パン工場に勤めてます。で、アパート暮らしをしてたんです。昔風の下宿屋

みたいなとこ、建物の中に廊下がある。そこに移って2ヶ月目です。家賃が

極端に安かったんですよ。ああいえ、風呂、トイレは部屋についてます。前に

住んでた先輩の紹介で入ったんです。一部屋ですから住人はすべて独身者ですよ。

男ばっかりで、俺と同じような工員が多かったですね。でね、おかしなことが

あったんです。片腕・・・左手のない人が10部屋で4人いたんです。

全員肘から先で切断されてて、普段は義手をつけてました。
そのうち2人には腕をなくした原因も聞かされてます。
どちらも骨にできた腫瘍のためということでした。

2人とも機械工でしたので、職場での事故じゃなく、というところが

ちょっと意外に思いました。でも、そんなに気にしてたわけじゃないんです。


2週間前ですね。その日は工場のシフトで夜勤明けだったんです。
部屋に帰ったのが朝の7時過ぎですね。飯は会社の食堂で食ってきたんで、

風呂に入って寝ようと思いました。家賃なりのせまい汚い風呂で、

湯船に漬かってたら隅のほうで何かがピョンと跳ねました。

あれでした・・・あの俗に便所コオロギって言われてるやつ。
カマドウマってのが正式な名前らしいですね。
「うわ、気持ち悪い」と思いました。あれ苦手なんですよ。

スゴいジャンプ力があるでしょ。1回で大きく跳ねるから、

湯船に落ちてきたらもう入ってられません。

だから、お湯をかけて弱らせて排水溝に流してやろうと思ったんです。
うまい具合に排水溝のほうに近寄ってきたので、洗面器にお湯を汲んで・・・

そしたら俺が何もしてないのに、排水溝のフタがポンと飛び上がったんです。
「ん、何だ?」と思ったら、ずずっと、中から筒みたいなものが出てきたんです。
太さは排水溝と同じ、直径5cmくらいで、挽肉の色と質感をした筒です。
赤、ピンク、骨っぽい白が細かく混ざってて、挽肉よりぬらぬらしてました。
表面が粘液にまみれてたんです。それと、先に目玉がついてました。
それがね、本当の目玉っていうか、生き物の目玉らしくなかったんです。
どういうことかって? ピンポン球みたいなプラスチック感がありました。
それと瞳の部分も描いたものみたいでしたよ。

目玉は挽き肉の上でくるんくるんと回るように動いて、あたりの様子を

うかがってるみたいでした。で、カマドウマのほうに瞳を向けると、

肉の筒からチューブほどの太さの触手?がのびていきました。

それがほら、あの挽肉機から出てくるやつの一本にそっくりでした。
肉のヒモとでも言えばいいんでしょうか。

にょろにょろとくねりながら下におりていって、カマドウマの横腹に

ぴとっとくっついたんです。それからはあっという間でした。

ゴムが縮むみたいにてカマドウマを筒に引き寄せました。

それから・・・先端の目がね、半回転して俺のほうを見たんですよ。
目が合ってしまいました。俺は湯船に立ち上がって、壁まで下がりました。

プラスチックの目は、数秒俺のほうを見てましたが、ゆっくりゆっくりと

筒全体が排水溝の中に引っ込んでいきました。そんときちらっと

見えたんですが、カマドウマは挽肉の中にめり込んで頭だけ出てました。

あの長い触覚の片方が小刻みに動いてて、思い出してもぞっとしますよ。
 

そいつが消えて、ややしばらくしてから排水溝を立った状態でのぞき込んで

見ましたが、真っ暗な穴があるだけでしたよ。

もう気味悪くて風呂に入ってられなかったです。それで飛び出して、
曇りガラスの戸を閉めました。あの変なものが出てこないように洗濯機をずらして

戸の前に置き、それからサウナに行ったんです。でね、サウナの休憩室で

休んでいると、風呂場でのことが本当にあったとは思えなくなってきました。

あんなものが実際にいるわけはないって。俺の仕事は

ベルトコンベアの前での流れ作業で、しかも12時間勤務でしたから、

幻覚を見たんじゃないかと考えたんです。
休憩室で寝てしまって、目が覚めると仕事にいかなくちゃならない時間でした。
でね、部屋に戻って着替えだけして出かけたんです。

