これは自分の知り合いの救急救命医の先生から聞いた話です。
大きな都市の病院の救急救命センターって、ものすごく
大変なんですね。次から次へと人が運ばれてきて、それぞれ
症状も違う。交通事故で肺が破裂した人とか、胃潰瘍で
血を吐いている人、急性の腎臓炎とかさまざまで、軽い症状の
人もいれば、今にも死にそうな人もいる。それらを的確に
診断し、有効な治療につなげるのは本当に難しい。
医師にはたいへんなストレスがかかります。その30代後半の
医師と飲んでいまして、自分が怖い話を集めているのを
知ってたので、こんな話をしてくれたんです。ある夜に、20代の
女性が運ばれてきて、胃のあたりを押さえて苦しんでいる。

話を聞くと、何も食べてないということで、とりあえず胃カメラを
することにしたんですが、なんとか胃の中に入って、モニターを
見ていた医師も看護師も、思わず驚きの声を上げたそうです。
胃の大彎という部分の表面に赤いミミズ腫れのような盛り上がりがあり、
それが字に見える。はっきり○○○○と、女性の名前に読めたんです。
出血はほとんどなかったそうです。そんなことはありえないし、
字を書いた紙などが貼りついてるか、とも考えたんですが、
そうではない。困惑しているうち、だんだんにミミズ腫れはひき、
同時に激しい痛みも治まった。そこで、その女性に〇〇〇〇という
名前に心当りがないか聞くと、「あります」と。その女性、
なんとネットの呪い代行サイトというところで働いてて、

つい最近、その名前の女性に呪いを実施した、ということだった
んです。ふっと「呪い返し」という言葉が頭に浮かんだんですが、
この世にそんなことがあるとも思えない。しかしモニターにはっきり
残ってるわけです。女性は、これまで数十人に呪いをかけたが、
特に何も起きず、今回が始めてだということでした。
とりあえず、現在は胃は何も異常はないので、朝まで様子を見てから
家に返したそうです。その後、通院のときに外来の医師が聞いたら、
呪い代行の仕事はやめたということでした。その後、病院には
来てないそうです。また、〇〇〇〇という名前を、興味本位で
ネットで調べてみたら、とある有名な新興宗教の幹部の一人に
同姓同名の人がいたということでした。


同じく、救急救命センターの医師から聞いた話です。そこは
大きな施設で、交通事故の患者も一晩に数人運ばれてくる
ときがあります。ケガの程度はさまざまで、ひと目で出血多量と
わかる人や、完全に意識のない人、苦しみで左右に動きまわってる
人、さまさまですが、経験を積むにつれて、この患者は
助かる、助からないということが、CTやMRIを撮る前に、だんだんに
わかってくるようになったそうです。といっても、もちろん
完全ではありません。意識がある患者からは、「私、死ぬんですか」
「助かりますか」などと聞かれたりすることもあります。
また、交通事故で、事故を起こした車の同乗者を心配して、
「いっしょに乗っていた息子はどうなりましたか」などと

聞いてくる患者もいますが、そういうのにはいっさい答えないように
していたそうです。で、そのセンターの先輩に、かつて50代ベテラン
のAさんという医師がいて、その人は、患者の生存、死亡が完璧に
わかる。いつか機会をとらえて、どうしてなのか聞いてみたそうです。
そしたらA医師は、「いや、非科学的なことを言うと思うだろうが、
亡くなりっけてる人の体の上には、もうその人が出かかっている」
と言ったんです。「ええ、幽体離脱ってことですか」 「うーん、
世間ではそう言うみたいだな。だから、そういう人には思い切った
処置はしない」 「ええ、でもそれだと」 「ああ、一回こういう
ことがあったよ」 「どんな?」 「40代くらいの女性だった
けど、その人は内臓を大きくやられてて、ちょうど、

