今日はこのお題です。櫛は男性も使うでしょうが、
どっちかというと女性のイメージが強い日用品です。
今は男性でポマードで髪を固める人が少ないせいもあるでしょうね。
自分はパーマをかけていてブラシ派で、櫛を持ち歩いたりはしてません。

櫛の語源については諸説あるのですが、
櫛と串が同じというのは確かでしょう。どちらも尖端が尖った棒です。
古来、そういうものには霊力があると信じられていたようです。
神道で用いる玉串なんかがそうですよね。



「奇し くし(不思議だ)」という言葉とも通じますが、
先にこちらの意味があったかどうかはよくわかりません。しかし、
不思議な呪力を持つものと考えられていたのは
間違いのないところです。

前に取り上げた箒は、考古学的には古墳時代まで出土は
ありませんでしたが、櫛は縄文時代にはすでに存在していました。
まあ、縄文人の髪は長く、リンスや整髪料もなかったでしょうから、
現代人よりも必要な物だったかもしれません。

さまざまな形状のものがあるのですが、下の画像は、
細く削った尖った棒をヒモで何重にもからげ、
その上に赤漆を塗って固定してあるようです。
これは割に平べったい形で、髪をくしけずることができそうですが、

細長い形のものは、髪に挿してまとめる かんざしとして
使われていたようです。装飾品の意味もあったのでしょう。
『古事記』や『日本書紀』を読むと、
古代の櫛の呪力に関した話がいくつも出てきます。

縄文櫛


一番有名なのはイザナギ、イザナミの黄泉返りの部分でしょうか。
死者の国まで妻のイザナミを迎えに行ったイザナギは、
腐敗したその姿を怖れて逃げるが、イザナミは黄泉醜女など
眷属をつれて追いかけてくる。なんとゾンビ映画の元祖じゃないですか。

縄文時代のかんざし(櫛)


イザナギは、髪飾りから生まれた葡萄、櫛から生まれた筍、
黄泉の境に生えていた桃の実を投げつけ、なんとかこの世まで
戻ってきます。この櫛は竹製のものだったんでしょう。
葡萄はともかく、筍、桃、それぞれに強い退魔の力を持つものとして、
現代でも尊重されていますよね。

あと、クシナダヒメの話もよく知られています。『古事記』では
櫛名田比売、『日本書紀』では奇稲田姫と漢字表記され、
ここでも、櫛=奇し が同じ意味として考えられていたようです。
スサノオは、八岐の大蛇とあいまみえる前に、
姫を呪法で櫛に変え、自分の髪に挿して戦うことになります。

でもこれ、不思議な話で、なぜスサノオは姫をその両親と同じように
安全な場所に隠しておかなかったのでしょうか。
この疑問は当然持たれていまして、
民俗学的には「妹の力」として説明されています。

っっdf

戦いの場において、近親者である姉妹、あるいは恋人や妻の持ち物を
身につけることにより、男性の力が増すという考え方ですね。
これは近代まで受け継がれ、太平洋戦争のころも、母親や姉妹など、
近親の女性からやはり髪などを受け取って出征したという話もありますし、
博打場で女性の陰毛を持っていればツクというのもその類でしょう。

また、姫を他のものではなく櫛に変えたのは、
やはり櫛の呪力を信じたんでしょうね。
櫛は魔的なものに対抗する力が強いと考えられており、
イザナギ、イザナミの話からつながっているようです。

次は、ヤマトタケルの妻であったオトタチバナヒメ(弟橘媛)です。
ヤマトタケルの東征の途上、三浦半島ー房総半島間の走水海において、
タケルの暴言により海神の怒りを買って暴風雨になったとき、
船に乗っていた后のオトタチバナヒメが海に身を投げてその怒りを静める、

 

玉串



というお話です。前に少し書きましたが、この走水海に面した
洞窟遺跡では、刃物で解体されたとみられる人骨が出土しており、
なんらかの生贄的な儀式があったのではないかと推測されています。
その事実がこの記述に反映されているのかもしれません。

櫛はどこで出てくるかというと、海に沈んだ姫が持っていた櫛は、
7日後に海岸に流れ着き、その櫛を埋めて御陵を作り治めたのが、
当地の橘樹神社(川崎市)の由来とされています。
橘の木で作られた櫛だったのかはわかりませんが、
海神は姫の身体は受け取ったものの、
呪力を持つ櫛は返してよこしたということなんでしょう。

さてさて、こういう話をしてるときりがないのでまとめますが、
櫛は「九四」、つまり「苦死」に通ずるということで、
いろいろと扱うさいの作法があるようです。
苦死と関連したのはそれほど古い話ではないんでしょうが、

・櫛が折れると悪いことが起きる。その時はすぐ清水で洗うとよい
・櫛は落ちていても拾わない、苦を拾うに通ずるから
 もし拾う場合は一回足で踏んでから
・櫛の歯が欠けたものを男性が贈られた場合は、
 愛想が尽きたという女性からのメッセージ
・櫛を人に贈らない、もし贈る場合はかんざしと言う
などがあるようです。  

弟橘媛