僕、西脇ともうします。じつは仕事は占い師なんです。何をやってるかというと、
ティーカップ占いです。これ、映画の『ハリー・ポッター』でトレローニー
先生がやってて有名になりましたよね。内側が純白のティーカップを使って、
紅茶を淹れてついたシミを見て占いをする。自分の店 は喫茶店も兼ねてるんですが、
そこで濃い紅茶を飲んでもらって占うんです。苦いと言われることが多いんですが、
まあ当たることもあれば外れることもあります。それで、こないだ占いの大会が
あったんです。たくさんの、さまざまな占い師が大会場に集まって、それぞれ
ブースを出してお客さんに来てもらうんです。星占い、タロット占い、水晶玉を
使うもの、昔ながらの筮竹を使ったものなど、たくさんの種類がありました。
お客さんはすごく多かったです。まあこれは宣伝をかねて、無料に近い安い
料金でやったせいでしょうけどね。今の世に中で、占いで食っていくのはけっこう

大変なんです。ほとんど宣伝は口コミだし。せいぜいホームページ。
でもね、地上波テレビで取り上げられれば反響はすごいです。まず何年も
困ることはありません。ネット社会といっても、やっぱりまだまだ地上波は
影響力があります。それで、この大会のあと打ち上げがあったんです。
こういっちゃなんですが、みんな怪しげな商売ばかりですから、かなり
ハチャメチャな話題が出て盛り上がりました。それで、2次会はカラオケに
行ったんです。そこで和服を着た50代後半の男の先生と隣になりまして、
幽霊はいるかどうかって話になったんです。僕はいない派だったんです。だって
生まれてから一度も見たことがないし。その先生は珍しい「ぐい呑み占い」って
のをやってるか方で、「君はまだ若いなあ。幽霊はいるんだよ。証拠もある。
そんなに多いわけじゃないから、まだ出会ってないだけだろう」って。

「証拠? どんな証拠ですか?」僕がそう聞いたら、その先生は少し声をひそめ、
僕の目をじっと見て、「そんなに疑うんだったら、今度見せてやるよ。自分の
目で見れば信じるんだろう?」そう言ったんです。
「え、見られるんですか?」 「そうだよ。だけど、これは秘密の会でやってる
ことだから、他言しないって誓えるならだが」 「ああ、誓いますよ。それくらい
何でもないです」 「じゃあ、今度の土曜日の深夜、月例の品評会があるから
一緒に行こう。一見さんはお断りなんだけど、わしの紹介ってことにするから」
「ああ、ありがとうございます。うれしいなあ」こんな会話になり、その週の
土曜の午後11時に〇〇駅前で待ち合わせることになったんです。
終電間際で、慌てて駆け込んでくる客が多かったですね。先生・・・名前は
小林としておきましょうか。小林先生は立派な黒塗りの車で乗りつけてきて、
 
しかも運転手付きだったんです。そのとき「ああ、この人は、しがない占い師じゃ
なくて お金持ちだってことがわかりました。「今夜、ついに幽霊が見られるん

ですね。わくわくします。楽しみだなあ。これからどこに行くんですか?」
小林先生は「麻布のほうにある〇〇寺の裏手に倉庫があって、

その中で品評会をやる。ここはそのために 

金を出し合って建てたものなんだよ」 「ははあ」このとき「お寺でやるなんて

本格的だなあ、きっとすごい会だろうな」と思ったんですが、まさかあそこまで

すごいとは・・・車は静かに都内を抜け、30分ほどで〇〇寺に着きました。

そのお寺の名前は聞いたことがなかったんですが、かなり大きなお寺でしたね。

でも、近くには墓所はなかったんです。正面の扉は開いており、ロウソク立て

にはたくさん火がともっていましたが、それ以外の照明はなかったです。
たくさんの車が駐車場に停められていましたが、高級車ばかりでした。
 
小林先生に連れられて本堂に上がると、大勢の人が集まっていました。男の方が
ほとんどでしたが、みな立派な身なりで、上流の人たちの集まりなんだなと
思いました。しばらく隅で座っていると、そのお寺の住職と思える人が出てきて、
「さあ、みなさんおそろいになったようですので、今晩の品評会を始めたいと
思います」と言い、みなを引き連れて奥の倉庫へ向かったんです。
倉庫に一歩入るとやはり中は暗く、黒い布で覆われた四角いコーナーがいくつも
あったんです。全部で10以上ですね。まず最初の垂れ幕の中に入り、
畳敷きだと10畳くらいの広さでした。中には材質のよくわからない皮を張った
ような檻があり、みなはその前に立って住職の説明を待ったんです。
僕は小声で小林さんに「これは何ですか?」と聞くと、小林さんは「中に幽霊が
いるんだよ。幽霊は壁なんかは自由に出入りできるんだが、有機物、つまり
 
