布団に潜る
あれは、私が小学校4年のときだったと思うんだけど、
3年か5年だったかもしれません。中学校で部活が忙しくなる前は、
お盆と正月は両親に連れられて、新潟の田舎にある「本家」に遊びに

行ってたんです。たしか、私の父方の祖父の時代に分家したとか聞いてます。
本家はねえ、すごいお屋敷なんですよ。映画の「八つ墓村」に出てきた

みたいな。平屋だけど、部屋数がたくさんあって、蔵もありました。
それで、いとこやら親戚の子がきてたんですけど、
私がとくに仲よかったのが、岬ちゃんっていう同じ年の子でした。
男の子や小さい子が多かったので、その子とお屋敷の中を探検して回ったんです。
部屋は全部 日本間で、今から考えれば8畳以上でした。
どの部屋にも床の間があって、いろんなものが飾られてましたよ。

それでほら、よく時代劇なんかで、部屋がいくつも続いてるところを、
パーンパーンと襖を開けて人が通っていくシーンがあるじゃないですか。
あれ、岬ちゃんが言い出して、2人でやってみたんですよ。
でも、うまくいかなかったんです。襖の滑りが悪かったんですね。
その地方は豪雪地域だから、冬場の雪の重みで、建物がゆがんでた

かもしれません。それで、誰も人が来ない奥のほうの部屋へ行って、
押入れとか開けてみてました。何も入ってないとこがほとんどでしたが、
一ヶ所だけ、布団がびっしり上下段に詰まってるとこがあったんです。
それも、昔の布団じゃなくて、ふわふわの新しい羽根布団。
「ねえ、ここ潜ってみない」と岬ちゃんが言い、私も面白そうだと思って、
2人で手をつないで下段の青い布団の中に頭を突っ込んだんです。

それから手で布団をかいて前に進みました。すぐに壁に当たると思ってたんですが、
それがいつまでも布団が続いて、そうですね、1分以上は中にいました。
で、ずぼっと向こう側に頭が出て、ほとんど岬ちゃんと同時でした。
そこ、薄暗い部屋で、ぼんやりした照明があって、
行灯ってものじゃないかってわかったのは、ずっと後のことです。それで、

女の子がいたんですよ。日本髪で赤い薄い着物を着た、私たちより少し年上の。
その子は座って下を向いてたんですが、私たちの気配を感じたのか、
顔を上げて、口を開けて驚いた表情をしました。
そのとき、その子の顔に涙のあとがあったような気がします。それと、その子、
顔がすごく岬ちゃんに似てるように思ったんです。
その子は何か言おうと口を動かしましたが、部屋の入口のほうで、

「おはつ、早く出てきなさい!」という声が聞こえ、
立ち上がって部屋から出ていったんですが、戸口のところで、ふり返って

もう一度私たちのほうを見たんです。それから、岬ちゃんが小さい声で、
「戻ろう」って言って、後じさりするような形で、

元の本家の部屋に戻ったんです。はい、ちゃんと戻れました。

それから、2人で上のほうの布団をどけてみたんですが、
押入れの奥の壁は普通にあったんです。そのときあったのはこれだけです。
このことは大人には話しませんでした。うーん、怒られるというか、
話しても信じてもらえないと思ったんですね。それから、
私は中高とバレーをやって、岬ちゃんと会ったのは2回しかなかったです。
最後に会った高3のときは、岬ちゃんはすごくきれいになってて、
東京に出て美容師の学校に入るって言ってました。

それから・・・2年後に岬ちゃん、殺されちゃったんです。
テレビでも報道しましたし、週刊誌にも何週にもわたって出てたんです。
美人ホステス全裸殺人事件みたいな感じで。岬ちゃんの葬式には出ませんでした。
そういう亡くなり方だから、たぶん、近親者だけでやったんだと

思います。そのころ私は、バレーの推薦で大学に入ったものの、

ケガをしてやめ、家に戻って家事手伝いをしてました。
それで、夕食の準備をしながら、母と岬ちゃんの話になって、そのとき、
本家での布団のことを思い出して話したんです。そしたら、母はけっこう真面目に
聞いてくれて、「そういえば、ずっと昔に、本家の娘さんで、事情があって炭鉱町の
芸者さんになった人が人がいるって聞いたことがある」こう言いました。ただ、

