今回はこういうお題でいきます。何のジャンルに入るのか
難しいですが、いちおう「怖い日本史」にしておきます。さて、
みなさんはお気づきになられたと思いますが、狐と密造酒、
どちらも宮沢賢治の作品に出てきます。『雪渡り』は大正10年に
発表された童話で、生涯に賢治が唯一の原稿料を手にした作品。

狐の幻燈会に招待された子どもたちと子狐たちの交流を
描いた内容です。雪渡りは、積もった雪が低温で固くなり、
どこまでも歩いて渡れる状態のこと。雪の降り積もった日、
四郎とかん子の兄妹が野原に遊びにいき、森で狐をからかう
歌を歌っていると、ほんとうに狐がやってくる。



狐の紺三郎が二人に黍団子をすすめるが、かん子がつい、
狐の団子は兎のくそと失言する。それを聞いた紺三郎は
気を悪くし、嘘つきは人間の大人のほうであると主張して、
それを説明するための幻燈会に二人を招待する。
幻燈会はスライドを使った今の映画会のようなもので、

学校の行事としてあったようです。スクリーンに
「お酒のむべからず」と字が映し出され、村人2人が酔って
野原で変な物を食べている2枚の証拠写真が映し出される。
それから幻燈会が中休みになり、かわいい狐の女の子が
黍団子を二人の前に持ってくる。



2人は団子を食べるのをためらい、また気まずい雰囲気となるが、
四郎は紺三郎がだますはずがないと結論し、2人は団子を
平らげる。団子はおいしく、狐たちは信用してもらえた事に
感激し、狐の生徒はどんなときでも嘘はつかず、盗まないという
歌を歌って聞かせてくれる・・・こんなお話でした。

いっぽう、『税務署長の冒険』は宮沢賢治の作品の中では異色で、
中編に近い長さがあり、内容も童話とは言いにくいものです。
賢治が大正12年頃に書いたものとみられており、
サスペンスタッチが取り入れられていて、



村ぐるみで酒の密造を行う村人たちと、それを摘発しようとする
税務署長の攻防が描かれます。長くなるので筋は書きませんが、
賢治の作品は著作権が切れており、ネットの青空文庫などで
ほとんど読めるので、興味を持たれた方は探してみてください。

で、この作品、最初は完全なフィクションとみられていたんですが、
研究家により、1923年(大正12年)に、岩手県湯田村
(現 西和賀町)で濁密の取り締まりにあたっていた花巻税務署の
税務属が、住民に半殺しに会う事件が起きていたことがわかります。
賢治の作品は、この事件をタイムリーに反映したものだったんです。

摘発された密造酒
キャプチャddd

当時の密造酒は、どぶろくを自家用につくるくらいは見逃されて
いましたが、さすがに村ぐるみで清酒の製造まで行っては
摘発の対象になります。1875年(明治8年)に日本初の
近代的な酒税法が策定された後、酒税法の整備にともなって、
自家製像酒に対する制限が強化されるようになっていきます。

ただ、密造酒摘発は警察ではなく税務署の仕事とされ、日本各地で
農民の抵抗は大きく、あちこちで税務署員が殉職・遭難するなどの
トラブルが起きています。賢治が書いた花巻の事件も、
そんな中の一つだったわけですね。

現在は制限がゆるくなったドブロク
キャプチャsd

さて、狐や狸が人を化かすという話がありますね。奈良時代ころから
文献に出てきますので、古くからそう信じられていたのは確かですが、
明治になって「村人は狐や狸によく化かされるのに、政府のお雇いで
来た外国人は化かされることがなかった」と言われました。

これ、どういうことなんでしょうか。自分は、上記した密造酒と
関係があるものと見ています。明治時代に日本に来た外国人は
クラーク博士のような指導的な立場の人で、一定の知識技術と
教養を持っていました。まして発展途上中の異国の地で、
酒を勧められても、泥酔するようなことはなかったでしょう。



これに対し、村人が密造酒を飲んで酔っ払う、それでふらふらと
村内をさまよって肥溜に落ちたり、山中に迷い込んでいったりする。
また、団子と思って馬糞を食べてしまう。しかし、密造酒で酔った
とは言えず、狐や狸に化かされたとする。

それで八方が丸く収まるわけです。自分の考えでは、酒類の製造が
自由だった明治以前はともかく、酒税法公布以降は、
酒を飲んでの失態が、狐や狸のせいにされたという側面が大きかった。
賢治も、もちろんそのことは知っていたわけです。

キャプチャddddf

ですから、『雪渡り』と『税務署長の冒険』にはつながりがあります。
『雪渡り』の中で、狐の幻燈会で「お酒のむべからず」が
映されるのは、おそらく賢治の皮肉なんでしょう。その後、密造酒の
実際の事件が起き、それをテーマに『税務署長の冒険』が書かれた。

さてさて、ということで、昔から化かすという言い伝えがあった
狐と狸が、村人が泥酔して起こす珍事件の隠れ蓑にされていたと
考えることができそうですよね。賢治は、密造酒にというより、
狐のせいにされているのが不満だったんでしょう。
では、今回はこのへんで。