あ、山本っていいます。仕事は塗装業です。家の屋根や外壁、塀なんかを
塗る仕事ですね。いや、もともと給料が安いし、しかも最近、家を
建てる人が少なくなってたいへんですよ。それで・・・俺、
ちょっと変わった趣味があるんですよ。ゲテモノ食いです。ゲテモノ
食いってわかりますか? 普通の人ならまず食べないようなものを
食べるんです。これまでにタガメも食べたし、あとサソリとか、カブトの
幼虫とか、外国産のゴキブリとか。いやいや、顔をしかめないでくださいよ。
どれも煮たり焼いたりちゃんと調理したやつですし、味も美味しいんです。
サソリのフライなんて、エビとかと同んなじ味がするし。
それに衛生的なんです。ゴキブリってみんな汚いとか、菌を持ってるとか
言いますけど、それって汚いとこで生活してるからで、生まれつき菌や

毒を持ってるわけじゃないんです。卵から無菌状態で
育てて、しかも餌を工夫して、例えば桃の果実で育てたやつなんか、
なんともいえない上品な味がするんですよ。はい、この趣味って
けっこう奥深いんです。それで、インターネットで同じ趣味を持つ仲間を
見つけて、会を作ったんです。名前は「ゲテモノ食の会」・・・
まあ、そのまんまなんですけど。でね、会では月に一度集まりを開いてて、
そこでいっしょにゲテモノを食べるんです。でね、この間、岩野さんって
人が幹事で例会があったんです。ああ、この人は俺より10歳くらい年上で
ベンチャー企業をやってるんです。で、ゲテモノ食の世界も年季が入ってて
いろんなことに詳しいんですよ。会では、集まりの1週間くらい前に
その回のメニューが送られてくるんですが、それ、「海鮮雑炊」に
なってたんです。それ見て「あれっ?」と思いました。だって海鮮雑炊

なんて珍しくもなんともないじゃないですか。
でも、海鮮たっていろいろあるし、多分変わった材料が使われてるんだろう
って。オニイソメとかウミケムシとか。オニイソメって知ってますか?
ゴカイのでかいやつで、2mにもなるんですよ。楽しみにしてました。
で、会の当日。指定された店に集まったんです。場所はちょっと言えないけど、
下町のガード下のあんまり人がいない場所でした。まあ、さすがに
この趣味の人はかぎられてるんで、そんなに儲からないんだろと思ってました。
で、店は屋台じゃなく、けっこうちゃんとした作りでした。一見して
ふつうの小料理屋みたいでしたね。俺たちの会は10数人いますから、
その日は店は貸し切りでした。店主はまあ普通の人に見えましたね。
すごい太ってましたけど。体重は120kgくらいあったんじゃないかな。

食事が始まって、まずお通しが出ましたけど、やっぱりゲテモノ食屋らしい
ものでした。アニサキスの味噌和えとか出ましたね。アニサキスって知って
ますか? イカなんかの魚介類の寄生虫で、人間が食べると胃壁に
噛みついたりして、救急車を呼ばなきゃいけない事態になったりするんです。
まあそれも、生きたまま食ったときの話で、死んで調理されているやつ
だったら何も問題ないわけです。で、コースが進んで、南米産タランチュラの
甲羅焼きなんかが出ました。いや、おいしかったですよ。越前ガニ以上の
深い味わいがあったんです。ただ・・・メインのはずだった海鮮雑炊では
拍子抜けしました。エビ、カニ、貝類とか、普通の材料しか使われてなかった
からです。いや、もちろん味は美味しかったですけど、ゲテモノ食の会と
してはガッカリじゃないですすか。だから2つ離れた席にいる岩野さんに

そっと質問したんです。「これって、ふつうの料理じゃないすか?」って。
そしたら岩野さんは「そう思うだろう。だけどこの材料、どこでも滅多に
手に入るもんじゃない。もう2~3日すれば俺が何を言ってるか
わかるだろう」こう言われたんです。どういうことかわかりませんでした。
だって数日後にわかることって何だろうって思いますよね。まさか
それまで下痢が止まらないとかなんだろうか? 考えてもよくは
わからなかったです。その日はそれで解散になり、俺は日常のツマラない
仕事に戻ったんですが、やはり不満は残りましたね。でね、俺、
荻窪のほうの古いアパートに住んでるんです。あ、住所言っちゃった。
まあ、大丈夫ですよね。家賃は月6万円で、ちゃんと部屋に風呂、トイレも
あるんです。都内としては格安だけど、どのくらい古いかが

