肩に乗る
当時ね、高校出て就職した缶詰工場が震災で倒産して、
しかたなく別の土地に行ってバイトしてたんです。ええ、警備員の。
でね、やってみればわかるけど、警備員の仕事って、楽なのと苦しいのじゃ
天と地ほどの違いがあるんです。一番つらいのが、工事現場の交通誘導ですね。
まず、ずっと立ち詰めで、時間内は休みなしでしょ。
しかも暑くても寒くても大変だし、トイレの問題もあります。
だから、警備会社から交通誘導って言われると憂鬱でね。
反対に、楽なのは倉庫とか、デパートとかああいう建物の夜間警備です。
2時間おきに決められたコースを回るだけで、それ以外の時間は、
スマホでゲームしてても、本読んでてもいいんですから。
まあ、自分はやったことないですけど、目覚まし時計を持ち込んで、

定時の見回り以外は寝てたっていいんです。わかりっこないし。
それに、夜間手当もつきますしね。だから、短期間だったけど、
その工事現場の夜警が割りふられたとき、ラッキーて思ったんです。
ええ、自分ひとりだけで、交代要員とかもなし。夜の7時に現場に入って、
朝の7時までの12時間勤務。14階建てのマンションができる予定で、
俺は1階のプレハブの中にいました。建物全体は養生シートに覆われてて、

出入り口は厳重でした。ほら、最近は物騒で、外国人が工事の資材を

盗みに入ってくることだって、ないわけじゃないですから。

でねえ、最初の2週間ほどは何もなかったですよ。
その頃には、昼夜逆転の生活にはもう慣れてました。
3週間目に入ってすぐ、事件が起きちゃったんです。

ええ、そのビルのできかけの最上階から飛び降り自殺したやつがいたんです。
まだ若い男で、外資系の商社員だってことしか俺には教えてもらえなかったです。
何事もなく朝になってね、俺が工事の現場監督に引き継ぎをしてから、
養生シートの内部で自殺者が見つかったってわけです。
ほら、まだあちこち鉄骨とかがむき出しですから、落ちながらそれに
次々ぶつかって、遺体は原型をとどめてなかったそうです。
で、当然ながら警備会社の責任問題になりまして。
俺はずいぶんいろいろ聞かれたんです。でも、夜間に出入り口から入ったことは
絶対ないって言い張りました。だから、昼のうちに現場に入って、
夜になるまでどっかにずっと隠れてたんだろうって。工事現場ですから、
隠れようと思えば場所はいろいろあります。あとね、俺が定時の見回りを

ちゃんとやってたかどうかも、かなりしつこく聞かれました。
もちろんやってたし、何の異常もなかったです。でね、自殺があってから、
2日後、あっさりその問題は終わっちゃったんです。
警備会社の上司に「あれ、建設会社やビルのオーナーと話がついたから」って。
で、俺が「やっぱずっと隠れてたんですよね」って言うと、
上司は少し考えてましたが、「お前もこの業界にこれからもいるんだから、
知ってたほうがいいだろう」そう言って、一室に連れてかれたんです。
「これな、あの工事中のビルの階ごとについてる監視カメラだ。
お前が見回りするとこも映ってる」その映像を見せてもらって絶句しました。
画質はよくなかったですが、2時間ごとに懐中電灯持って見回りする俺が
映ってました。でね、午前2時の見回りのときの映像です。

8階のカメラの前を俺が通っていくんですけど、縦に長いんですよ。「ええ!? 

これ・・・」よく見ると、曲芸みたいに俺の肩の上に人が立ってたんです。
「どうだ、覚えがあるか?」 「あるわけないですよ、何ですかこれ?」
「ほら、お前の上に立ってるやつの顔、なんとか判別できるだろ。
警察が入って確認したけど、自殺した商社のやつだよ」

「・・・ありえないスよ、これ、生きてるものなんですか、

死んでるものなんですか?」 「わからん。まあなあ、この業界に長くいると、

不思議なことは特に珍しくもない。ただ、これ見ちまって、
お前、明日からもこの現場続けるか?」少し考えて、「続けます」って言いました。
その後は工期が終わるまで何もなかったです。ただほら、そいつが落ちた場所、
そこが簡単な祭壇になってお供えもあったんで、毎日お参りはしてましたよ。

