浦沢といいます。それでは、お話をさせていただきます。
私は今、54歳です。仕事は、中小の会社員です。それでも課長
まではいってたんですけどね。昇進して2ヶ月後に、仕事上の大きな
ミスが発覚して平社員に格下げになっちゃったんです。それでもまあ、
辞めもしないで同じ会社にいるんです。私の人生、ことごとくこんな
感じですよ。人並みに結婚したものの、半年足らずで離婚しちゃい
ましたし、何をやってもうまくいかないんです。これは私の運が
悪いのか、それとも能力が足りないのか、どっちかわかりませんけど。
それでね、さすがに会社の居心地が悪くて、辞めて別の仕事を
やろうかって考えてたんです。でも、履歴書に特筆するような資格も
持ってないし、得意なこともありません。
それで、この歳で辞めても、せいぜいフリーターをするくらいしか
ないですよね。だから踏ん切りがなかなかつかなくて・・・
それで、この間、会社の帰りにガード下の屋台で一杯引っかけて、
歩いて駅へ向かってたんです。時間は10時過ぎくらいです。
その時間だと、飲み屋やカラオケしか開いてないですよね。ところが、
近道をしようと入った小路で、変な看板を見つけたんです。
まるで弁護士とか会計士事務所の看板みたいに、四角い白の地に
真面目そうな書体で書かれた看板。それには「霊視力開発コンサルタント」
って書かれたんです。あれ、と思いました。それまでは、霊視なんて
インチキだと思ってたんですが、それにしてもやけに金がかかった
看板だなと思いました。うーんこれ、独立してこういうのを
やってみるのもいいかもしれないって、ふと考えたんですよ。私はしがない
アパート暮らしで、家のローンはないですし、やり方次第じゃ、食っていく
くらいはできるんじゃないか、って思ったんです。そんな時間でしたから、
そこはもう終わってたんですが、いつか訪ねて一度話を聞いてみよう。
見学できたらさせてもらおうって思ったんです。それから3日後ですね。
私より若い上司から、いつまで会社にしがみついてるんだみたいな
ニュアンスのことをそれとなく言われまして、ものすごく嫌な思いを
したんです。それでね、就業の時間が過ぎると同時に会社を退勤して、
その小路を探して来てみたんです。ええ、平日でしたから、営業してましたよ。
その会社は集合ビルの4階にあって、けっこう近代的な感じのオフィスでした。
霊視なんて言ってるんだから、もっとおどろおどろしいかと思って
たんですが、そんな気配はいっさいなかったです。それで、来意を告げると
中に通されて広めのブースに案内されました。しばらくしてやってきたのは、
バリッとしたスーツを着た30代くらいのバリバリのビジネスマンに見える
男性で、これも意外でした。霊視なんていうと、昔の宜保愛子さんみたいな
人をどうしたって連想するじゃないですか、そこで、こんな会話に
なったんです。「あの、じつは私、転職を考えてるんですが、私のようなもの
でも霊視力を身につけることってできるんですか?」
「いや、できますよ。必ずできます。世間には霊視力なんて
ないって言う人もいますし、もしあったとしても
生まれつきの能力なんじゃないかって思っておられる方も
多いんです。ですが、それは誤解です。霊視力はありますし、
霊視力って生まれつき誰でも持ってるものなんです。
それが表に現れていないだけで。ですから誰でも、
訓練次第で霊を見ることはできるんです」 「はあ、そんなもんですか」
ということで、初級のプログラムに参加する費用を聞いたら、
意外に安かったんです。私のきりつめた生活でも、なんとかなりそうな
金額でした。それで思い切って受けてみることにしたんです。
でね、翌日の午後から参加して、いきなりフィールドワークから
始まったんです。これも意外でした。座学でビデオを見たりするのが中心と
思ってたんです。私の担当者は柴崎といい、いきなり街中に連れ出され
たんです。ええ、会社が終わってから行ったんで、時間は夜の6時
過ぎですよ。柴崎は、「夜のほうがいいんですよ。日が落ちてからのほうが
霊感が高まりますからね。最初から霊が見えるということは普通ないので、
まずは裏小路を回って、嫌な雰囲気のする箇所を指さしてみてください」