わかるでしょう。それで、その夜俺はくたくたで仕事から戻ってきまして、
部屋で焼酎のお湯割りとか飲んでたんです。いや、つまみは普通のやつ
です。ゲテモノ食って金がかかるんで、普段食べるのは無理ですよ。
でね、ちゃぶ台のとこでうとうっとしちゃったんです。だからひとまず
酒盛りは切り上げて、せんべい布団にもぐり込みました。その寝入りばな
ですね、なんだかザーンという音が響いてきたんです。耳で聞いたって
いうより、頭の中に入り込んできた感じでしたね。その音は規則正しく
くり返し、いつしか俺、海の近くの草地に寝転んでるような気になって
きたんです。そのうち、潮のにおいも感じられるようになって・・・
においつきの夢なんて珍しいなとも少し考えた気がしますが、けど、
そのにおい、突然強烈な腐臭に切り替わったんです。

で、俺は立ち上がって岩浜の突端まで出て、波しぶきの下、腐臭のひどい
とこを覗き込んだんです。そしたら・・・何があったと思いますか。
ステンレスに見える光沢のあるカゴです。いや、カゴっていうか
猛獣の檻くらいありました。そっから強烈ににおいが漂ってくる。でね、
目を凝らしてよく見ると、水面下2mほどのとこに沈んでるカゴの
中には、折り重なるようになった数体の人の体が」あったんです。
「うわ!」と思いました。いや、服は着てなかったけど、男女はわからな
かったです。そんくらいどれも傷んでました。骨がむき出しのとこも
あったし・・・何だこれは! そう思って膝で後じさりし広いとこに出た
ところで目が覚めました。ああ、夢だったのか、よかった。・・・けど、
自分の体は布団の中にいて寝てるのに、腐臭がますます強くなった気が
 
したんです。それでおそるおそる目を開けると・・・上から俺の顔を
見下ろしてるやつがいたんですが、そいつはさっきの夢でカゴの中に
いたのと同じで、青黒い皮膚でどろどろに腐ってたんです。
両方の目玉はなくなってるみたいで、空の眼窩が黒ぐろとした穴に
なってました。でね、その穴から、ぶわっと何匹ものフナムシが這い出て
きたんです。「うわーっ!!」思わず絶叫してしまいました。大きく口を
開けて叫んでいると、さすがに異変を感じたのか、他の部屋の住人が
ドンドン扉を叩いてくれたんです。それでなんとか我に返ると、
もう腐臭はどこにもなくて、腐った人間もいなくなっていたんです。
・・・その日はもう夜中だったので、翌日の昼休みに岩野さんに連絡を
取ったんです。幸いすぐに出てくれたので、

昨晩の体験を話しました。「・・・ということなんです。そりゃ怖かった
ですよ。あれっていったい何なんです。あの海鮮料理と関係があるんですか?
岩野さんは驚いた様子もなく「ああ、やっぱり来たか? あれは海鮮雑炊の
材料を養殖するための餌だ。お前があの日食ったエビやカニ、シャコは
人間の死体を食べて育ったんだよ」「ええ、あの死体、雑炊のために
殺人を犯したんですか?」「まさか、そんなこと足がついたら大事だろ。
そうじゃなく、富士樹海ってあるだろ、青木ヶ原とかの」
「ああ、自殺者が多いっていう」「そう。青木ヶ原は有名だが、樹海は
その周辺にいくらでもある。自殺者ってのは、自分の遺体を見つけられたく
ない場合も多いから、ずっと奥まで入り込んで首を吊るケースは少なく
ないし、そういう遺体はまず見つけられない。

そういうのを回収する専門の業者と契約を結んでるんだ。で、回収した
遺体は海まで運んで檻に入れて沈める。するといい具合にエビや貝が
ひっついてくれるから、それを採って雑炊に使うんだ。さすがに人の
肉を直接喰うわけにはいかんから、こんな方法をとってるんだよ」
「それって犯罪じゃないですか?」「まあそうだ。法には触れるが
せいぜい死体損壊罪程度だろう。まあ、微罪っちゃ微罪だわな。
それに、あの雑炊を食べたやつには、2人にひとりくらいの割で幽霊が
ついてくるんだ。お前が見たのはそれだよ」「うええ」こんな話になったんです。
「ま、心配するな。今までにこれで祟られたやつはいないから。どうだ、
究極のゲテモノだろ。一粒で二度おいしいっていう」「・・・・」ああ、
ゲテモノ食の会ですか。まだ続いてますよ。俺、すっかりはまっちまいました。