bigbossmanです。今回もインタヴューシリーズです。
お話を伺ったのは、50代前半のGさんという男性。
場所は大阪市内のクジラ料理屋のお座敷です。Gさんは
四国の漁師町生まれで、家業は漁師。お兄さんが一人いて、
父親の後を継いで漁師になり、今も現役だそうです。
「あ、はじめまして。bigbossmanと申します。よろしく
お願いします」 「いやいや、こちらこそ。ごちそうして
いただけるなんて申しわけないね」 「いえ。
さっそくですが、水産加工会社にお勤めだそうで」
「ええ」 「漁師を継がなかったのはどうしてです?」
「高校を卒業してから20歳ころまでは、親父、兄貴と

いっしょに船に乗ってたんですよ。でもね、いろいろと
自分に海は向いてないとわかる出来事がありまして。
そのころちょうどね、缶詰工場で人を募集してたんで、
そっちに乗りかえたんです」 「ははあ。今も産まれた
町に住んでるんですか」 「ええ、結婚して実家を離れ
ましたが、すぐ近くに住んでます。父が亡くなって、
兄が実家に残って後を継いだ形で」 「というと船も 
ゆずられた」 「そうです。兄弟船の歌のとおりで」
「なるほどねえ。で、海に向かないと言われましたが、それが
今回お話してくださる怖い話なんですか」 「そうです。
いくつかあります」 「ぜひお聞かせください」

ということで、はりはり鍋(鯨肉と水菜の鍋)をつつきながら
伺った話です。「うーん、そうですね、あれは私が14のときです。
兄と私は4つ離れてまして。兄が高校を卒業して、本格的に
漁師の見習いを始めた春のことです。そんとき私は
中学生で、まあ手伝いというか、無理にたのんでいっしょに
乗せてもらってたんですが、足手まといにしかならなかった
でしょう」 「で?」 「普通は早朝に船を出して午前中に
戻るんですが、父親が張りきってましてね。日曜だったし、
午後まで漁をして兄にあれこれ教えてたんです」 「はい。
あ、どのあたりまで漁に出るんですか」 「いや、湾を
出たくらいの近海です」 「なるほど、それで?」

「それで、午後の3時ころ、そろそろ帰るかとなって、
湾に入ったあたりで、船の速度が落ちたんです」 
「故障ですか」 「いや、操舵室の計器を見るかぎり、エンジンも
スクリューも問題はなさそうでした」 「よくあることなんですか」
「うーん、まあ」 「他の船は?」 「そんな時間だからあたりには
いませんでしたね」 「で、どうなったんです」 「親父は
落ち着いたもので、ああ、新夷(あらえびす)さんが来てるなあ、
と言いました」 「新夷?」 「水死体のことですよ」 「あ」
「海は凪いでて、風もない日でしたので、まあ仏さんが
じゃましとるんだろうと」 「どうしたんですか?」
「親父は操舵室の棚から一升瓶を持ち出してきまして。

しばらく海面を見てましたが、船尾からドボドボと海に水を
注いで」 「で」 「しばらくしたら、5、6m離れたとっから、
裸の女がぬっと立ち上がったんです」 「女?」 「ええ、
漁師仲間が遭難した話は聞いてないので、おそらく岬から
身投げした女」 「自殺者ってことですか」 「ええ、当時は
よくあったんです。海流の関係で対岸のほうに流れてく」
「裸って言いましたよね」 「はい、波と潮のせいで服が脱げる
んですよ。まだ膨らんできてないんで、2、3日うちに
落ちたんだろうと親父は言ってました」 「立ち上がってた?」
「はい。腹から上を海上に出して、両手を前に伸ばしてました。
これは珍しいことです」 「死んでるってわかったんですか」

「それはそうです。あんなとこで泳ぐ人はいないし、肌の色で
わかります」 「顔は?」 「長い髪がへばりついて、顔はよく
見えなかったですね」 「どうなりました」 「親父が酒を
流しても、そうですね、10分くらいは船についてきてました」
「引き上げたりしないんですか?」 「網漁じゃないんで、
方法がないんです。浮輪を投げて乗ってくるわけじゃないし」
「ですよね。それで」 「急にね、何かに足をつかまれて
引き込まれたみたく ガボッと沈んで、それきり浮いてきません
でしたね」 「うーん」 「親父が注いだ酒は、地元の神社で
お祓いを受けたもんで、その御利益なんでしょう」
「Gさんは?」 「親父も兄貴も落ち着いたもんでしたが、

私は仏さんを見たのはそれが初めてだったんで、顔を
青くして後で吐いたりもしました」 「その女の人は、その後?」
「ええ、2日後に無事にというか、湾の対岸に流れ着いたそうです」
「怖いですね。他には」 「えーと、そうですね。あれは私が
もっと小さい、小学生の時分です。そこらは磯浜なんですが、
その冬、大量に波の花が発生しまして」 「波の花」
「ええ、プランクトンの死骸だと言われてます。それがね、
見えるかぎりの海岸を覆いつくして。まあ、漁に影響は
ないんですが」 「で?」 「学校の帰り、4時過ぎくらいかなあ。
友だちと何人かで見に行ったんです。泡をすくおうと思ったんですが、
嫌な臭いでね。堤防まで戻ったとき、バッシャンと音がして。

ふり向くと、波の花の中を何かがのたうち回ってる」 「え?」
「信じられない長さでした。外に出てるだけで、テトラポット
4つ5つ分、10m以上もある真っ白い蛇のしっぽ」
「うわ」 「まあね、ガキだったので、ことさら大きく感じたのかも
しれませんがね。太さは大木ほどもあると思いました」
「どうしたんですか」 「呆然と見てたら、ダチの一人が写真に
撮ろうって言い出しまして。今みたいに携帯のカメラなんて
ないですから、いちばん近くのやつの家に走ったんです。
そこの家の親父が出てきたんで事情を話したら怒られました」
「どうして?」 「それは神さんだから、写真なんか撮ったら
不漁になるって言われて」 「で」 「その親父さんともう一度

浜に行ったら、その巨大な白蛇は、浜から数十m離れて遠ざかって
いくところでしたが、その蛇の背中にね、裸の人が何人か
乗ってたように見えたんです」 「え、それも水死体?」
「いや、違うと思います。蛇は100mほど離れたあたりで沈みました。
私らの他にも目撃した人はいましたよ。で、家に戻って私の
親父に話したら、そういうこともあるだろうって、平然としてました」
「UMAですねえ。ワクワクします。他には?」 「そうですね・・・
あ、あれがあったか。先の話より少し前のことで、やはり小学生のとき。
夏でしたね。友だちと浜で花火をやってましたから」 「で」
「数百mの沖に、集魚灯をつけた小舟が浮かんでました。でもね、
そこらではそういう漁はやらないんです。イカなんて来ないし」

「で」 「珍しいんでみなで見てたら、一隻だった船が
2つに増え、4つになり、どんどん数を増して何十にもなったんです。
そのうちにみな、くらくらとしてきて、その場にへたり込んで
眠っちゃったんですよ。どのくらいたったか、揺すり起こされると
それぞれの親が迎えに来てました」 「へええ」
「そんときには沖の舟はもうなかったです。親には怒られませんでしたが、
そういうのがあっても、長い間 見つめてはいかんとは言われました」
「何だったんでしょうね」 「わかりません。まあ、そんなわけで、
私は海が怖くなりまして。最初に話した体験が強烈でしたし、
親父に聞かれたとき、漁師にはならないと言ったんです。海からは
離れられませんでしたが」 「いや、貴重なお話、ありがとうございました」
 
dc