じやあ話をしていきます。Fラン大学を卒業したもののの就職がなくて、
ペットショップでバイトしてたんです。2年間勤めたんで、
生き物のことにはだいぶくわしくなりましたよ。
いや、大型店じゃなく、個人の店です。中心は熱帯魚で、
その他に小鳥やハムスターなんかの小動物も扱ってました。犬猫はやって

なかったんです。それだと、店のスペースを広くしなきゃならないし、
バイトも一人じゃ無理ですからね。オーナーにはだいぶ気に入られまして、
店を継がないかっても言われたんです。60代のオーナー夫妻には、子どもは

いたんですが、サラリーマンになって、ショップを継ぐ気はなかったんですね。
これ、ありがたい話だし、当時は、けっこう気持ちが揺れたんですけど、
最終的には断らせていただきました。今は、食品関連会社に勤めてます。

で、そのペットショップにいたときの話です。商品の動物が死ぬことがあって。
まあ、熱帯魚は死にますよ。入荷の状態が悪かったり、
店の水槽の水と合わなかったりして、特に海水魚はかなりの割合で落ちます。
ああ、業界では、死ぬことを「落ちる」って言うんです。
僕が言ってるのは、それ以外の小動物です。ハムスターが多かったけど、
小鳥なんかも。いやまあ、弱い動物ですから、死ぬのは不思議はないんですが、
それが、毎月、同じ日に死ぬってのは変でしょう。
27日だったんです。店を7時に閉めて、後かたずけをしたり、
伝票の整理したりして、だいたい8時頃に帰るんですが、
翌朝、店にいくと小動物が死んでる。
ケージや鳥かごの中で、くったりと倒れてるんですよ。

温度管理その他には特に落ち度はないと思ったし、最初は寿命だと考えたんです。
ええ、ずっと気がつかなかったんです。毎月、同じ日に死んでるってことを。
「あれ?」と思ったのは、勤めて1年ぐらいしてからですね。
何がきっかけだったか忘れましたが、死体を片づけながら、
「そう言えばこの間、ハムスターが死んでたのも27日だったよなあ」
って思いあたったんです。でも、そのときも偶然だろうって考えました。
けど、翌月の27日、発見したのは28日の朝でしたけど、
ピグミーヘッジホッグっていう、ハリネズミの一種が死んでまして。
不思議だなあって思ったんです。で、オーナーは午後に1時間くらい、
店に顔を出すだけなんですが、その日来たときに話をしてみました。
「あの、昨日ハリネズミが死んじゃったんですけど、27日なんですよね」って。

オーナーは、僕が何を言ってるのかわからないみたいでしたので、
これまでのことを説明しました。「うーん」とオーナーは少し考え込んでから、
「たまたまじゃないかな、君はいつもよくやってくれてるよ」って言ったんです。
そのときはそれで終わりました。けど、翌月の27日にも小鳥が1羽死んだんです。
これは絶対に偶然じゃない、って思いました。それで、翌月、
27日に「店に泊まりこんでもいいですか」って、オーナーに許可を求めたんです。
「また同じ日だし、気になってしかたないんで、バイト料はいりませんから、
夜の間、店にいさせてください」 そしたらオーナーは、
「物好きだなあ」って顔をして、「いや、気になるんならかまわないけど。
ごくろうさんだね」って言って。で、そのときは11月だったんですが、
店の中は、熱帯魚のために、ずっと26度にエアコンを設定してるので、

寒いことはないんです。夜食を買い込んで、店の奥のソファに陣取って、
イアホンでラジオを聞きながら、朝まで起きてるつもりでした。
今になって考えれば、たしかに、物好きなことをしたなあって思いますよ。
店の照明は消しました。動物たちも寝ますからね。
でも、あちこちの電気系の確認ランプや非常灯の明かりで、
店の中はうすぼんやり明るかったです。で、1時間ごとに懐中電灯を持って
見回りました。せまい店ですけど、ハムスターなんかはおがくずに埋まって
眠ってますから。生きてるかどうか見分けるのに時間はかかりました。
で、9時、10時、11時と、特に何もなし。
そのうちにだんだん眠くなってきまして、ソファでうとうとしかけたんです。
そしたら、なんか低い、うなるような音が聞こえてきたんです。