バスに乗る
これ、俺が子どもの頃の話なんだけどね。すごい田舎に住んでたわけ。
山の中でね。もちろん都会にあるようなものは何もなかったけど、
子どもにしたら楽しい場所だった。水遊び、山菜採り、キノコ採り、
クワガタなんかも大きいのがたくさんいてね。
駆け回って遊んでたもんだ。で、あれは秋のことだったな。
道に落葉がたくさん積もってたのを覚えてるから。
村役場の前を通る村で一番広い道路、そこを街へ行くバスが通るんだ。
2時間に一本くらい。でも、乗る人は少なかったな。
みんなどこの家も車を持ってたから。でないと生活が成り立たない。
バスに乗るのは、街の病院に通う年寄りがほとんどだった。
けど、俺はそのバスに一度乗ってみたいなあって、いつも思ってたんだ。

でね、その秋の夕方だよ。俺が遊び疲れて家に戻る途中、
バスが誰もいない停留所にすーっと停まってね。「あ、乗ろうか」って思った。
小遣いは持ってたし、停留所ひとつ分だけでも乗ってみようかって。
で、バス停まで走ったんだ。ただね、今考えると変なのは、
乗る人も降りる人もいないのに、バスがずっと停車してたこと。

でね、バスを見上げると、真っ黒な窓に婆ちゃんの顔が見えてね。うちにいる

はずの婆ちゃんがバスに乗ってる。しかも婆ちゃんはすごく固い顔をしてて、

俺に向かって首を振るんだよ。で、バスのドアが開いて、俺がステップに

足を乗せようかどうか迷ってるとき、バスはふっと消えちゃったんだよ。

足でなんか柔らかいものを踏んだ感触があった。「ん!?」
持ち上げてみると、かなり大きな山ビルがつぶれてて、

しかもそのヒル、何かの獣の血を吸ったばかりらしく、地面が赤くなってた。
「うえ~」足の裏を何度も落葉でこすって、それから家に戻ったんだ。
そりゃ、バスが消えたのは不思議だったけど、まだ子どもだったからな。
家に入ると、父親はまだ仕事の時間だったが、いるはずの爺ちゃんも婆ちゃんも、
母親も誰も姿が見えない。弟が一人でテレビを見てて、

「兄ちゃん、俺がもどったときから誰もいねえよ」って言った。

それから1時間くらいして、父親が車で来て、俺と弟を乗せて街の病院へ

連れてった。病室に家族と、あと親戚が何人か病室に集まってて、

婆ちゃんが体中に管をつけて寝てたんだよ。風呂を焚いてる途中で倒れて、
救急搬送されたってことだった。婆ちゃんは意識が戻らないまま、
朝方に亡くなってね。いや、バスのことは誰にも言わなかったよ。

タクシーに乗る
会社の飲み会があって、それから2次会、3次会と回って終電を逃してしまった。
しかたなくタクシーで帰ることにして、駅前の乗り場に並んでたんだよ。

これ、けっこうな出費になるんだ。むしろ、帰らないでサウナとかに

泊まったほうが安いくらい。でも疲れてたし、家で寝たいから。で、

タクシー乗り場はいつも長い行列なんだ。俺みたいなやつがけっこういるんだな。

30分くらい待って、タクシーに乗り込んで行き先を告げた。
運ちゃんは陽気そうな人でね、すぐに話しかけてきて、

「私らの業界も新規参入で、素人みたいな運転手が増えちゃって」

みたいな話になった。「お客さんの一つ前に並んでたの、あれ幽霊ですよ」

「!?」どんな人が前にいたっけ。たしか女だった。
赤いコートを着てて、背が低かったような。とにかくコートの色は覚えてた。

「運転手はわからないんだろうねえ、幽霊だって。今ごろ、ぬかよろこび

してるだろ」 「喜んでるわけ?」 「ええそう、幽霊は○○空港とか、長距離を

言うんですよ。でもね、今の時間、空港がやってるわけないじゃないですか」
「うーん、それはそうだけど、よくある話みたいに消えちゃう?」
「ええ、そうです。だから時間もムダになりますしねえ」
「・・・でもねえ、順番に並んでるわけだから、幽霊を避けるってできないんじゃ」
「いや、これも経験なんです」運ちゃんはそう言うと、無線の下を片手でごそごそ

探って、大きな板状のものを俺に見せたんだよ。「これね、特別なお守りです。
会社で一括していただいたものでね。これがあれば、幽霊のほうで避けてくれます。
うちの会社は、新人運転手には幽霊対策の研修もちゃんとやってますから。

そこらへんがご新規さんとの違いで」そんなことを言ったんだよ。