よろしくお願いします。3年前のことです。当時、私は高校2年生でした。
最初にうちの家族の説明をしておいたほうが、わかりやすいかもしれません。
50代の父と、40代の母、それから高2の私と中3の弟です。
そこに、近くの市からひいばあちゃんが越してくることになったんです。
ひいばあちゃんは、ええと、そのとき86歳でした。
ひいばあちゃんの住んでいた地域はかなり山あいのほうで、店や病院にも遠く
交通の便が悪いので、家を処分して、うちで引き取ることになったんです。
ひいばあちゃんの子どもは、息子さんが一人だけでした。
私から見れば祖父にあたる人です。ですが、その人は30代で事故で亡くなり、
結婚していた奥さんも10年後くらいに病死してます。
つまり、父の両親はもうこの世にいないってことですね。

あ、父には兄弟が2人いますが、どちらも弟で、長男だった父がひいばあちゃんを
ぜひ引き取りたいって言ったんです。ほら、父の両親が早くに亡くなってから、
ひいばあちゃんには、ずいぶんかわいがってもらったみたいなんです。
もちろん、私も弟も、それまでにひいばあちゃんには何度も会ってます。
すごく小柄なかわいらしいお年寄りで、私も弟も、反対する気はまったく
ありませんでした。まあ、父はかなり頑固な性格ですので、
私たちが違う意見を言っても、聞く耳なんか持ってないんですが。
うちは田舎で家の敷地が広かったので、1階を改築して、トイレのそばに
ひいばあちゃんの部屋をつくりました。家具なんかは、ひいばあちゃんが前に
住んでたとこから箪笥を2つだけ持ってきて、ひいばあちゃんはその上に
亡くなったひいじいちゃんの位牌を飾って、毎日お線香をあげてます。

このひいじいちゃんも、だいぶ若いときに亡くなったんですが、気の荒い職人で、
背中にすごい彫り物があったみたいなんです。父がはっきり言わないので
さだかではないんですけど、亡くなった原因は仲間内のケンカみたいなんです。
大酒を飲んで家にお金を入れなかったので、若いころのひいばあちゃんは、
拝み屋のようなことをして生計を立てていたって話です。
ああ、めんどうなので、ここからは、ばあちゃんでいいですよね。
ばあちゃんが来てからも、生活にはほとんど変化はなかったです。母は

主婦でずっと家にいますが、父は団体役員で毎日帰りが9時過ぎになります。
電車で通学してた私が帰るのが6時ころ。弟は柔道部に入ってて、練習が

終わってくるのが8時過ぎです。ですから、家族揃っての夕食ってなかなか

できなかったんです。ばあちゃんの食事は、いつも母が部屋に届けてます。

すみませんね、なかなか話が先に進まなくて。そんな感じで、ばあちゃんとは
あまり話す時間がなかったんです。多少足元はおぼつかないですが、
ばあちゃんは一人でトイレに行けるし、部屋でテレビを見てることが多いんです。
異変が起きたのは、ばあちゃんが来てから3ヶ月めのことです。
朝、母がまず起きて新聞を取りにいくんですが、家の前の道に出ると、
何やら騒がしい気配がする。それで見にいくと、2つ離れた小路にパトカーが
来てたんだそうです。何人か野次馬が出てて、みな同じ町内の知り合いでしたので、
母が話を聞くと、その家の玄関先に犬の死骸が投げ込まれてたってことでした。
まあ、ただ死骸があっただけなら、ノラ犬がそこに来て力つきただけ
かもしれないんですが、犬は仰向けで口から血を吐いてた。さらに、
毛の少ない腹の部分に、尖ったものでこすったような跡がついてたんだそうです。

それで、発見したその家の人が警察を呼んだ。これは後から母がうわさ話を
集めてきた内容ですけど、門扉には鍵がかかってて、人間ならともかく犬が勝手に
入り込むのは無理。犬の死骸はぐっしょり濡れたようになってて嫌な臭いがした。
腹にあった図柄は、はっきりしないが何かの紋のように見えた。
でも、これだけだと警察も捜査のしようがないですよね。
ですから、パトロールを強化します、そう言って、犬の死骸を引き取って
帰ってったみたいでした。その夜、父が帰ってきてから、こんな話をしたんです。
「ああ、○○さんの家だな。よくわからないが、△△神社関係の嫌がらせ

なのかなあ」○○さんはその神社の氏子総代の一人で、うちの父もそうなので、
よく知ってるんです。「今な、神社のことで氏子どうしで少しもめてるんだよ。
けどなあ、それでそんなことをするやつがいるとも思えんが」って。

何でも、神社の社殿が古くなって危険なので改修したい。それに反対はないん

ですが、これを機に、境内にある何だかわからない古いお社をとっぱらって、
新しい手水場をつくろうという案が出て、地域に古くからいる人たちが反対してる
ってことでした。父の話では、そういうお社は、撤去するにしてもきちんと
霊をお返しするものだが、それはあまりに古いので、もはや何を祀ってるのか、
記録にもなく、誰もわからないということだったんです。たしかに、そんな

程度のことで、犬を殺して投げ込むなんて人はいないと思いますよね。その3日後、

○○さんの家のご主人が亡くなったんです。いえ、殺されたわけじゃなく、
会社で胸をかきむしるようにして倒れて、急な心不全だったそうです。
つまり病死で、事件性はないんです。ですから警察も捜査はしません。
まあ、これだけなら、たまたま偶然が重なっただけだと思いますよね。