そうですねえ、電気モーターみたいな音です。もちろん店の中は、
熱帯魚のエアレーションとか、いろんな音がしてますけど、
それらとは違う耳慣れない音です。立ち上がって耳を澄ますと、
小動物のケージのあるほうから聞こえてくる気がしました。
それで、懐中電灯をつけて行ってみたんです。すると、近づくにつれて、
それ、モーター音じゃなくて、なんかの歌だってわかったんです。
ええ、歌詞も少しは聞き取れました。「これはこの世のことならず
死出の山路のすそ野なる さいの河原の物語 聞くにつけても哀れなり・・・」
もちろん、これが全部わかったわけじゃないです。
後になってネットで調べて、あのときの歌はこれだったんだって気がついて。
「地蔵和讃」ってやつですよね。地獄のことをうたってるっていう。

しわがれた声で、うたってるのが男か女かもわかりませんでしたが、
年寄りの声だとは思いました。それが、積んであるケージの一つから聞こえるんで、
懐中電灯を向けてみました。そしたら・・・ケージの中に変な生き物がいたんです。
ハムスターよりふたまわりほど大きく、ハゲた頭にザンバラ髪が残ってて、
体は裸であばら骨が浮き出し、お腹だけがぽっこりと出ている・・・
そいつがケージの中で、仰向けのハムスターに馬乗りになって、
小さい両手で首を絞めてたんです。そいつは、急にあたった光に驚いた様子で、
僕のほうも懐中電灯を下に落としちゃったんです。
あわてて拾い上げ、もう一度照らすと、そいつは僕を憎々しい目でにらんで、
「当夜は命をもらいうける日ぞ」って言ったんです。もちろん、これも後になって、
あのときの言葉はこうだったんだろうな、って考えたんですけど。

その口調を聞いてカッとしたんです。胸ポケットにボールペンを挿してたんで、
それをケージにさし入れて、思いっきりそいつの青白い背中を突きました。
するとそいつは、ハムスターの首を絞めてた手を離して、
「約束をたがえるのか」って。僕は、ボールペンが届かなくなるギリギリのとこまで
押し込んで、そいつは「ぐええ、仲間が・・・」と言って、僕をにらみつけ、
目がぐるんと白目に裏返って、消えたんです。
店の照明をつけました。ケージの中には、ハムスターが死んでるだけで、
そいつの姿はあとかたもなくなって、血みたいなのも落ちてなかったです。
これ以降、朝までおかしなことはありませんでした。
翌日、徹夜明けでしたが、出てきたオーナーにそのことを話しました。
オーナーは当惑したように僕の言うことを聞いてたんですが、

「うーん、それはもしかしたら・・・」って言ったんです。でも、それだけでした。
今になってみれば、あのとき、もっとくわしく聞いておけばって思いますよ。
この後も、1年ほどバイトは続けましたが、27日に動物が死ぬってことは
なくなりました。だから、あれはあれでよかったんじゃないかって
思ってたんですが・・・ それから、今の会社に正社員で就職してバイトは辞め、
2年後に同僚の女性と結婚したんです。で、先月、男の子が産まれまして、
子どもは妻が育児休暇をとってみています。
それで、ペットショップであったことはすっかり忘れてたんですが、
今月のことです。妻がおかしなことを言い出しまして。
「夜中に赤ちゃんの様子を見にいったら、生き物がベビーベッドの中にいた。
ネズミだと大変、と思って走り寄ったら、

小さい腹の出た気持ちの悪い生き物が、赤ちゃんの脇から跳び上がって
ベッドの下に落ち、床を走って部屋の隅で消えた」って。
で、僕もすぐ赤んぼうを見にいきました。部屋の中も調べたんですが、おかしなと

ころはないし、そいつが消えたっていう部屋の隅にも穴なんてなかったんです。
で、妻から詳しく話を聞いてるうちに、昔の、あのペットショップであったことを
思い出して。ええ、その変な生き物の姿かたちが、ハムスターの首を絞めてたやつと
そっくりに思えたんです。それで、翌日です。赤んぼうのほっぺたに、小さく赤く、

爪で引っかいたような跡が浮き出してて、それが「廿七」って読めたんです。
これ、「二十七」ってことですよね。気になってしかたないんで、
ペットショップのオーナーのとこに、しばらくぶりで電話したんです。そしたら、
2人とも、僕がショップを辞めた年に同時に事故で亡くなってて・・・