3年前、大学4年のときにバイトしてたんです。はい、ネット神社の。
これがどういうものかというと、あるホームページを開くと、
そこに3Dの神社があったんです。参道から社殿、神社の杜も、
カーソルを動かして進んでいくことができるようになってて。
実写とCGをまぜたものです。よくできてましたよ。
私は、もう一人の人と2人でそこの巫女をやってたんです。
もちろん私たちの写真が使われているわけじゃなく、
巫女さんはアニメのキャラでしたし、声も私たちのじゃなかったですけど。
実際の仕事は、御守などのグッズの販売、
申し込まれた宛先に、振り込みを確認してから送ることでしたが、
それ以外に御祈祷というのもあったんです。

これは、そこの社が入ってるビルの階の一角に、
大きくはないですがけっこう本格的な祭壇がしつらえてあって、そこで

神主役の方・・・本職かどうかはわからなかったんですが、が御幣を振り、
その前で私たちが巫女姿で座っている後姿の写真をお客様にお送りします。
それで、実際に御祈祷をしたという証拠にするんです。
この写真は使いまわしではなく、毎回新しく撮ってましたよ。
祭壇にお客様が願いを書いた手紙を、きちんと捧げているところも写しました。
そうですね、御守や開運グッズは恋愛関係の御利益をうたってましたから、
毎日かなりの数量が出てましたけど、
御祈祷をされる方は1日に数人というところでしたね。
それでも、ずっとビル内では巫女の恰好で仕事してました。

話が下手なので、どっから説明していいのかよくわからないんですけど、
仕事の内容はこんな感じでした。最初は社長がついて

あれこれ教えてくれたんです。ええと、採用は前にこのバイトをやっていた

学校の先輩に紹介されてです。採用の面接もちゃんとありましたよ。

社長が出てきて10分ばかり話しました。
社長は女性です。年はですねえ・・・よくわからなかったですね。
たぶん30代か40代の始めくらいだと思うんですが、
色白というより、真っ白に近い顔色で、しかもしわがまったく

なかったですから。でも、ネット関係はすごく詳しかったし、
神社のこともよく知っていました。あと服装が変わってましたね。
巫女さんとも神職とも違う紫色の着物を着てましたが、
普通の和服とも違ってて、なんというか、乙姫様みたいでした。

面接のときには、私のひいおばあさんが沖縄でユタをやってたことも

話しました。先輩から、そうしたほうがいいと言われてましたので。
でも、私には霊感とかそういう能力ってぜんぜんないんです。
ひいおばあちゃんの話は本当ですけど、
私が生まれたときにはとうに亡くなってましたし、
父が若いころに東京に出てきてましたから。
バイト料ですか? よかったですよ。昼の1時から5時までで、土日休み。
それで週に6万でした。もっとも、御祈祷は元手ゼロに近いものですし、
御守グッズ類にしても原価はしれたものです。
でも、返品はOKでしたけどほとんどなかったし、

苦情もまず来ませんでした。え、ネット神社の御祭神ですか?

それが今だによくわからないんです。祭壇に書かれてるお名前が、
恥ずかしいですが漢字が読めなかったんです。
社長になんと読むか聞いたこともあって、そのとき、
難しい名前をぺらぺら言われたんですが、
日本語じゃない感じでおぼえられなかったんです。
社長ですか? ほぼ毎日来られてたと思いますが、夕方が多かったです。
というのは、そこの社は俗にペンシルビルといわれる細長いビルの
5階、6階を占めてたんですけど、私たちの上の6階にいることが

多かったんです。ええ、そっちは主に夜に活動していました。
これは後になってわかったことですけど、
呪い代行というのをやってたんです。御存知ですか?

・・・そうですか。あんまり口に出したくないことなんで助かります。
ええ、今はどちらもやっていません。あの事件があってやめちゃったんです。
私と同僚の、もう一人はN彩という子で、私より前から

このバイトをしていて、学生でも社会人でもないようでしたね。
けっこう仲はよかったんです。ただ、いちおう巫女の恰好をして

働いてるわけだし、仕事中はほとんど私語をすることはなかったんです。
それにN彩は車を持ってて、終わるとすぐに帰っちゃいましたし。
あと、携帯のやりとりなんかもなかったです。
これは社のほうから言い渡されていました。ええ、バイトの巫女同士が、
私的に連絡を取り合うことがないようにという業務規約があったんです。
でも、こんなことを聞いてます。N彩は四国のある村出身で、
家が代々、民間の陰陽師のようなことをやっていたんだそうです。

N彩はそこの4女ということで、家業からは解放され、
東京に出て自由に過ごすことを許されてたみたいなんです。
ええ、その家業が、ネット神社に採用された理由だろうとも言ってました。
気持ちのいい子でしたよ。それがあんなことになるなんて。
ええ、はい、その顛末を今からお話しするんですが、
私にはわからないことがたくさんあるんです。
N彩は上の階のほうに引き抜かれていきましたから。
あるときですね。私たちがパソコンに向かって仕事してると、
珍しく社長が入ってこられたんです。
立ち上がってあいさつしようとしたら「そのまま、そのまま、続けてて」
社長はそうおっしゃって私たちの背後に回りました。

「あなたたち、だいぶ仕事を呑みこんできたみたいね。売り上げも

あがってるから、来週はボーナスを出すわよ」
そう言いながら私たち一人一人の肩を揉むような仕草をしました。
それでN彩の肩を触ったとき「あれあれ」と声を出されたんです。
横を見ると、社長の手に一匹、大きな芋虫みたいなのが握られていたんです。
そうですね、大きさは10cm以上ありました。
太さも女性の親指より太かったと思いますが、
気持ち悪いということはなかったんです。色が白く、

