今回はこういうお題でいきます。さて、巡礼とはwikiによれば、
「日常的な生活空間を一時的に離れて、宗教の聖地や聖域に参詣し、
聖なるものにより接近しようとする宗教的行動のこと」とあります。
つまり、巡礼は日本だけではなく各国、各宗教にあるんですが、

本項では主に日本における巡礼について書いていきたいと思います。
日本では中世以前から、お伊勢参りや富士講、熊野詣など、電車も
飛行機も車もなかった時代に、何十日もかけて歩いて聖地を目指しました。

これは宗教的な情熱によることも大きかったんですが、現世、来世での
さまざまな御利益を求めるという面もあったんです。
巡礼は仏教でも神道でもありましたが、仏教のほうがはっきり歴史が
わかっているので、それを記したいと思います。

 



日本の仏教における巡礼の記錄としては、日本最古とされるのが、
関西7府県にまたがる「西国三十三ヶ所」の巡礼です。
奈良時代の718年、長谷寺の徳道上人が完成させました。

徳道上人は病の床の夢で閻魔大王と会い、「巡礼を勧めよ」と命じられて
起請文と33の法印を授かります。そして徳道上人は33の霊場を
開いたんですが、その発想は時代的に早かったようで、

民衆には広まらず、後に第65代花山天皇の時代に約300年ぶりに
再開されました。初めは巡礼に出るのは、仏教修行者や皇族、貴族
だけだったんですが、やがて民衆にも広まり、

御師(特定の社寺に所属して、その社寺へ参詣者、信者の為に祈祷、
案内をする人)の存在もあいまって、盛んになっていきました。
もちろんこれには、庶民の所得が向上したこと。
街道が整備されたことも関係しています。

 

御師



やがて、真言宗の空海の入定後、修行僧らが空海の足跡をたどって
遍歴の旅を始めました。時代が経つにつれ、空海ゆかりの地に加え、
修験道の修行地や足摺岬のような補陀洛渡海の出発点となった
地などが加わり、

四国全体を「修行の場」とみなすような修行を、修行僧や修験者が
実行しました。こうして密教の修行僧などによって修行として巡礼
が行われていましたが、室町時代にこれが庶民にも広がったと
いわれています。四国巡礼者は特にお遍路と呼ばれることが多いですね。

四国八十八箇所は単に88の寺院の総称ということだけでなく、
室町時代以降に定められたとみられる88の寺院と急峻な山や深き谷を巡り、
その間にある仏堂を残らず巡る488里の修行のことです。

 

弘法大師空海



お遍路といえば、思い出されるのが元総理の菅直人氏の事例ですね。
菅氏は旧民主党時代の総理だったんですが、それ以前、年金未納問題が
発覚したときに国会の場で、小泉内閣の閣僚3人を「未納三兄弟」と
呼んで揶揄したものの、

自身の未納も発覚し、菅氏は自己を見つめ直したいという意図から
「お遍路さん」スタイルで四国八十八カ所巡りを実行しました。
このような形でもお遍路は行われるんですね。

さて、巡礼をめぐるオカルトといえば、なんといっても映画『死国』でしょう。
坂東眞砂子氏の小説を原作として、栗山千明さんが主演しましたが、
この中で、「逆打ち」ということが話題になりました。

 



逆打ちとは、四国巡礼の経路を逆向きに、死者の歳と同じだけ行うと、
黄泉の国の結界が破られ、死者が復活して、四国全体が死者の楽園に
なってしまうというものでした。

さてさて、巡礼は純粋な宗教心からやっておられる方も多いんですが、
観光と結びついている面も否定できません。また、昨今流行っている
パワースポット巡りが巡礼と呼べるものかも難しいところがあると
思います。ただ何ヶ所かの聖地を車で巡った程度で、パワーが回復する
とは思えないですね。では、今回はこのへんで。