズって
穴を掘るときに土を食べて体の中で体液と混ぜ、それを尻から
出して進んでいくんだ。だからミミズが多いと土壌改良になるんだよ。
それと同じような感じの穴だけど、ずっと大きいだろ」
「ええ、そうですね。人も通れそうですよ」 「何だと思う?」
「わかりません」 「生霊が通った穴だよ」

思いもしなかったことを言われて驚きました。「またまた。冗談ですよね」
「いや、本気だ。これは滅多に見られるもんじゃねえ。俺も道路工事を
20年近くやって、見たのは5,6回しかねえ。でもなこういうのは
ホントにあるんだ。冗談とかじゃねえし、お前をかついでるわけでもねえ。
生霊ってのは恨みが強いと、場所を思い浮かべるだけでそこに
行けるけど、まだその段階にならないうちは地中を通るんだよ。
で、何度も通ってるうちにそこが通り道になる」 「本当ですか」
「お前に嘘なんかついて何になるんだよ。でな、これすごく始末に
おえないもんなんだ」 「どうしてですか?」 「死人が出るんだよ」
「マジですか?」 「ああ、生霊になるのはたいていが夜寝たときの
夢の中だ。当人は自分が生霊を出してるって知らない場合が多い。
ただ、朝に目が覚めたときに、なんだか体がだるいとか、疲れが

 

とれないって感じる。けど、生霊を出してるせいとは思わないんだ」
「まあ・・・そうでしょうね。だいたい、そんなの信じてない人のほうが
多いでしょう」 「そうだ。だがな、さっき死人が出るって言ったろ。
もしその生霊が恨みで動いてるんだったら、恨まれたやつが夜中に
突然死したりするんだ」 「うわ、怖いですね」 「それだけじゃない。
無理にこの穴を埋めたりしたら、今度は生霊を出してたやつが突然死
したりしてしまう。そこのところで生霊が止まって本体に帰れなく
なるからだ」 「ほっとけば恨まれてた人が死ぬし、埋めれば生霊を
出してた人が死ぬわけですか。じゃあ、どうするんです」
「ああ、面倒くせえんだよ。本当は生霊を出してるのが誰か? どこを
目的地にしてるか調べて、現実的に問題を解決するのが一番いいんだが、
それだと何ヶ月もかかるし、その間工事が止まってしまう。

それにあっちこち掘り返さなくちゃいけないから、予算オーバーにも
なるし」 「このまま戻すってことですか」 「だから、そうすると
死人が出るかもってさっき言ったろ」 「じゃあ」 「まあ見てろ。
お前も勉強になるだろうし、この仕事をやってりゃ、これからもある
ことだからな」班長はそう言うと、腰のポケットから携帯を出して
どっかに連絡したんです。「今、何時だ?」 「11時過ぎです」
「ふうむ。じゃあ、今日中に間に合うかもな。生霊が出るのはだいたい
夜中の2時から朝にかけてだからな。このあたりが一番眠りが深い」
「さっきどこへ電話をかけたんですか} 「まあ、待ってればわかる。
もうすぐ来るから」 「誰がです?」 「神主だよ。うちが専属契約
してる神社の」 「!」こんな会話になりました。

それから工事を中断して待つこと40分くらい。黒塗りの高級車が
工事現場の近くにやってきて、中から眼鏡をかけて、神主のかっこうを
した人が出てきたんです。班長は「さっそく来ていただいてありがとう
ございます。あれを見てください」そう言って、俺が掘った穴の中の
横穴を指さしたんですよ。神主さんはのんびりした声で「ほほう、これは
生霊ですな。うーん、バブルが弾けた直後は多かったが、最近では
珍しいね。よっぽどの事情があるんだろうな」そう言って着物の袖を
たくしあげて高級腕時計を見ました。で、「ふむ、まだ時間はあるが、
この工事は急いでるんだろう?」 「はい」 「じゃあ、今夜中に
やってしまおう」神主さんは車に戻ると、一抱えもある荷物を持って
戻ってきたんですが、重そうには見えませんでした。
 
神主は俺に「あんたも手伝ってくれ」と言い、2人で竹を組んで
作った祭壇を組み立てたんです。それは3方が矢来で、一方向だけが
開いてたんです。それを生霊の通路の上に設置し、お香のようなものと
丸い鏡を横穴の端に置いたんです。鏡はガラスではなく、金属を磨いた
もののようでした。「まだまだ来ないから。長丁場になるからな。
あんたはコンビニで夜食を買ってきてくれ。ただし、修練の妨げに
なるから肉や魚が入ったのはダメだぞ」そう言われたんで、アンパンと
ブラックコーヒーを買ってきて、それをかじりながら3時間待ったんです。
やがて、神主さんは「来たぞ、来たぞ、来たぞ」と叫び、そしたら
穴の中を青白く光るものが本当に進んできたんです。それは寝間着姿の
女で、置いてある鏡の前でピタリと止まり、それ以上先には進めない

ようでした。神主さんは祝詞のようなものを唱えると、仰向け寝間着姿の
女の生霊に向かって、厳しい声で「お前は何者だ。どうしてこのような姿で
通ってくるのだ。名前と齢を言え」と問いを発したんです。生霊は
眠そうな声で、「竹村詩織・・・28歳」と答え、神主さんは続けて、
「お前がこうして出てくるのはどうしてだ」と聞き、「3年付きあっていた
男に捨てられたんです・・・ここを通してください」 「ダメだ。この

ご神鏡を見ろ。そうして鏡に映った醜い自分の姿を見るんだ。こんなことは
もうやめなさい。男なんていくらでもいる。あんたは自分自身が費やした
年月を恨んでいるだけだよ。もっといい男をつかまえて見返して
やりなさい」懐から白木でできた剣を出して生霊の胸に突き立てたんです。
俺と4人の同僚はみんな見てましたが、生霊はひときわ光を増すと、

かき消すようにいなくなったんです。神主さんは「うん、これでいいだろう。
意外にききわけのいい霊だったな。明日の朝は少し胸が痛いかもしれんが、
このお祓いのことは記憶には残ってないだろう」そう言い、班長が
「ありがとうございました。これで工事を続けられます。謝礼はさっそく
明日にでも振り込ませていただきますから」 「うむ、あの程度の
事情で生霊化するとは、よっぽどその男のことが好きだったんだろう。
しかし、歌の文句じゃないが、一度離れた心は二度と元には戻らないからな」
神主さんはそう言い、班長に向かって「じゃあ、またよろしく」と帰って
いったんです。俺は一部始終をあっけにとられて見てたんですが、あることを
思いついて班長に聞いたんです。「今のは生霊ってことでしたが、じゃあ死霊
ってのもあるんですか?」班長は少し嫌な顔をしましたが「ああ、あるよ」って
吐き捨てるように答えたんです。だから俺も、それ以上質問はしませんでした。