アメリカにいたんですよ、3年前まで。最初は留学の学生ビザで・・・
でね、それが切れた後もね、いろいろ事情があって日本に戻りたくなくて、
不法滞在してました。でね、日本人が経営してる古着屋で働いてたんです。
そこの店長がコネ使ってワーキングビザも取ってくれました。
場所は西海岸で、サーフインで有名なとこです。店の名前は、そうだなあ、
「パロット古着店」ってことにしといてください。もちろん違う英語名

なんだけど、その店まだあるし、それにパロットって語は入ってますから。
そうそう、パロットは parrot で、オウムって意味です。
カウンター奥にでかい鳥籠を吊るして、極彩色のオウム飼ってましたから。
そいつの名前はキューちゃんでした。いや、九官鳥じゃなくてオウムなんだけど、
キューちゃん。店長がつけたんです。100語以上しゃべれましたよ。

店長はね、国籍は日本だけどグリーンカード持ってました。
50年配で、日本で暮らしてた期間より向こうの生活のほうが長いでしょう。
海千山千の人で、現地でも一目置かれてました。
ああ、オウムね。オウムの寿命って知ってますか?
種類によるんだけど、キューちゃんは大型でね、まあ100年以上。

ね、驚くでしょ。犬猫の比じゃないんですよ。店長はよく、

「こいつのが俺より長生きする。俺が死んだらこいつ引き取ってくれるか」

って言ってました。うんまあ、店のマスコットってことなんですが、
そこで扱ってる古着はマリーン系のものが多かったんです。
ほら、海賊映画で船長が肩にオウムのせてるシーンとかあるでしょ。
ああいうイメージをつくるのにも一役買ってたんだと思います。

でね、このキューちゃん。単なるペットじゃなく、すごく役に立ったんです。
それ、今から話しますよ。俺が雇われて最初のうちは、
買取の相場とかわからなかったんで、商品に値札つけしたりポップ

こさえたり、あとは売り場の整理整頓とキューちゃんの世話。
それとね、ネットオークションへの出品もやってました。
ええ、店とイメージが合わなかったりする買取品はそこに出すんです。
だからお客さんが持ってきただいたいのものは買い取ってました。
でね、一日の終り頃ですね。その日買い取った品を一枚一枚、

キューちゃんの籠の前で広げて見せるんです。すると、キューちゃんは

平然としていたり、ちょっと小首をかしげたりするんですが、

ある種の服を見せると、大声で「cursed. cursed」って叫んだんです

ええそう、「呪われてる、祟られてる」って意味ですね。

ほら古着にかぎらずだけど、古物ってのは、持ち主の念がこもってる

って言うじゃないですか。だから、中にはヤバイ品もあるわけです。

そういうのを見分けるのがキューちゃんの仕事で、見つけたら買取代金に

ちょっと上乗せして、その日のうちオークションに出すんです。

たいがいすぐに売れましたけどね。それでも売れ残った場合は、同業者に

回してやる。なかなかね、アメリカでも古着屋って長続きしないんです。

それだけ難しい商売ってことですが、その難しいって中には、
いわくのある品をつかませられる場合もあるってことなんでしょうね。
え? キューちゃんはどうやってそんな能力を身につけたかって。
そうそう、俺も気になって、店長に聞いてみたことがあるんです。

けど、詳しいことは教えてもられませんでした。
ただ「こいつは、俺なんかよりずっと修羅場をくぐってて、
 人の生き死にもたくさん見てるから」これだけでしたね。
何らかの事情があるんだろうと思って、俺もそれ以上は聞きませんでした。
キューちゃんはね、店に人が来ても愛想悪いんですよ。
ほとんど話とかしないでそっぽ向いてる場合が多かったです。
だけどね、1回だけこんなことがありました。

