私、山本と言います。よろしくお願いします。じつはね、
私、職業は暗殺なんです。あ、驚かれましたか。これ、
暗殺って言葉を聞くと、劇画の「ゴルゴ13」を思い浮かべる
方が多いんですよね。でも、ゴルゴはライフルで狙撃する
犯罪者ですよね。ところが私は、まったく違法性はないんです。
鬼を使役して呪殺するんですから。これ、ご存知だと
思いますけど、不能犯って言うんです。ちょっと難しい話に
なりますが、行為者が犯罪の実現を意図して実行に着手しても、
その行為からは、結果の発生は到底不可能な場合のことです。
よく例えとして出てくるのが呪い。現在の日本では、呪いに
よって人が死ぬとは考えられていません。ただ・・・

「私はあなたを呪ってる」などと当事者に告げた場合は、
脅迫罪その他にあたる可能性はあります。さて、前置きは
このくらいにして、具体的なことを話したいと思います。私が、
どうやって人を呪ってるかについて。きっかけは節分なんです。
今年ももうすぐですね。節分というのは年に4回あるんですが、
日本では、立春の前日のことを言う場合が多いですよね。
そしてその日は豆まきをする。「鬼は外~、福は内~」って。
なぜ豆が使われるか。それは豆は「魔滅 まめ」に通じるから。
語呂合わせですが、実際にこれで鬼が逃げ出すんですよ。
じゃあ、鬼とは何なのか? そのことを話す前に、
私の幼少時の体験を聞いてもらいたいと思います。

私の実家は静岡の田舎で、富士川沿いの町でした。昔だから
大家族で、両親と兄と妹、父の両親の7人。農家でしたが
家は広く、かなりの部屋数がありました。毎年、節分には
豆まきをやりました。といっても、誰かが鬼役をやるわけじゃなく、
ただ各部屋を回って福豆を投げるだけでしたけど。このとき、
必ず戸口を開けてないとダメなんです。じゃないと鬼が出ていけないし
福も入ってこれない。それでね、小学校低学年のとき、ある年の
節分に、じいさんに聞いたことがあるんです。「じいさま、
外へ逃げた鬼はどこに行く?」って。そしたらじいさまは、
「うーむ」と少し考えてましたが、「しばらく町中をうろうろして、
それから山の天王神社に集まると言われてるな」

こう話したんです。続けて、「もう2時間ばかり待て、もしかすれば
鬼を見られるかもしれん」でも、それはじいさまの冗談だと
思ってたんですけど。それから、飯食ってテレビ見てたら、
じいさまが「ちょっと来い」と台所に引っぱっていき、裏口の戸を開け、
「ほら、鬼がおる」そう言って、庭の隅を指さしたんです。そこに
ほんとに黒い影が立ってたんですよ。背が高く、裸でざんばら髪だと
思いましたが、暗くて細かいとこは見えず。でも、何か異形のものが
そこにいるのはわかったんです。私はじいさまにしがみつき、
「あれ、ほんとうに鬼なの? 怖いよ?」と言いましたが、じいさまは
落ち着いた声で「ああ、心配ない。さっき豆まきをしたろう」と
答えたんです。それからは鬼を見ることはなくなったんですが、

兄弟の中で、私だけは毎年豆まきを熱心にやりましたね。それから、
私は東京の大学に合格し、実家を離れました。卒業後、不動産屋に
就職しましたが、当時はバブルで、不動産屋は花形職業でした。
でもね、ご存知のように私が30代に入った頃、弾けとんじゃった
んですよ。その後、その不動産屋で同期だったやつに、手ひどい
騙され方をしたんです。文無しになっただけじゃなく、大きな
借金を背負いました。もちろん、そいつを恨みましたよ。
殺してやろうって。でも、私はこのとおり体も小さいし、向こうには
筋者のバックがついてたんです。それで、あれこれ考えて、
節分の鬼のことを思い出したんです。鬼って何だかわかりますか?
昔から邪気って言われてますけど、それ、違うんですよ。

