※ 骨董屋シリーズです。

 

ああ、どうも、またまた来てしまいました。引退した骨董屋です。
今回は、私が経験した古物に関するエピソードの中から、
ある西洋アンティークの鏡の話をしようと思いまして。
ええ、ちょっとした話ならいくらでもあるんですよ。
でね、今になって考えると、古物の種類によって似たような不思議が
起きることが多いんです。人形、皿や壺、武具、掛け軸などの飾り物、
ガラス器、タバコの根付、仏像・・・不思議といえば不思議だし、
あたり前のこととも思えます。属性と言えばいいんでしょうか。
あまり難しいことはわかりませんが、その古物の用途によって、
凝る気に片寄りが出てくるんでしょうね。鏡なんかは特に、
女性の方は毎日見るでしょうから、何らかの念がこもりやすい。

江戸時代までは、金属製の鏡がほとんどだったのはご存知でしょう。
大量生産されてましたから、出回るのは質の良くないものが多いんです。
ガラスの鏡もあることはありましたが、小さいものばかりですし、
ゆがみもひどい。これは、日本では大きな板ガラスが作れなかったためです。
大型の姿見が出回るようになるのは、明治以降のことですね。
ああ、うんちくはこれくらいにして、本題に入ります。
私には一人弟がいて、私のようなヤクザな商売にはつかず、
当時の国鉄に採用されて駅長までやったんです。それで、娘が2人いまして、
私からみれば姪っ子です。その妹のほうが、まだ独身で
会社勤めをしていた頃の話です。はい、そのときには私はもう
引退しておりましたが、相談事があると言って家に来たんです。

なんでも、アンティークの鏡を家具屋で買ったが、それから精神状態が
おかしくなったということでした。ここからは姪との会話です。
「どういうことなのか詳しく話してみて」
「はい、伯父さん。西洋アンティークの家具屋で、イタリア製という
姿見を買ったんです」 「大きさはどのくらい?」
「そうですね、台座もふくめて私の背よりも高いです。
180cmあるかもしれません」 「それは大きいね、で、店の人は
どう説明してたの?」 「イタリア製、1910年代の製品。
台座はオーク材で手彫りの装飾。鏡面に曇りやゆがみはほとんどなし」
「へえ、そりゃいい出物だ、値段はいくら?」
「7万円でした」 「え、安い、値段については何か言ってた?」

「はい、すごく良いものなのにこの値段なのは、使い勝手がよくないからだって」
「どういうこと?」 「ほら、ふつう姿見って見る角度を変えられるよう
動くじゃないですか。それが固定されたままで動かなかったんです」
「ほう」 「でも、すごく気に入っちゃって、どうしても欲しくて
しかたなくなったんです。動かないけど、正面に立って見るぶんには
問題ないし、値段も、私のお給料でなんとか買える額だし」
「ああ、物と人の出会いってのはあるもんだよ。ひと目見て魅入られたように
なってしまって、どうしても手に入れたくなる」
「ああ、そうです。そんな気持ちでした。それで、貯金をおろして
現金で支払い、家具屋さんに部屋まで運んでもらったんです」
「よほど気に入ったようだね」 「はい、すごく・・・自分がよく見えるんです」

「ははあ」 「すらりとスタイルがよく、顔も細面で、何を着ても似合いそうな
まるでモデルみたいに」 「それはおそらく、わざと曲率をゆがめてつくって
あるんだろうね。ほら、お化け屋敷に入れば、伸び縮みして見える
鏡があるじゃない。あそこまで極端でなくても、縦長に映って見える」
「ああ、やっぱりそうですよね」 「まあ、お前はもとからスタイルはいいと
思うけど。専門的なことを言うと、ガラスがかまぼこ型に盛り上がってるんだ。
だから手足の先端にいくにしたがって細長く見える。でも、ちょっとさわった
くらいじゃわからんよ」「それで、鏡に何か変なことが起こったわけじゃなく、
その鏡が来たことによって、私が変わっちゃったんです」
「どういうことだい?」 「まず、すごく服装にお金を使うようになりました。
店先やカタログで、いいなっていう服を見つけると、

これを着て鏡に映してみたらどう見えるんだろう、って考えちゃって」
「で」 「とにかく買いまくっちゃったんです。後先考えず高価なブランド品を」
「ははあ」 「私はまだ入社2年目で、お給料も少ないんだけど、
そのほとんどを服やバッグにつぎこんで」 「それで痩せてるんだな」
「はい、部屋代と光熱費は決まってて、削れるのは食費だけだったので」
「それで」 「でも、お腹がすいたとも思いませんでした。買った服を着て
鏡に映してみると、雑誌から抜け出したみたいに見えたんです」
「まさか借金とかした?」 「いえ、そこまでは。でも、あのままだったら
きっとそうなってたと思います」 「うーん」
「それから、つき合ってた人がいたんですけど、その鏡が来てから
別れてしまいました」 「それはどうして?」

