6年前、自分が中2だったときの話です。9月の土曜日だったと思います。
出かけていた母が夕刻に戻ってきて、居間でテレビを見ていた自分に、
「ほら、あんたの同級生って言ってた佐々木さんのうち、ご近所だしね、
お線香上げに行ってきたよ」と声をかけてきました。佐々木さんというのは、
その2ヶ月ほど前に中学校の同じクラスに転校してきた女子のことです。
うちとは田んぼ8枚くらい隔てた近くの、
こんもりと木が茂った島のようになった場所に家があるんです。そこは
新築ではなく、昔からある壁が黒ずんだ家に入居したという話は聞いてました。
転校してきたばかりだし、ほとんど人と話をしない暗い感じの子だったから、
「あ、そう」とだけ答えました。
そういえば、その佐々木さんは木曜のあたりから、


お祖母さんが亡くなったということで学校を休んでいました。
「それにしても変な感じだったわよ。家の中はがらんとして、
まだ納骨もすませてない祭壇に骨壺と遺影があるだけ。
向こうのお母さんが一人でぽつんとその前にいたのよ」
「・・・それがなんで変なの?」と聞いたら、
「あそこの家のすぐ脇に送電の鉄塔があるでしょ。
あの下にね、喪服を着た人が十人近くもいて、
がやがや何かをやっていたのよ。お葬式はもう終わってるはずだし、
変な感じだった」 「えーでも、あそこ鉄塔なんてないだろ」 「あるわよ」
「ないよ。田んぼの中を通ってる鉄塔はもっと後ろにずれたとこにあるじゃない」
「あの家のすぐそばだったよ。お母さん今見てきたばっかりだもの」


「そんなはずないって」
「じゃあ外に出て見てみなさいよ。まだ暗くなってないからわかるでしょ」
こう言われて、家に外に出てみたんです。
そしたら、確かに母の言うとおり、夕暮れの空を背景に、
シルエットになった林と家のすぐ近くに、並ぶように鉄塔が立ってたんです。
鉄塔の下に、かなりの人数の人が入り込んで動いているのもわかりました。
「おっかしいなー」とつぶやきながら家に戻りました。自分の記憶では、
鉄塔はもっと島とは離れたところにあったような気がしてたんです。
気になったので、次の日の日曜日、午前中に見に行ったんです。
家からは道路を通ればけっこう距離があるんですが、
あぜ道を渡っていくと5分くらいでそこに出るんです。


確かに島のすぐ近くに鉄塔がありました。でも、変なんです。
それの他の鉄塔は自分の記憶どおりの場所にあって、
その鉄塔だけが直線の列からずれてるんです。
電線も不自然に曲がって伸びてました。でも、そんなことありえないですよね。
その鉄塔だけ急な工事で場所を変えるとか考えられないです。意味がないし、
家からすぐ近くだから、いくらなんでも工事してればわかるはずです。
やっぱり自分の記憶違いで、最初からこうだったんだろうか・・・鉄塔に

近づくと、その下は低い柵だけで簡単に人が入り込めるようになってました。
神社にあるしめ縄のようなものが4本の足の2mほどの高さに
張り巡らされていたんです。入っていくと、地面のの土が黒く焼け焦げ、
中央の高いところから下に、1本の太い綱が下りてきていました。


やはり神社の、鈴を鳴らす綱を長く伸ばしたような感じです。その先に
透明ファイルではさまれた写真がついてて、風でくるくると回ってました。
手で止めて見ると、公民館の掲示板にあるような犯人の
手配写真だったんです。「何だこれ?」と思いました。読んでみると、
「○崎△男 ○歳、殺人容疑で指名手配、この男を見かけたら110番」

とありました。ただ、写真の部分は半分ほど焼け焦げ、

透明ファイルも溶けかけてたんですよ。
わけがわからず、気味が悪くなってきたので家に駆け戻ったんです。
また庭から見ても、やはり鉄塔は島のすぐ近くでしたので、
ずっと自分が勘違いしてたんだろうと思わざるをえませんでした。
鉄は錆が浮いてて、新しいものには見えませんでしたし。


夕食のとき、家族に鉄塔に行った話をしました。
すると聞いていた父が、変な顔をして考え込んでいましたが、「そういう

ことがあったんなら話しておこうか。あそこの家が空き家になってたのは、
家族が夜逃げしたからなんだよ。お前が生まれる10年以上前の話だ。
なんで逃げたかっていうと、そこの次男坊が人を殺したからだ。
場所はこの県じゃなかったけどな。それで、農協に勤めていた
そこの親父もこの土地に居づらくなって、一家で消えた」
「でも、見た写真は焦げてたけど、そんなに古い物じゃなかった気がしたけど」
「もうその手配書はないはずなんだ。殺人は時効になってるからな」
親父はこう続け、「何か嫌な感じがするなあ。わからんけど、
母さんやお前が言ってることが本当なら、そこには近寄らないほうがいいな」


「鉄塔の位置が変わってるってのは、父さんどう思うの?」
「いやそれは、昔からそこにあったように思うけどな。
お前の言うとおり、理由もなく鉄塔の移動なんかしないし、
工事してればわかる」こんなやりとりをしました。
親父は最後にこうつけ加えました。
「今あの家に住んでるの、佐々木って人だってな。・・・確か、
殺された人も佐々木だったような気がするな。よくある名字ではあるが」
それから3日後の夜中、すぐ近くでサイレンが鳴っているので目が覚めました。
家族はみな、すでに起きて外に出ているようでした。
ジャンパーをはおって後を追うと、あの島の家が燃えていました。
消防車が集まっていましたが、田んぼ中で車が入れる場所が少なく、


かなり遠くから水をかけているようでした。
夜空が赤くなって、鉄塔もその色に染まっていました。
鉄塔の、前に写真がつり下がっていたあたりに人がぶらさがっているように
見えたんです。それを並んで見ていた父親に言うと、
「人? わからんなあ。暗くて見えんよ。そう言われればそうかなあ」
母が「そんなことより、あんた佐々木さんが心配じゃないの」
と怒ったので、その話は終わりました。
で、どうなったかというと、家は全焼しましたが死傷者はなかったんです。
家の中には誰もおらず、家具類もほとんど空だったということでした。
お祖母さんの葬式以来ずっと学校を休んでいた佐々木さんは、火事のときには
もう一家して消えてたんです。その後の消息もまったくわかりません。


ただ・・・お祖母さんの骨壺が焼け跡から見つかったという話は
聞いたことがあります。噂なので本当かどうかはなんとも・・・
火事の原因は消防署の調査で、これははっきり漏電と決まりました。
火元が送電線が家とつながっている場所だったんです。
火花が、壁に塗ってあったタールに燃え移ったんだそうです。
鉄塔に人がいたように思ったのは自分の見間違いだったんでしょう。
家のあった場所は更地に戻され、今は島も削られて空き地になっています。
何度も行ってみましたが、土が焼けたせいか草がまばらに低く生えて、
虫とかの生き物がほとんどいないんです。
そのあたり一帯は再開発にかかるらしく、数年後には大きな病院が
建つという話です。家族は便利になると言って喜んでます。


鉄塔は火事の影響を受けて焼け焦げ、機能に支障はないようでしたが、
しばらくして離れたところに建て替えられました。新しく建ったのは、
自分が以前からそこに鉄塔があったと思っていた場所なんです。
送電線も曲がったりせず、きれいに伸びてつながってます。
・・・不思議なような、ぜんぶ合理的に説明がつくような話なんですが、
みなさんどう思われますか?