そう言われて、ある汚い小路の、飲食店のゴミ箱が何個かあるところを指差し
たんです。柴崎は目を細めてそこを見つめてましたが、「いや、ここには
いませんね。なんとなく嫌な雰囲気のするところですが、霊の姿は
ありません。こんなふうに言ったんです。・・・最初の1週間はこんな感じで、
霊なんて全然見えないし気配もつかめない。これってやっぱり、インチキじゃ
ないかって思い始めてたとこでした。ある晩、私がふっと
交差点の標識の陰を指差すと、柴崎は「あれあれ、霊がいます。
お婆さんの霊です」やりましたね。とうとう見つけました。
こっからは早いですよ」そんなことを言ったんです。
まぐれ当たりかとも思ってたんですが、確かにそれからは早かったです。
だんだんに薄ぼんやりと霊の姿が見えるようになりました。薄ぼんやりと
いうのは、私の力がまだ弱いせいもあるんでしょうが、もともと霊ってのは
半透明なんです。生きた人間とは明らかに違うので、間違えることはないです。
それと、芝居とかの幽霊は白の死に装束で出るじゃないですか。そうじゃなく、
生きてたときと同じような格好だったんです。あれ、死んだときの服装
なんじゃないでしょうか。だって血まみれの人もいましたから。
最初は気味悪かったですが、だんだんに慣れてきましたよ。
こうしてプログラムは進んでいき、私は夜の街中でたくさんの霊を見つけ
ました。見えなかったときには、こんなにいるものとは想像してませんでしたよ。
そうですね、生きた人間が10人いるとこなら、霊も一人くらいはいる。
ただし、にぎやかなとこはやはり霊は少ないです。
人気ない公園やガード下の暗いとこなんかが多い。生きた人間が
霊と重なるとすり抜けるので、それを避けてるのかとも思いました。
で、ですね。トラックに轢かれただろう子ども、飛び降り自殺
したと思われる若い女性・・・様々な霊を見たところで、プログラムは
終了だったんです。はい、お祓いのしかたは教えてもらえませんでした。
やはりお祓いするのは、修行を積んだ霊能者にしかできないようで、素人では
ここまでだったんです。それでもね、霊能者として開業するくらいは
できるんじゃないかと思ったんです。でね、それからややあって、滅多にない
ことに私に幸運が舞い込んできたんです。私は幼少時を岩手の山の中の村で
過ごしたんですが、亡くなった親戚が私に遺産として土地を残して
くれていたことがわかったんです。それでね、さっそくその週の土日を使って、
ひさびさに岩手の田舎に帰ってその土地を見に行ったんです。土地はかなり
広かったですが、岩手は過疎が進んでいて、売るのは難しいだろうって
言われたんです。これにはがっかりでした。ああ、やっぱり俺にいいことなんか
あるわけないんだ。そう思いましたね。それで、ホテルなんてないところですから、
遠い親戚のうちに泊めてもらって、翌日は子どもの頃に遊んだ裏の山を少し
散歩して帰ろうと思ったんです。山に入ってしばらく歩くと、まったく変わった
様子もなく当時のままでした。でね、子どもの頃、低い山を少し越えたあたりの
防空壕跡と言われてたとこでよく遊んでたのを思い出しました。
あれって、まだあるのかな。時間があったので行ってみることにしました。
ええ、まだありましたよ。ほとんど変わってなかったです。懐かしく思いながら
頭を低くして中に入ってみました。中は暗く、土の臭いがしました。でね、
目が慣れてくると、すみっこに白い服を着た5歳くらいの女の子がしゃがんで
しくしく泣いてたんです。こんなとこに女の子がいるなんておかしい、そう
考えて近づいていきました。そして「お嬢ちゃん、どうしたの?」と
聞いたんです。そしたらその女の子がしゃがんだまま振り向き・・・
その顔、紫色に充血してふくれてたんですよ。それを見た瞬間、押し込めて
いた記憶が一気によみがえってきたんです。ああ、私は昔、
この子の首を絞めて殺し、埋めたことがある・・・女の子はそのまま
すっと立ち上がり、私を指差すと可愛らしい子どもの声で、「見いつけたあ」
って言ったんです。その後のことは覚えていません。気がついたら、
泥まみれになって息を切らし、山の登り口に立ってたんです・・・