「うまく言えないんですけど、この人は私にふさわしい人じゃないって
思えてきて。今考えれば、とんでもないことでした」
「今も別れたまま?」 「・・・すごく後悔しています。でも当時は、
とにかく彼の欠点ばかりが目について、一つ一つのしぐさや癖、
それが何もかも鼻について嫌でした。それと、不思議なことがあったんです」
「ほう、どんな?」 「私と彼とがその鏡に並んで映ったことがあるんです。
もちろん縦長ですから、2人の全身は入らないんですが。
彼が小さく見えたんです。背が低く太った感じに。それを見て、
ますます、ああこの人と私は似合わないって思って、
私のほうから別れを切り出したんです」 「うーん、それで」
「あと、会社での私の立場も悪くなりました」 「どうして?」

「すごく態度が高慢になってしまったんです。私がこんなコピー取りや
お茶くみなんかしてるのはありえない、もっともっと活躍できる、
私にふさわしい場が他にあるだろうって思って、それが態度に出て」
「それだと、イジメられるだろう」 「はい、イジメられるというか、
ある昼休みに、女子社員の何人かから呼び出されて、いろいろキツイことを
言われました。それと、上司からも一人別室に呼ばれて叱責されたり」
「で」 「こんな会社、辞めてやろうって考えてた矢先のことです。
その夜も、姿見の前で、買ったばかりの新しい服を身に着けてあれこれ
ポーズをとっていました。何時間でも見てられるし、陶然とした
気持ちになってくるんです」 「で」 「そのとき、ドアのチャイムが鳴って、
無視しようかとも思いましたが、出てみたんです。
 
別れた彼でした。私は、ドアチェーンをかけたまま、あなたにもう用事は
ないから帰ってって言いました。すぐ鏡の前に戻りたくて。
そしたら、彼は何も言わず、細く開いたドアのすき間の上のほうから、
中に金属の工具を投げ込んだんです。バールって言うんでしょうか、
細長いやつ。それは横を向いていた鏡の縁にあたり、せまい部屋ですから
壁にはね返って、鏡面を割りました。そのときに、拍手の音がしたんです」
「拍手?」 「はい、劇場かどこかで、大勢の人がするような拍手の音」
「うーん、それで」 「その瞬間、憑きものが落ちた感じがしました。
あれ、私、何をやってるんだろうって」 「なるほど、だいたいわかった。
伯父さんは西洋物は詳しくないが、これから行ってその鏡を見てみよう」
でね、まだ鏡はそのままにしてあるからということで、

いっしょに姪の部屋に行ったんです。いや、ひと間の部屋の中は服や靴、
バッグ類とその箱であふれてました。あと、カップ麺の容器がキッチンに
積み重なって。鏡は八方にヒビが入ってましたね。ひと目でいいものだということは
わかりました。ただ、装飾が不気味で、鏡の周囲をとりまいた蔦の深彫りが、
まるでネズミか何かの頭蓋骨を並べたように見えたんです。
持っていった軍手をはめて、鏡の破片を一つずつ慎重に剥がし、
段ボール箱に入れていきました。裏板があらわになったので、さらに調べると、
二重になってるように思えました。それで車から道具を持ってきて、
上板をはずしてみたんです。端が糊づけされているようで、作業は困難でした。
下の板に何かが貼られているのはすぐにわかりましたよ。
それを傷つけないように慎重に外して、何が出てきたと思います?

古いモノクロの写真が9枚、縦にならべて貼られてたんです。どれも
一人の外国人女性、おそらくイタリア人でしょう、を写したものでした。
1枚目はその女性が4歳ほどで、大きなお屋敷の庭で遊んでいる姿。
2枚目は10歳くらいで、広間でピアノを弾いてました。3枚目は15歳くらい
ですか、私立学校の寄宿舎らしき場所で撮ったもの。
4枚目はその女性が舞台に立っているところで、女優になったんでしょうか。
あとで調べてみましたがよくわかりませんでした。次も舞台で踊っているもの。
6枚目はその女性の結婚式で、結婚が遅かったんでしょう。
30歳を過ぎているように見えました。それと、場所は教会でしたが、
神父さんの姿だけが切り抜かれてました。7枚目は3人の子どもに囲まれている姿。
8枚目、女性はまだ40代に見える姿で棺に入れられていたんです。

どの写真も黄ばんで、縁はぶさぶさになってましたね。ですから、

撮られてかなりの年月がたってから、鏡の中に収められたんだと思います。
・・・最後の一枚についてはあまり話したくないです・・・ 時刻は夕方でしょうか、
その女性の遺体が暗い森の中の土の上に放置され、数匹の野犬が顔や手を
齧っている・・・そんな写真がなぜ撮られたのか、特に最後の一枚を撮ったのは
誰なのか、何もわかりません。その鏡はどうしたかって? 私の手に負えるものでは
ないことは理解できたので、ローマ法王庁に事情をしたためた手紙を出しました。
そしたら、すぐに送ってほしいという返信が来て、ガラスの破片ともども
船便で送ったんです。はい、向こうで処理されたんでしょう。感謝されましたよ。
話はだいたいこれで終わりです。姪には、その青年と仲直りするように言いまして、

姪もそのつもりでした。結局、2人は結婚して今にいたるんです。