そのとき風呂の戸をちらっと見ましたが、特に異常はなかったですよ。
それから・・・部屋には戻ったんですが、風呂に入れなくなってしまいました。

排水溝からあの変なものが出てくるんじゃないかと思うと気になって

しょうがない。でね、毎回サウナというわけにもいきませんから、

少し離れた銭湯に行くことにしたんです。ああもちろん、引っ越しも考えましたよ。
気味が悪いし、ワンコインの銭湯でもよけいな出費ですから。
でも、これだけ家賃が安いところも他にはないだろうな・・・とも思ったんです。
でね、その銭湯でアパートの住人に会ったんです。

最初のほうで話した片腕がない1人です。入っていくと、

銭湯の大きな浴槽の中にいまして、俺に気づいて、ないほうの片手を

あげたんです。切断された肘の先には銀色の金属がついてました。


湯船の中でこう聞かれました。「なんだ、部屋の風呂故障したのか?」って。

それで肉の筒の話をしたんです。そしたら「いよいよ来たか」

ぽつんと言ったんですよ。「来たって、何がです?」

「・・・いやいや。それにしても気味が悪い話だな。
でもあのアパートの風呂や便所だとホント何がいるかわからん。
俺もな、汚いのが嫌でこうして銭湯に来ているんだ。毎日じゃないけどな」
「そういうの見たことがありますか?」
「ないない、カマドウマはともかく、さすがにそんなもんはいないだろ。
やっぱり疲れて幻覚を見たんじゃないか」
こんなやりとりをしました。
その後、俺のほうが遅れて出て、部屋に戻ったんです。
 

電気をつけて「やっぱり幻覚なんだろうな」そう思って風呂の戸のほうを

見ました。そしたら、曇りガラスに肉色のものが映ってました。

ガラス越しではっきりしませんでしたが、あの挽肉チューブだったと思います。
かなりの長さに伸びてたはずです。塞いでた洗濯機より高さがありましたから。
うねうねと動いているのがわかりました。
「ぶしゃっ」という音がしました。先端がガラスにあたったんです。
ガラスの向こう側の面にピンク色の肉切れのようなのが散りました。

そこまで見て部屋から逃げだしました。建物を出て駆け込んだのは

大家さんの家です。アパートのすぐ裏に自宅があるんですよ。

大家さんは在宅していて、すぐ中にいれてくれました。
小柄な、70歳前後くらいの老人です。

応接間に通され、ソファで今までのことをまくしたてたんですよ。

大家さんは相づちもなく、表情を変えずに聞いていましたが、俺が話し終えると、

「それはマコちゃんだ。悪いものじゃあないよ」って言ったんです。

ぽかんとしていると、立ち上がって部屋の奥に進み俺を手招きしました。

行ってみるとそ、そこには1mを超える大きな水槽があって、布のカバーが

掛けられていました。大家さんはカバーを外し、水槽の照明をつけました。

水はきれいに澄んでて、中には砂も敷かれてなく、中央に人形が置かれてました。
40cmくらいの男の子が座った形の人形です。樹脂製だと思いました。
茶色い髪が水の中でゆらめいていました。
上半身は裸で赤い半ズボンをはいてましたが、左腕がなかったんです。
「・・・これは何ですか?」

「だからマコちゃんだよ。あんたにもそのうち紹介しようと思ってたんだが、
もうマコちゃんのほうからあいさつに行ったんだな。賢い子だよ。
あのアパートのマスコットみたいなもんだ」
そう言って大家さんは水槽のガラスを、トントンと2回叩いたんです。

そしたら・・・マコちゃんの片目がぼこっと飛び出しました。にゅにゅにゅと、

目玉をつけたまま中から肉の筒が出てきたんです。風呂場で見たのと同じでした。

片目のところからだけじゃなく、ないほうの左手の付け根からも

挽肉色の筒が伸びて、水槽の中に渦巻くように伸びていきました。

「ちょっとイタズラだけど悪いものじゃない。かわいいだろう。さあマコちゃん、

ごあいさつ」大家さんが言い、肉の筒は蛇のようにくねりながら、先端の目玉を

水槽のガラスの前面につけ、クイクイとお辞儀するように動いたんです・・・