えー今日はやや緊張気味でこの項を書いてます。
というのは、この時間までまったくネタを考えてないからで、
実況に近い状態の、ぶっつけ本番なわけです。
こういうときはまずシチュエーションを決めてしまいます。
何がいいでしょうか・・・なるべく調べなくても済む身近なもので・・・
そうだ、風呂、これでいきましょう。

ということで、風呂に関する怖い話をひととおり思い出してみます。
よくあるのは、目をつぶって髪を洗っているときに、
背中に手を回してリンスを取ろうとしたら、乾いた髪を握ってしまった・・・とか。
なぜ思い出すかというと、一つには人の話のマネにならないようにするためで、
もう一つは、風呂場での怖さにはどんなのがあるか再確認してみるんです。
何が怖いんでしょうねえ、うーん、ありきたりですが、時間もないので、
タイルのカビってことにしましょうか。これでお話を書きます。


カビ
ある会社の会計士をしています。この仕事、短期の出張が多いんです。
長くてひと月程度ですね。各支店を回って監査の対策をしたり、
経理業務の効率化をアドバイスしたり。
ですから、私のような女性って珍しいんですよね。
出張の間は、もちろんホテル暮らしなんて贅沢はできませんから、
短期契約で敷・礼金なしの、俗にいうマンスリーマンションです。
昔は壁が薄いとかいろいろいわれてましたが、今はだいぶよくなってます。
それで、そこは3月の初旬に入ったんですが、2週間の予定でした。
一部屋に簡単なキッチンと、バス・トイレ。家具付きですが、
どれもまだ新しく、清掃業者を入れてるのでキレイなものでした。
お風呂も、最初に見たときには何でもなかったと思ったんですが・・・

入居して2日目のことです。お風呂に入っていました。私はかなり長湯なほうで、
1時間は入ります。体を洗って、湯船に浸かっていたときのことです。
頭を蛇口と反対側の浴槽にもたせかけていたんですが、ちょうど顔のすぐ横の、
薄いブルーに白い目地のタイルが薄暗くなって見えたんです。
頭の影だと思ったんですが、指を伸ばしても影はできません。
おや、と触ってみましたらベトッとした感触。指先を見ると、
数mmほどの短い毛のようなのがたくさんついていました。
ええ、指先にヒゲが生えたみたいに。気持ち悪いと思い、
浴槽から出て手先を洗いました。それからあらためてタイルを見ると、
私が頭をもたせかけてた真横が、直径20cmばかりの円形に黒ずんでました。
「えー」と思いましたよ。入ったときはまったく気がつかなかったんです。

近づいてよく見ると、そこだけ全面に短いヒゲが生えたようになってて、
カビだ、と思いました。いったん上がってキッチンペーパーを取ってきて拭くと、
ひと拭きで取れたものの、紙がかなり黒ずみました。嫌だなあと、
タイルの他の場所も見たんですが、何でもなかったんです。そこだけ。
これ不思議ですよね。お風呂には最初の日も入ったので、
もしかしたら私の髪がそこに触れて、人の脂でカビが生えたのかなあ、
なんてことも考えたんです。でも、たった1日くらいのことでねえ。
それで、業者が清掃のときに拭き忘れたのかな、ってそう思うことにしました。
翌日、遅く帰ってきてお風呂に入る前に、タイル全体を確認しました。
何でもなかったので、昨日のはたまたまだったんだろう、
と考えることにしました。ところが、やはり湯船に浸かっていて横を見ると、

細かいカビが同じ場所にびっしり。「キャー」と叫んで、
まだ頭も体も洗ってなかったんですが、出てしまいました。それにしても、
私が入って数分のうちにカビが生えるなんてありえないですよね。
服を着ると、近くのコンビニに行って消毒液を買ってきました。
テイッシュをほとんど一箱空にしてそこのタイルを熱湯で拭いたら、
やっぱり細かなヒゲ・・・他の場所はやはりなんともなかったんです。
怖くなってきましたが、何か化学的な理由があるんだろうとも思いました。
それで次の日は、早めに社を出てドラックストアで「カビキラー」を買い、
丹念にタイル掃除をしたんです。そのときはカビは生えていませんでした。
それでも、その日お風呂に入るときには警戒して、いつもと反対、
蛇口のある側に頭が来るようにしたんです。

