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ロボット開発ベンチャーのGROOVE X(グルーブエックス)が、
自社開発ロボットを初公開した。同日夜から予約受付を開始。
2019年秋から順次、出荷する。新型ロボットは「LOVOT(ラボット)」。
ロシアの民芸品「マトリョーシカ」を連想させる見た目である。

「4次元ポケットのない『ドラえもん』を作ろうとした。
大して役に立たないロボットです。人の代わりに仕事をしません。
人類のパートナー作りを目指しています」(グルーブエックスの林要代表)。
(GIZMODO)


「LOVOT」 売れるといいですね
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今回は、やや古いんですが、科学ニュースからこういうお題でいきます。
家庭用ロボットは、日本では1990年に登場し、2017年に復活した
犬型ロボット「AIBO」をはじめ、さまざまなものが発売されてきましたが、
なかなか普及しません。これは外国でも同じで、
販売不振で製造中止になってしまったものが多数あります。

なぜ、普及しないのか、原因はいろいろあります。まず、家庭用ロボットの
機能と愛玩性の2つの面から見ていきましょう。
家庭用ロボットに多数の機能を持たせる、例えば、朝起こしてくれる、
音楽をかけてくれる、コーヒーメーカーのスイッチを入れてくれる。
こういうシーンはSF映画によく出てきますよね。

家にある他の家電製品と連動させ、持ち主が音声で命令することができれば、
確かに便利は便利です。ただ、コーヒーメーカーでも、オーディオ機材でも、
さまざまなタイプが発売されていて、消費者は自分の好みに合ったものを
買います。それらをすべて連動させるのは、特許等、いろいろ難しい面があります。
また、地震等で電力が遮断されれば、すべてダウンしてしまいます。

現状では、掃除用ロボットに言葉を話させ、あといくつかの機能を追加する
程度しかできていません。それと、費用の点です。
多くの機能を持たせれば持たせるほど、値段が高額になります。
そうすると、「そんな高いものはムダだ。エアコンのスイッチくらい
自分で入れる」となってしまわないでしょうか。

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次に愛玩性の面ですが、例えば犬ロボットを、外見から行動から、
できるかぎり本物の犬に近づけたとしても、やはり犬ではありません。
生命を持ってないんですね。新型AIBOは30万円ほどするようですが、
それだと、血統書つきの犬が買えます。

まあ、犬には寿命があり、いつか死んでしまうわけですが、
AIBOはサポートが完全に終了しないかぎり、修理をくり返して
使用することができます。ただ、みなさんが飼っている犬や猫は、
量販製品ではなく、世界で一匹だけのかけがえのないもので、
だからこそ愛しいと言えるかもしれません。

ということで、家庭用ロボットがなかなか普及しない理由として、
ここまで書いたようなことが言われてるんですが、自分は、
最大の問題点は、現状、ロボットでは自身が生命体ではないので、
持ち主の孤独を解決してくれないことにあると考えています。

「AIBO」
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さて、少し話を変えて、人間には権利と義務がある、と言われますよね。
日本国憲法では基本的人権が保障されています。
では、いつかロボット(AI)にも、権利や義務が与えられるときが
来るんでしょうか? これはなかなか難しい問題です。

まず議論が進んでいるのは義務のほうです。この理由はおわかりだと
思います、自動運転ですね。2017年、EUの欧州議会法務委員会は、
倫理や安全性、セキュリティをめぐる問題を解決するため、EUとして
ロボットの使用に関するルールを定める必要があると提言しています。

これによって、ロボットは「電子的人物」としての法的地位を持つ
可能性がとりざたされました。自動運転や自動制御によるドローンが
事故を起こした場合、それが製造したメーカーの責任になるのか、
それとも所有者の責任なのか、それを明確にするための
法整備が必要ということだと思います。

 



現状ではさすがに、ロボット自身の責任は問えません。
では、将来的にロボットの責任が問えるようになるかというと、
これは、ロボットが人権のような権利を持つかどうかにかかっている
んじゃないかと思うんです。権利と義務は表裏一体の関係です。

ロボットがどの程度まで進歩すれば、個としての権利が認められるのか。
今のところ、ロボットは買った人の私有財産です。
ですから、故意のあるなしにかかわらず、壊してしまえば
弁償しなくてはなりませんし、器物破損で罪に問われることもあります。
でも、これはロボットの権利とは違います。

人権とロボ権
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ロボットが権利を持つ条件として、「感情を持ったとき」と説く人も
います。ですが、感情って難しいんですよね。定義が難しいし、
量的にも質的にも測定しにくい。それに、感情は動物だって
持ってるんじゃないでしょうか。

次に「知能」という点はどうでしょう。でも、これも人間におよばない
だけで、チンパンジーなどの動物にも知能があります。
ロボットの知能が人間と同等になったら、あるいは人間を超えたら、
ロボットに権利が与えられることになるのか、
どうもそうは思えないですよねえ。

 

フィリップ・K・デイック



「自我」あるいは「意識」のあるなし、というのはどうでしょう。
SFだと、ロボットが自我に目覚め、意識を持って人類に敵対しはじめる
という、『ターミネーター』シリーズをはじめとする怖い作品があります。
ロボットが意識を持ったときには、その権利が保障されることになるのか。

さてさて、とはいっても、ロボットが意識を持ったとしても、
やはり「人間ではない」という一点は大きいんじゃないかと思います。
ただ、遠い将来、フィリップ・K・デイック描くところの「レプリカント」
のように、生体組織などを使って、人間とロボットの境目がかぎりなく
あいまいになる時代が来るのかもしれません。では、今回はこのへんで。

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