霊体が体と重なってるような状態。これなら助けられるかも
しれない。そう思って必死に治療してたんだ。そしてそれはだいぶ
上手くいってた。けど、1時間ほど過ぎたあたりで、壁を抜けて
霧のようなのが流れ込んできたんだ」 「霧?」 「ああ、
霧はその患者の体の上に溜まって、じょじょに5歳くらいの
男の子の姿になってきた。下向きに体を伸ばした」 「それは」
「ああ、別室で治療していた息子さんだが、亡くなったんだなと
思った」 「で」 「そのとき、患者の女性が少し目を開けたんだが、
男の子を見たのか、少し微笑んで、すーっと重なってた幽体が
出てきて、男の子のと混じり合って・・・そのまま亡くなった」
「いっしょに逝くことを選んだんですかね」 「それはわからんけど」


同じく救急センターの医師から聞いた話です。その先輩のA医師が
言うには、「そのときのケースは例外で、だいたいは生死は運命的に
決まってる気がするんだ。医者がこんなことを言ってはいかん
けど、亡くなる人は亡くなるし、助かる人は助かるんじゃないか。
というのは、死ぬ人の場合、待ってるものがいるときが
あるから」 「待ってるもの? 死神とかですか」 「うーん、
ちょっと違うと思う。というのはな、霊体は完全に抜けると、
天井に吸い込まれていくんだが、ときどき黒い影にとられるのが
いるみたいだ」 「黒い影?」 「そう、その霊体が天井に近づくと、
そこからともなく、それまでなかった黒い影というか、
天井のシミみたいなのが現れて近づいてきて、吸い込まれる

直前に、ぱっと霊体をくるむようにして消えてしまう」
「どうしてそんなことが起きるんでしょう」 「わからないけど、
以前に胸を撃たれた、ある暴力団の幹部が運ばれてきたんだが、
大血管を損傷してて助からなかった。で、その人が亡くなったとき、
黒い影みたいなのが争うようにいくつも出てきて、一番先に
近づいたのが、ぱっと霊体を持っていってしまった。いやあ、
本当にわからんけど、地獄みたいなとこに持っていったんじゃ
ないかと。とにかく、他の医師には見えず、俺だけみたいなんで
だんだんに嫌になってきて、今はホスピスで働いてるんだが、ホスピス
だと霊体は見えないんだよ。どうしてかわからんが。患者さんに覚悟が
できてるからかもしれないが、ほとんど見ないよ」というA医師の話。


「じゃあ先生は、幽体離脱は見たことがない」 「うん、まったく
ないよ、けど、A先輩がそんな嘘をつくとも思えないし」
「気になったんですけど、霊体は天井に吸い込まれていくって
ことでしたよね」 「うん」 「ふつうは救命センターって
1階か地下ですよね。そこから抜け出してった霊はどうなるんで 
しょうね」 「うーん、あ、こういうことが最近あった」 「どんな」
「急性カフェイン中毒の患者が運ばれてきてね」 「カフェインですか」
「うん、増えてるんだよ。お茶やコーヒーじゃなく、外国の
エナジードリンクが多い」 「ああ」 「あれをサウナ上がり
とかに2、3本飲むとかして意識を失う」 「どう治療するんです」 
「胃に残ってれば洗浄するし、あとは利尿剤を点滴したり、

生理食塩水を点滴して、血液中のカフェイン濃度をとにかく下げる」 
「ははあ」 「統計では、日本でこの5年間で100人が救急搬送され、
3人亡くなってる。これを多いと思うかどうか」 「うーん」
「で、こないだ運ばれてきたのは20代の格闘家の人で、体力があるから
助かるだろうと思ったんだけど、だめだったんだ。意識が最後まで
戻らず心臓がやられた」 「はああ」 「さっき言ったように
霊体は私は見えないんだけど、病院で噂が流れはじめたんだよ」
「どんな」 「2階の外来点滴センターの待ち合いのイスに、その
格闘家が座ってるって」 「外来点滴センターって抗がん剤を
うつとこですよね」 「ああ、その格闘家はがんとは関係ないし、
そこ、救命センターの真上なんだよ、やっぱ幽霊なのかねえ」 

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