動物の体を材料にしたものは通り抜けることができない。だから全体を皮で覆って
あるんだ」と言いました。で、住職がその前に立ち「この幽霊は30年ものの

男性です。平成8年に自ら首を吊って亡くなりました。生前の名前は〇〇〇〇。
戒名は△△△居士。では御覧ください」そう言って、正面の幕をめくったんです。
中は暗かったですが、僕は目が慣れてきていたので、中に何かがぶらさがってるのが
わかりました。縄やロープのようなものは見あたりませんでした。それが宙に浮いて
ゆっくり回っている。やがてそれは正面に顔を向け、苦痛にゆがんだ顔が

見えたんです。片目と舌が飛び出していました。幽霊はこっちに顔を向けたまま

「ぐええ」と言い、また回って顔が見えなくなったんです。参加者は口々に

「素晴らしい」 「よく熟しているが惜しいな。もう5年熟成させたらもっと良く

なるだろう」などと言い合ってました。そしてじっくりと鑑賞するように、腕組み

 

したり、中腰になったりして見ていましたが、10分ほどで次のコーナーに移り

ました。また住職が説明し「これはまだ12年と若いですが、

亡くなり方が派手でして。年齢は57歳、息子の嫁に頭に釘を金槌で打たれて

亡くなったものです」檻の中には向こうを向いて体育座りをしている割烹着の

女性がいまいた。顔は見えなかったですが、頭の後ろから五寸釘の先端が突き出して

るのが見えたんです。参加者はまた、「ああ、若しぼりもいいもんだ。

恨みのエネルギーに溢れてる」 「これもいいねえ」
などと言い合ってたんです。そこも10分で終わって、次の説明は「これは30代の

Aさんです。亡くなったときには、まだ幼児の子どもが2人いました。
ヤクザ組織とアヤがついて、生きながらヤクザ会長の自宅で飼われてたワニの餌に
なったのです」・・・なるほど、見ると体全体に白い膜がかかっており、
消化液で溶けかけたんだろうと思いました。その霊は「苦しいよう。悔しいよう。

 

〇〇、〇〇許してくれ・・・」と絞り出すような声をあげました。住職が

「今のは子どもたちの名前です」と説明をつけ加えました。まだまだ幽霊は見たん

ですが、どれも死んだときの姿で、何年もたって古くなったものはわずかに黄ばんで

おり、透明に近くなってました。小林先生は「霊は約60年で消える。それまで

どんどん薄くなっていくんだよ。みな激しい恨みを抱いている。あの目つきを

見たろう」と言いました。僕が素直に「怖かったです。自分が間違ってました。
幽霊って本当にいるんですね。・・・ところで、この会の目的って何なんですか」
そう聞いたら、小林先生は含み笑いして、「それは後で教えてあげるよ」と言った

んです。そして「どれが気に入ったかな? わしは12番のを買うことにしたよ」
と言い、続けて「これから入札があるから」と言ったんです。12番というのは、
誤って工場廃液のタンクに落ちた作業員の霊で、体がぐずぐずに溶け緑色に染まって
 
たんです。で、入札では小林先生が見事にその霊を競り落とし、「さあ帰ろか」と
言って僕の背中に手を押し当てたんです。「あの霊、買ってどうしうるんですか?」
「自宅に置いて鑑賞するに決まってるじゃあないか。盆栽みたいなもんだ」
「こんな品評会があるとは知りませんでした。あの霊、どうやって運ぶんです?」

と聞くと「もちろんお前に憑依させて運ぶんだよ。そのために連れて
きたんだ」と言って、背中に回していた手を一瞬はずしてこっちに見せました。
黄色い護符のようなもので、奇妙な字が書かれてました。「もう憑いてるよ。この

護符があれば大丈夫だが」そのとき僕の体から強い薬品臭が立ち上ってきたんです。
体も不気味な色に変わっていきました。頭が強烈に痛くなり、そのときに「悔しい、
死にたくない」という声が響いてきたんです。僕は意識が朦朧としたまま、運転手と
小林先生の2人に担がれ、車まで運ばれて後部座席に乗せられたんです。

それから、どこをどう通ったかわからなかったけど、立派なお屋敷に着き、ガラス

ケースに入れられて、金属の支柱で立たせられたんです。僕がなんとか声を

振り絞って、「もう運搬は終わったんでしょう。わかりましたから、もう帰して

ください」そう言うと、小林先生は、今までとうってかわった冷厳な声で「ダメだ。

幽霊は生きた人間に憑いた状態でないと可視化はできんのだよ。あの品評会場は

特殊な力が働いておるがな。なあに心配せんでもよい。お前にはチューブを通して、

死なない程度に栄養は与えてやるから」そんなふうに言い、あたりを見回すと僕が

入れられたのと同じようなガラスケースがいくつもあったんです。小林先生は

「コレクションだよ。幽霊のコレクション。どうだ、高尚な趣味だろう。・・・

ブランデーを一杯やりながら見る幽霊はたまらんものがあるぞ」そう笑った

んです。それから何ヶ月、いや何年たったか覚えていません。ただ、まわりの

幽霊とそれに憑依された人のうめき声が聞こえてくるだけです・・・