こんばんは。学習教材の会社に勤務してる三田といいます。
よろしくお願いします。今から話すのは、私が小学校4年生の
ときの遠足でのできごとなんです。小4といえば10歳前ですよね。
その頃って、現実と空想の境目があいまいだし、なにぶん
ずっと以前のことですから、記憶が改変されてしまって
いるのかもしれません。まず最初に、そのことをお断りしておきます。
ただですね、この話、後日談もあるんですよ。
ですから、ここのみなさんに、どういうことだったのかを
解釈してもらえたらと思いまして。・・・私が通ってたのは
ごく普通の公立小学校です。毎年、秋に遠足がありました。
1~3年のときは歩いていける近場。4年生がバスで2時間ほどの

フラワーパークに日帰り。5年生は市の自然の家に一泊。
6年はもちろん2泊の修学旅行です。どこもそんなもんですよね。
で、その4年生のときです。じつは、あんまり遠足には
行きたくなかったんです。まず一つは、乗り物のある遊園地とかなら
ともかく、行き先がフラワーパークですからね。
子どもが植物を見たって、あんまり面白くないですよね。
もう一つの理由は、バス酔いをしたことです。それまで、何度かしか
バスには乗ったことがなかったんですが、必ず酔って吐きました。
これね、子どもにとっては致命的ですよ。ゲロ男みたいな
あだ名がついたりして。私はクラスでいじめられているという
ことはなかったんですが、友だちが多い人気者ってわけでも

なかったので。でも、そのあたりのことは両親も承知してて、
遠足の前の日の午後、近所のクリニックに行って、酔止めの薬を
処方してもらったんです。病院の先生は、かなり強力な薬なので
事前にこれ飲んどけばまず大丈夫だろうって。でね、遠足の当日です。
学校に集合して、9時半にクラスごとにバスに乗りました。
遠足の事前準備として、学級でレクリエーション係が選ばれて、
その子たちがみんなでバスの中で歌う歌を決めたり、クイズを
やったりして、少しは気持ち悪くなったけど、吐くほどでは
なかったんです。私としては、薬が効いてよかったくらいに
思ってました。パークに着いたのが12時前で、食堂などは利用せず、
広場を借りて家から持ってきた弁当を食べたんです。

そのときには、気分の悪さはなくなっていました。それから芝生の
上でできるレクをやって、1時間ほどパーク内を見学して
それで終わりです。あとはバスで帰るだけ。フラワーパーク内は
広かったです。屋外には林と花壇があって、それとガラス張りの温室。
サボテンなんかの熱帯の植物がありました。見学はグループでは
なかったので、私は一番仲がよかった鈴木という子と回ってたんです。
温室内はけっこう面白かったです。見たこともない、不思議な形の
植物ばかりで。で、一番奥まで行ったとき、鈴木が「あ、あれ!」って、
植物の一つを指差したんです。「なんか人が立ってるみたいに見えね?」
それは特に奇妙な形をしてて、高さは1mくらい。直径3cmくらいの
幹が何本ももつれ合ってて、全体として人が立ってるようでした。

葉はなくて、そのかわり全体に、黄緑に薄いピンクが入った、
やわらかそうな突起がたくさん出てました。でね、それの名前札が
「ミタゲルム」になってて。いや、記憶違いじゃないと思うんですが。
鈴木が「これお前なんじゃね」って言いだしましたから。
ほら、私の名字が三田でしょう。「何言ってる、違うよ」
私はそう言って、その突起の一つにさわったんです。もちろん事前に
先生から、植物にさわってはいけませんと厳重に言われてたんですが、
鈴木の言ったことに腹を立ててたのかもしれません。
親指と人差指で突起をつまむと、ぷにという感触でしたが、
すぐに強い痛みを感じたんです。突起の中に棘が隠されてたんです。
「あ、痛て!」そこで意識が途切れたと思います。