一言で言うとしたら、悪意です。1年間、その家でたまった悪意。
どういうことかというと、例えば言うことを聞かない子どもを、
カッとなって怒鳴ることとか、どこの家でもあるでしょ。
怒鳴るまでいかなくても、頭にきたときの言葉をぐっと飲み込む。
そういうときに鬼が生まれる。ですからまあ、家族の仲が
悪い家ほど、たくさんの鬼があちこちにすみついてる。それらを
節分のとき、豆をぶつけて祓うんです。だから、鬼が逃げ出す
戸口を決めて、開けとかなきゃいけない。それとねえ、福は内、
と言っても来ませんよ。ただ鬼に対して福、外に対して内と
言ってるだけで、幸福って、叫んだだけで来るようなもんじゃ
ないでしょ。でね、じいさまの言葉を思い出し、郷里に戻って、

天王神社に夜、行ってみたんです。天王神社は山奥ですが、
祭礼があったようで、篝火を焚いた跡があり、でもそれも終わった
らしく、境内に人影はありませんでした。で、社殿の裏手に
回ってみたら、いたんですよ鬼が。数は少なく、薄くなってました。
時間は10時過ぎだったんで、もう祓われた鬼も、まだこれから
来る鬼もいたんでしょうけど。その鬼たちは、いわゆる虎の
ふんどしに牛の角という姿ではなく、さまざまな形のものがいました。
で、一体がものの5分ほどで薄くなって消えるんです。でも、
また次の鬼が来る。やっぱりじいさまの言ったことは本当だったんだ、
そう思いましたが、何もできませんでした。その後1年間、
借金を返しながら ひっちゃきに鬼のことを研究したんです。

それでね、管狐ってわかりますか。ああ、ご存知ですか。
そうでしょうね。こちらは、そういうことに詳しい人ばかりと
聞いてきましたので、話が早い。特殊な加工をした竹筒に、
細長くなった狐・・・本当は狐ではないんですが、それを入れて
持ち歩き、さまざまなことに使う。もちろんそれで人を呪うことも
できます。どう加工したかは勘弁してください。ここでは言わない
ほうがいいでしょう。これにね、鬼が何体も入るんですよ。
だいたい半年程度で消えますけど、3ヶ月くらいならかなりの
力を残しています。いやあ、苦労しましたよ。ほら、私の左手、
しなびているでしょう。これは鬼の障りにやられちゃったんです。
ともかく、そういうことで、その鬼を同僚への復讐に使ったんです。

まあね、そこの家族には何の恨みもなかったし、同僚一人だけに
効果が現れるよう、やつの車の中に仕掛けました。こっちはもう
車も売り払ったのに、ドイツ製の高級車に乗ってて、その中に。
特に強力な鬼を選んだので、覿面でしたよ。やつは全身皮膚病になり、
口の中まで皮が剥けて、苦しみ抜いて死にました。え、呪い返し?
ははあ、人を呪わば穴二つってやつですね。それも研究済みです。
管使いたちが、どうやってるのかは わかってましたから。
いまだに呪い返しを受けたことはありません。はじめはね、それ一回で
やめるつもりだったんですが・・・手に職もなく、悪いこととは
思いながら、それを職業にしちゃったんです。はい、呪殺請負です。
何度も確実に成功させて、裏の評判が口コミで流れてねえ。

今はお客にも困ることはないし、借金もすぐに返せました。
依頼は政治家の方が多いんですが、個人の恨みもあります。いや、
世の中に恨みは満ち満ちてるんですね。成功率はほぼ100%で、
これもゴルゴなみでしょう。これ以上のことは、守秘義務が
あるのでお答えできません。そこはおわかりいただけますね。
え、自分の身に変わったことはないかって? いや、さっき
お話したように、呪い返しは受けてないですし、それに、毎年
節分の豆まきも念入りにやってますから。ただ・・・そうですね。
最近、ここ数ヶ月ですが、管をあつかうときに、それまで感じた
ことがない臭いがするようになってきました。うーん、温泉地に
行ったときの臭いと言えばいいか。ああ、硫黄、そうなんですか・・・

ふぇw