ところが、それから2週間くらいして、また死んだ犬が投げ込まれる事件が
あったんです。前よりはうちから離れた場所でしたが、やはり氏子の一人で、
父と同じくお社を撤去しようとしてる人の家。犬は前とは大きさも種類も違って
ましたが、毛がねばつくように濡れてて、腹に傷があるのも同じ。それで・・・
そこの家のご主人も、3日後に亡くなってしまったんです。交差点で赤信号なのに、
自殺するみたいにふらっと道路に出てバスにはねられた。解剖した結果、
バスに轢かれる前に、大きな脳梗塞を起こしていたことがわかったんです。
このことがあって、父は家に警察を呼び、一連の話をしたんですが、
2件とも事件ではないんです。警察は、顔を真っ赤にしてる父を前にして、
犬を投げ込んだことの捜査はするが、それ以上はできないって言いました。
無理ないんですが、父はカンカンに怒って、じゃあ自衛するって言い出して・・・

家の塀の上に監視カメラを設置したんです。フェイクじゃなくて、
画質がよく、長時間録画できるやつです。それからまた2週間くらいたって、
朝、私がまだ寝てるとき、ギャーッという大きな悲鳴が外から聞こえました。
もう、おわかりですよね。母が玄関先で死んだ犬を見つけたんです。
私も見ました。中型の、柴犬の雑種だと思います。首輪はしてませんでした。
とにかく、何と言っていいかわからない生臭い臭いがして、
犬の毛はどろっとした液体で濡れ、腹にはうすく家紋のような形が
浮き出してたんです。父が起きてきて死んでいる犬を見ると絶句し、
また警察を呼びました。それからカメラを回収し、家のテレビにつないで
再生してみました。青っぽい画像でしたが明るさは十分で、
真夜中の3時過ぎにそれは映ってました。白い蛇のようなものでした。

ようなものというのは、目がないように見えたんです、それと鱗も。
太さは人間の胴くらい。真っ白で、画面から切れてるため、どのくらいの長さが
あるのか見当もつきませんでした。それは煙のような動きで門扉を乗り越え、
門と玄関の中間くらいまでくると、頭を下に沈めるようにして、ゆっくり
犬の体を吐き出したんです。足から腹、犬の頭・・・どこも粘液で濡れ光って

ました。うちの家族はみな、言葉が出なくなってしまいました。父は青ざめ、
柔道部で体が大きい弟も震えてましたよ。そこへ警察が到着したので、
父が2人の警官を引っぱるようにして、そのビデオを見せたんです。警察官は、

わけがわからない様子でしたが、その巨大な白蛇を見たとたん、やはり言葉を

失いました。そこへ、「あらあら、困ったことになってるねえ」という声が

聞こえたんです。みながふり返ると、戸口にばあちゃんが立ってたんです。

ここからは、ばあちゃんの話です。警察がビデオを分析すると言って受け取り、
犬の死骸を回収して帰っていくと、ばあちゃんが私を部屋に呼んだんです。
「あなたの中学のときの体操着とか持ってないかい」最初、何を言ってるか
わからなかったんですが、出してくると、ばあちゃんは「借りるよ」と言って
部屋にこもってしまいました。父の怯えようはひどかったです。前の2人が
3日後に亡くなってますから・・・「明日、仕事を休んでとにかく健康診断に
行ってくる。それから宮司のとこに行って相談する」って言ってました。
夜の9時ころです。私が部屋にいるとドアがノックされ、開けると、
私の体育着を着たばあちゃんで、意外というかすごく似合ってました。
ばあちゃんは痩せてますが、腰などは曲がってなかったんです。
「ちょっとね、ばあちゃん、出かけてくる。朝までには戻るから、
 
家の人には内緒にしといて」ばあちゃんは、それまでにも近所の郵便局とかに
一人で行ってたんですが、朝までというのは・・・でも、ばあちゃんが父のために
何かしようとしてることはわかったので、「何か手伝うことある?」って聞いたら、
「大丈夫」と一言だけ。ばあちゃんはそっと出ていき、私は心配だったので、
ずっと起きてました。ばあちゃんが戻ったのは、午前4時過ぎくらいでした。私が

下に行くと、ばあちゃんの体育着は泥だらけで、手に細かい傷がたくさん

ありました。「ああ、疲れた。風呂を沸かしてくれるかい」ばあちゃんは

そう言いました。これでだいたい話は終わりです。父はびびりきっていたんですが、

3日過ぎても何もなかったんです。あと、△△神社の脇の森で、

大きな蛇が死んでるのが見つかったって話がありました。

ただ、白蛇ではないし、大きいとは言っても、ビデオに映ってた
のよりははるかに小さかったみたいなので、関係ないのかもしれません。

警察からはビデオが戻ってきました。父の話では、警察の結論は野生動物。
ただ、日本にそんな巨大な蛇がいるとは考えにくいから、
近隣の動物関連施設に逃げ出したものがいないか問い合わせてるということでした。
でも、あれから3年たっても、犬を丸のみするような巨大蛇は見つかっていません。
もしかしたら、ビデオに映ってるのは実体じゃないのかもしれないって思いました。
あと、神社のほうですね。氏子総代がたて続けに2人も亡くなってしまったので、
宮司さんも考えたらしく、改修はしばらく見合わせることになりました。
境内のお社については、地域の古文献などを調べたんですが、やはり何なのかは
わからなかったんです。ただ、あれ以来、急速に木の腐敗が進んで、
今にもバラけてしまいそうだってことでした。え、ばあちゃんですか。

今も元気ですよ。テレビのお笑い番組が好きで毎日見ています。


 

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