半透明で透きとおってて、超大粒の真珠をつらねたみたいに見えました。
あと、変なたとえですが、あんこも何もかかっていない、白いお団子

みたいな感じもあったんです。団子の餅を6つくらいくっつけたような。

 

でも、間違いなく生きているものでした。
自分でくにゃくにゃ上下に動いてましたから。
社長は、事もなげにそれを顔の前に持っていくと、
大きく口を開けてぱくっと飲み込んでしまったんです。
N彩は気がついていないようでした。それで社長は、私のほうを向くと、
口をくちゃくちゃ動かしながら、唇の前に指をあてて、
「しーっ」というポーズをしたんです。後になってN彩がいないときに、
社長が近寄ってきて「さっきの虫、見えたんだよね。あれ、まが虫っていうの。
Nちゃんには内緒。でも、あれが見えたというのは、あなたも

かなりの力があるのね。上を手伝ってもらうことになるかもしれない。
上のお給料はここの3倍以上よ」 こんなことを言われました。

翌日から、N彩の姿はなく、社長から上の階の仕事に回ったと知らされました。
その後の1週間は仕事を一人でこなして、てんてこまいの忙しさでした。
翌週から新しいバイトの子がきたんですけど。
ですから、N彩のことを考えてるヒマもなかったんです。
それに、時間帯が違うとしても同じビルで働いてるわけだし、
そのうち会えるだろうって・・・
4週間後のことです。家にいた私の携帯にメールが入ったんですが、
こんな内容でした。
「今のバイト ヤバいからすぐやめなよ 心が壊れて虫だらけになっちゃう
わたしはもうダメ ボロボロ 実家に復讐してもらう
今日の昼12時にネット神社のビルの前に来て N彩」

10分もたたずに返信したんですがそのときには、
アドレスを変えたのか通じなくなってたんです。
気になったので翌日、12時少し前にビルの前に行きました。
特に変わった様子もないと思ったんですが・・・
しばらく待っても何も起こらず、N彩の姿も見えず、
時間が少し早いけどビルに入ろうかと思った矢先でした。
ズダーンという爆発のような音がしました。そっちを見ると、N彩が

うつ伏せに倒れていました。着ていたTシャツが下着とともに脱げかかり、
両手がありえない方向に曲がって、奇妙な踊りを踊っているようでした。
じわじわと、うつ伏せのN彩の顔の下から、
真っ赤な血がアスファルトに広がり始めました。

私は動くこともできず、呆然と見ているだけでしたが、
他の通行人から叫び声があがり、私もそっちに駆けよっていったんです。
N彩はピクリとも動きませんでしたが、そのかわりというか・・・
体の下から、前に見たあの白い虫が何匹も何匹も這い出してきたんです。
それらは、おびただしく流れる血に染まることもなく、
かなりの速さで道路のあちこちに散らばっていきました。
・・・たぶん集まってきた野次馬には見えなかったんだと思います。
誰も騒ぐ人はいませんでした。やがて救急車のサイレンの音が聞こえてきて・・・
N彩が運び出されたときには1時を回っていました。
救急隊の人が「どなたか、この方のお知り合いはいませんか?」と叫んだとき、
名乗り出ることができなかったんです・・・何もかもが怖くて。

仕事の開始時間が過ぎていることに気がついて、ビルに向かったんですが、
入り口が固く閉ざされていて、そのときは警察が入っていくこともなかったんです。
N彩は、隣のもっと高いビルの屋上から飛び降りたようでした。
半泣きになって震えている私の携帯にメールが入りました。
見るとネット神社からで、
「当神社は当分の間閉鎖いたします これまでお勤めご苦労様でした
報酬は6か月分を指定口座に振り込みいたします」
これで、私とネット神社の関係はいっさい切れることになりました。
向こうから連絡はありませんし、こちらからも連絡していません。
ネットのホームページも翌日には削除されていたんです。
N彩の飛び降りのことは新聞でもテレビでも報道はありませんでした。

でも、あれで生きているはずはありません。
きっと誰か、ネット神社の関係者が手を回したんじゃないでしょうか。
これで話はほとんど終わりですが、いくつか後日談があります。
一つは社長と会ったことです。というか、姿を見たと言えばいいか。
話はしませんでしたから。N彩のことがあってから、
私はあちこちの神社にお参りするようになりました。
もちろん本物の神社です。広い参道で神気を受けていると、
体に溜まった悪いものが抜けていくような気がしました。
そのうちの一つの御社で、遠くから社長の姿を見かけたんです。
黒の洋装でしたが、間違いなく社長でした。
でも歩き方が、老婆のように腰が曲がってよろよろしていました。

杖もついていて、数十mを歩くのに何分もかかるありさまだったんです。
近くまで寄っていったんですが、あの真っ白だった社長の顔が、
しわだらけになり、色も干物のように変わっていて・・・
とても話ができる状態じゃなかったんです。
社長は杖にすがりつくようにして、社務所に入っていきました。
もう一つ、これはN彩の飛び降りから1年後のことです。
私のアパートに、一通の封書が来たんです。
それには達筆の筆で書かれた二つ折りの半紙が入っていました。
そこにただ一行、こう書かれていたんです。
「あの神社の関係者は残らず滅びた 貴女だけは許す」
消印は、N彩の実家のある四国の某地になっていました。