「おはつさん」という名前なのかはわからなかったです。それと、あのときにもし、
向こうの部屋に出ちゃってたら、どうなってたんでしょうねえ。気になります。

土に潜る
これね、俺が小学校4年生ぐらいのときのことなんだよ。
すごい不思議っていうか、ファンタジーみたいでとても信じられないと思うけど、
誓って、本当にあった話なんだ。秋のある日ね、学校の帰り、一人で神社の境内に
行ったんだよ。ドングリを拾おうと思った。裏手に大きな樫の木があってね。
今から思えばたわいないけど、子どもはそういうのが好きだから。
で、ドングリはいっぱい落ちてたから、形のいいのを選んで拾ってると、
不意に木の陰から、白い着物を着た爺さんが出てきた。
真っ白な髪を変な形に結ってて、しかも白いヤギ髭が胸のあたりまで伸びてて、
ひらひらした白い着物でね。俺がびっくりしてると、爺さんは、
「坊は山根家の次男よな」変な言葉づかいだけど、聞かれてると思ったんで、
「はい」って返事すると、続けて、「坊は、このあいだの学校の走り競べで

一等になったよの」 「はい、そうですけど」 「じゃあ、一つ頼まれてくれんか、
礼はするから」 「何ですか」 「これをな、町の北の外れの地蔵堂、
わかるかな。あそこまで届けてくれんか」 そう言って後ろに回してた手を前に

出すと、若鶏をかかえてたんだよ。ヒヨコではないけど、大人の鶏でもないやつ。
でね、地蔵堂には前にばあちゃんに連れられて行ったことがあるんだけど、
子どもの足だと1時間半くらいかかるんだ。けども、爺さんの声を聞いてるうち、
なんだか断っちゃいけないって気になって、「はい、やります」って、
その若鶏を受け取っちゃったんだ。そしたら爺さんは、俺の両まぶたの上を指で
すうっとなで、それから左手の指先を握ったんだよ。爺さんは、「これで、
土の中が見えるようになった。金の杯が見えたら潜って取れ、何かあったら投げろ。
銀の杯は坊にやる」そう言って、木の陰に引っ込み、

俺が回ってみたら、もういなくなってたんだ。で、俺はランドセル背負ったまま、
胸に鶏を抱えて町の外れのほうに歩いてったんだ。これなあ、今考えて変なのは、
かなりの道のりだったのに、その間、人一人、車一台にあってないことなんだ。
でね、とぼとぼ歩いてると、腕の中で鶏がゴッゴッ鳴いてねえ。
しばらく歩いてるうち、おかしなことに気がついた。アスファルトの道路なのに、
地面の中が透けて見えるんだよ。うーん、説明が難しいが、
透明なゼリーの上を歩いてるみたいな感じだった。で、いろんなものが見えた。
折れた刀とか、昔の本みたいなもの、すごく大きな仏像とか。で、30分くらい

進んだとき、土のかなり深いとこに、小さな金と銀の盃が並んで埋まってるのが

見えた。それで、右手に鶏をかかえたまま、左手で地面にさわったら、
ズブズブ潜ってってね。中は生暖かったし、プールの水より抵抗があった。

で、俺はあんまり泳げなかったけど、簡単に杯のあるところまでたどり着いて、
片手で2個の杯をさらって、また地面の上に出てきた。体は濡れてなかったな。
ココココッて鶏が鳴いた。また少し行くと、後ろで唸り声がして、
見ると白黒ぶちの犬が後をついてきてたんだ。「あ!」と少し足を速めると、
曲がり角ごとに別の犬が出てきて、どれも首輪とかついてなかった。
犬の数が10匹をこえたあたりで、俺は怖くなって走り出した。
でも、犬のほうが速いよな。尻に噛みつかれそうな近くまできたんで、
これも片手で、金の杯を後ろに投げたんだよ。そしたら、
ぱたりと気配が消え、犬の群れはいなくなってたんだ。やっと地蔵堂に着いて、
そこは小さな小屋で幕が張ってあり、中に地蔵さんが4つ並んでた。
その後ろから、爺さんが出てきたんだよ。

ああ、神社の爺さんとまったく同じ姿の。爺さんは「坊、よく持ってきて
くれたの。こっちへお寄こし」そう言って鶏を取ると、
「ああ、驚いてるな。顔が似てるからだろう。神社にいたのは弟だ」そこで、

町の音が聞こえてきた。バスが走る音や人の声も。それまで、まったく無音だった

んだな。俺は地蔵堂の前に立ってて、手に銀の杯があったんだよ。爺さんは

いなくなってた。それから歩いて家に戻ったが、かなり遅くなって叱られた。
母親に杯を見せて「拾った」って言うと、それ親父が骨董屋に持ってったんだよな。
で、底に昔の殿様の名前が彫ってあるのがわかって、今は県の文化財になってる。
親父に金が出たみたいで、後で家族で洋食を食いに行ったよ。
まあこんな話だ。ああ、その神社にはその後も何回も行ったし、
地蔵堂にも行った。けど、あの爺さんには1度も会ってないな。