ええ、それでお湯に浸かりながら、タイルのその部分を見ていました。
1分、2分とカビは生えてきませんでした。「あたり前だよね」
なんとなく安心しましたら、ふっと眠気・・・ちょっと違うかもしれません。
私は経験ないですけど、首をしめられて気が遠くなるような・・・
そんな感覚があったんです。頭がゆらゆらと揺れてる感覚がかすかにあり、
ブクッと、口がお湯の中に沈んで気がつきました。「えええ!?」
立ち上がろうとしたとき、タイルに頬をこすりつけました。
ザラッ、「えっ、えっ!?」私は入ったときと体の向きが反対になってて、
あのカビのタイルに顔をこすりつけてしまったんです。
湯船を飛び出して鏡を見ると、右の頬にヒゲのようなカビがたくさんついてました。
「いやー」タオルで拭き取り、すぐゴミに捨てました。

それから、おそるおそる浴室の中を見たんですが、
やはりその部分だけタイルが黒くなっていて、私の頬でこすれたところも、
みるみるうちに同じカビで覆われていったんです。
しかもそのカビ全体の形が、うつ伏せになって浴槽の縁に頭の先をもたせかけてる、
短髪の人の頭に見えてきたんです。「これはダメ、こんなとこにはいられない」
そう考えましたが、あと10日程度のことですし、
支店に部屋を代えてくれと言うのはためらわれました。
それでネットで探して、バスで15分程度の健康ランドに行くことにしたんです。
部屋では寝るだけ。食事もすべて外食にしました。
その間、お風呂のドアはずっと閉めたままでした。残りの出張期間が過ぎ、
部屋を出る日に、不動産業者立ち合いで部屋の確認をしました。

そのとき不動産屋の方が、しばらくぶりでお風呂のドアを開けました。
「おや、お湯が残ってますね」不動産屋の方が言い、「えー、流したはずですけど」
そう答えてのぞいたら、あのカビの部分に人の後頭部がありました。
やはり短髪の男性で、体は見えなかったです。「いやー、頭、人の頭!」
「え、何です? どうかしましたか?」私が後ずさりしながら指差しても、
業者の方には見えてないようでした。「そこに人の頭が」 「ええ、どこですか?」
そうしてるうちに頭はぐるんと裏返り、真っ白になった両目で、
にやっと笑って消えた・・・そう思いました。「ああ、ここだけなんか
カビが生えてますね。清掃業者に言っときます」不動産屋の方はそう言いました。
今は自分の部屋に戻ってるんですが、カビのことが気になりまして、
お風呂は1時間以上掃除してから入るんです。人にはおかしく思われるかもしれません。


と、だいたい15分くらいで書き上げました。
これ主人公は女性ですが、お風呂の話なので、男だとあんまり
読む気はしないですよね。そういうことも考えて登場人物は決めてるんです。
この部屋はひんぱんに居住者が代わるタイプなので、
すぐ前でなくても、数代前に何かがあったのかもしれません。
自宅の風呂では難しい話なので、主人公は短期出張を繰り返す職種、
ということにしまして、最初はそのあたりの説明。

あと怖さの点に関しては、カビの生理的な恐怖を取り入れることにしまして、
短い毛のようなカビって気持ち悪いですよね。
さらにすぐ取れて、自分の体にくっついてくるようだとなおさら。
風呂場は清潔になるところなのに、汚れてしまうのは嫌です。
あと、そのカビが、風呂に浮いている人の頭にシンクロするような形で書き進め、
知らないうちに自分の体が逆を向いているシーンなども入れました。

どうでしょう、怖くなったでしょうか?