こっからの話はすごくあいまいなんです。ふと気がつくと、
体がまったく動きませんでした。かといって倒れたりしてるわけじゃない。
立ってる感覚があるんです。目は霞がかかったようで、ぼんやりとしか
見えませんでした。でね、私の前を人が何人も通り過ぎていく。
私のクラスの子もいれば、他のクラスの子も。で、こんな声が
聞こえてきたんです。「これ、変わってるね。人が立ってるみたい」
「ミタゲルム・・・そう言えば、クラスの三田くんに似てるかも」
おわかりですよね。自分がその植物になってしまったみたいなんです。
でも、どうにもなりませんでした。前がぼんやり見えるだけで、
ピクリとも動けないし、声も出ない。・・・あの棘に刺されたせい
だろうかと考えてると、またふーっと意識が遠くなっていって。

ここからはますます変な話になります。白い台に寝てました。
今度は、全身がすごくだるいんだけど、まったく動けないわけじゃなくて、
自分の手を顔の上にもってったら、ちゃんと人間の手でした。
そのままぼうっとしてると、人が入ってきたんです。見ると、
白い看護婦さんの服を来てて・・・ 看護婦さんは私のほうにかがんで
何かを言ったんですが、意味はわかりませんでした。
でね、その顔が、日本人に見えなかったんです。色が真っ白で、
鼻が高く、帽子から出てる髪は金髪だったと思います。それと目が・・・
緑の瞳をしてて、私に顔を近づけたときよく見えたんですが、瞳の真ん中、
虹彩っていうんですか、それが金色で、猫の目みたいに縦に長くなってて。
その看護婦さん、ずっと私の顔をのぞき込んでたと思います。

どのくらい時間がたったか。またすーっと意識が途切れて。
次、気がついたときは、横にいたのは担任の先生だったんです。
気分がよくなってたので半身を起こし、「先生、ここどこですか?」
と聞いたら、「パークの救護室だよ」と言われました。「さっきの
看護婦さんは?」とさらに尋ねると、先生は変な顔をして首をふり、
「ここに看護婦さんはいないよ」って。鈴木といっしょに施設内を
回ってたとき 私が急に倒れ、パークの人が救護室に運んだ。
どこにも傷はないし、鈴木の話では頭も打ったりはしてないという
ことだが、家の人に連絡して迎えに来てもらうことになった。
もうすぐ到着するから、病院に連れてってもらえ。こんな話を
されたんです。他の生徒はもうバスで帰ってるみたいでした。

これでだいたい話は終わりです。その日は平日だったんですが、
パートに出てた母親が連絡を受け、早引けして車で迎えに来て
くれたんです。そのまま大きな病院を受診したんですが、
検査ではどこにも異常はなかったんです。倒れたのが温室でしたから、
熱気にあたったんじゃないかって話になりました。
で、家に戻り、夕食はあんまり食べられませんでした。それから
自分の部屋にいると、吐き気が強くなってトイレで吐いたんです。
便器には、胃液とともに、あの植物、ミタゲルムの突起が何十個も
出てきたんですよ。怖くなってすぐに流しちゃいましたけど。
それでね、ミタゲルムなんですが、当時、植物図鑑を見ても、
今、ネットで調べても、そういう植物ってないんですよ。

名前が変わったってわけじゃないだろうし。それと、いろんな画像を
見ても、あれに似たものもなかったんです。それ以後は特に
おかしなこともなかったので、だんだんにフラワーパークでのできごとは
忘れていったんですが、ちょうど1年後、もうすぐ5年生の宿泊研修が
あるあたりに、私の名前で郵便が来たんです。父親が「お前にだぞ」
って渡してよこしたんですが、封筒で、差出先はあのフラワーパーク
でした。中には手紙などはなく、小さなビニール袋に入った
種のようなもの。それで、あの一連のできごとを思い出し、怖くなって
その種はトイレに捨てたんです。翌年からは送られてきませんでしたね。
まあ、こんな話なんですが、あの看護婦さんはいったい・・・
あの種、もし植えてたら、ミタゲルムが生えてきたんでしょうか。

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