店にね、40代くらいの男が入ってきまして。そこらでは珍しい

メキシコ系ってすぐわかりました。顔がロドリゲスだったんです。

ああ、あの、ロドリゲスってのは特定の人物じゃなく、西部劇で出てくる

メキシコ人の悪役に多い名前です。口ひげの悪そうな顔つきのね。


でね、その男が入ってくるなり、ふだん大人しいキューちゃんが騒ぎ出した

んです。「プリーズ ドンキ ウエアアアアー、グエアアアアアー」って。
その声を聞くと、男は血相を変えて店外に出ようとしたんですが、
店長が追いかけて行って、店外で男の持ってきたコートを買い取ったんです。
相当に安値だったはずです。ピーコート風のマリーンの軍用コートでした。
でね、それカウンターに置いてある間中、キューちゃんが騒ぎまくってて。
おそらくねえ、キューちゃんはこう言おうとしたんだと思いますよ。
「 Please don't kill me 」って。それ、みなまで言わないうちに悲鳴が

かぶさって。案の定、そのコート調べてみたら巧妙に繕ってありましたね。
腹部に入る銃槍ですよ。背中に抜けてなかったから、着てたやつは、
腹の中ぐちゃぐちゃになって死んだんじゃないかな。ま、わかんないですけど。

もちろん即攻でネットオークションです。限定品だったらしく、
かなり高値で売れました。ま、こんな感じの商売をやってたわけです。
買ったやつはどうなるのかって? いや、そんなことわかりません。
でね、3年前、親父が死にましてね。それで俺、日本に戻ってきたんです。
母親はとうに死んでましたし、兄貴以外に係累はなしです。
相続は、親父が住んでた家と土地を売っぱらって、兄貴と分けたんです。
家はたぶん解体するしかないんだろうけど、土地が都内に近いいい場所で、

けっこうな値段で売れました。それで、俺はその金を元手に商売を

やろうと思ったんです。ええそう、俺には古着屋の経験しかないですから・・・

でもね、古着一本てのも自信がなかったんで、いわゆる古銭や金券、

時計や宝石も扱う、リサイクルショップを始めようと思ったわけです。


でね、古物商の鑑札をとりまして、店は賃貸で在庫を集めて。
うん、このことを「パロット古着店」の店長にも連絡したんですけど、
あんまり喜んではくれませんでした。「前途多難」って言われましたよ。それでも、
アメリカから向こう物の古着を輸入できるルートを紹介してもらったんです。
「祟られてるもんは勘弁してください」って冗談半分で言ったら、
「お前にはそんなことはしない」って。あとね、これはぜひとも、
オウム飼いたかったんです。キューちゃんみたいな特殊能力はなくてもね、
アメリカの本店から暖簾分けしてもらったような気分が出るじゃないですか。
でね、ペット屋から大型のオウムを買ったんです。
キューちゃんと同じ種類のは日本では売ってなくて、それよりちょっと小型の。
前は海外・・・中東のほうで飼われてたらしいです。

生後20年くらいって言ってましたから、まだまだ生きるはずだったんです。
日本語はほとんどしゃべれないってことだったけど、

少しずつ教えていこうと思ってました。名前はキューちゃん2(ツー)

ってつけたんです。店のほうはなんとか開店に漕ぎつけて、

カウンターの奥にキューちゃん2の籠を吊るしたときには、なんとも言えない

満足感があったんですが・・・ ええ、店はもうつぶれちゃいました。

最初はね、そこそこ順調に売上も推移してたんですけど。
3ヶ月くらいしてからですね。品のいいばあさんが和服を数枚持ってきたんです。
俺は和服の目利きなんてできないですからね、断ろうと思ったんですが、
いくらでもいいって言われたんで。でね、ばあさんが風呂敷を開いたとたん、
キューちゃん2が叫び始めたんです。

「ヒイイイイイ コロサナイデ コロサナイデ」って女の声で。
日本語まだぜんぜんしゃべれないはずなのにです。
キューちゃん2が止まり木から転げ落ちたんで、そっちに気を取られてる間に、
ばあさんは金も受け取らず、着物を置いて消えてました。
でね、キューちゃん2は手当の甲斐もなくなく死んじゃいまして、
そっから店のほうも坂を転げるように業績が悪化して・・・
その着物はすぐに廃棄に出したんですけどねえ。
店はたたんじゃって、何をやってもうまく行かず今に至るわけです。
ああ、アメリカの店長にそのことを話したら、「ほらみろ、この商売は難しいんだ。
アメリカに戻るんならいつでも雇ってやるぞ」こう言ってくれたんですが、

俺、不法滞在歴があるし、入国管理厳しくなってビザが下りるもんかどうか・・・