あ、山本っていいます。〇〇大学の5回生です。で、
今から話すのは、俺のことじゃなくて、右田さんっていう
先輩のことで。それでもいいんですよね。この人、
5回生の俺の先輩だから、今年、7回生になるんです。
卒論が残ってるだけで大学にはほとんど出てこず、
ふらふらあちこち遊び歩いてて。いわゆるバックパッカーって
やつですよ。バイトで金貯めたら、東南アジアとか
物価の安いとこへ出かけてく。いや、就職とかはあんまり
気にしてないみたいです。右田さんは英語ペラペラだし。
それで、こないだインドに行って戻ってきたんです。
お目当てはガンジャです。マリファナのことですけど、

吸い放題で、警察にも何も言われない地域があるみたいで。
でね、日本に帰ってからすぐまたバイト始めて。それが俺と
同じ弁当屋で。弁当屋だから、昼以外はかなりヒマで、
奥でだべってたら、こんな話をしはじめて。「俺なあ、最近、
毎晩 金縛りにあうんだよ」 「それ、禁断症状じゃないんですか」
「いやあ、違うと思うけど、お前、なったことないか」
「俺はいつもバタンキューで、夢も見ないスよ」 「いいな、
金縛りってどうして起きるか知ってるか?」 「あ、聞いたこと
あります。脳は起きてるんだけど、体は寝ていて動かない。
それで脳は無理やりその理由を考えようとする。例えば、
鎧を着た落武者が胸の上に乗っかってるとか」 「ふーん、

すげえな、お前、学があるな」 「いやいや。先輩はどんな
感じになるんですか」 「それがな、寝て2時間くらいでふっと
目が覚める」 「うーん、変ですね。ふつう金縛りは、寝入りばな
になるって言うけど」 「それでな、目はうっすら開くんだよ。
すると顔の上にナイフがある」 「嫌ですね」 「んで、
俺の額の上を横にスッ、スッとなぞるんだ。それから少しして
指なんかが動くようになり、起き上がれる。痛みはないし、
血とかも出てないけどな」 「ふーん、あ、そう言われれば、
先輩の額、真ん中に跡がついてるような」 「うん、俺も
鏡見て気づいてたが、傷ってわけじゃないんだよな。しわが
増えたって感じ」そういう会話になったんです。

「そうスね、カサブタってわけじゃないし」 「どうすれば、
金縛りにならなくなるかとか、わかるか」 「先輩、酒飲んで
寝てるスか」 「缶ビール1本くらいだよ」 「じゃあやっぱ、
禁断症状じゃ?」 「うーん」で、右田先輩、U美さんっていう、
美容師やってる人と自分の部屋で同棲してたんですが、大喧嘩して
彼女が出てっちゃったんですね。その後またバイトでいっしょになり、
噂を聞いてたんでその話をしたんです。「U美さんと別れたんスか」
「ああ、あいつ浮気してやがったんだ」 「え、誰と?」
「同じ美容師仲間の男」 「スマホとかでわかったんスか?」
「いやあ、ただわかったんだよ」 「ただ?」 「見えたんだよ。
浮気してる場面が」 「ええー、つまり証拠がないってこと」

「そんなもん いらねんだよ。わかるんだから」これ、変ですよね。
精神的に不安定なんじゃないかと思ったんです。「まだ、金縛り
にあってます?」 「いや、あれは夢だった」でもね、
先輩が前に話してた額のとこですね、眉間て言うんですか、
そこのしわがますます深くなってましたね。で、さらに数日して、
先輩がバイトにも大学にもまったく出てこなくなって。
気になって部屋に見に行ったんです。インターホン押しても
応答なし。鍵は開いてるようだったんで、「俺です」と言って
入ってくと、カーテンを閉めた暗い部屋の中で、先輩は壁に
もたれて足を投げ出してました。でね、先輩の額のとこに
なんか、蛍光シールみたいなのが貼ってあるように見えたんです。

「大丈夫っスか」そう言って電気をつけると、そんなものはなく、
先輩はまぶしそうに目を開け、「なんだお前か」って言いました。
「飯食ってるんスか。病院行ったほうがよくないですか」
そう言うと、「外へ出たくねえんだよ。いろんなものが見えるから」
「いろんなもの?」 「俺に対する悪意とか、不都合な事実とか」
「えー、悪意?」 「ああ、信じないだろうな。じゃ、これを見ろ」
先輩はそう言い、自分の額を指差して・・・そしたら、そこのしわが
上下に伸びて、一瞬だけ目が開いたんです。真っ青な色でした。
「あ・・・」 「な、こっから流れ込んでくるんだ」
「今のは・・・何でそんなことに。金縛りと関係があるんスか」
「ああ、たぶん。思い出した心あたりがあるんだ」ということで、

こんな話を聞かせてもらったんです。先輩が行ったマリファナ
吸い放題の村は海岸沿いで、先輩が浜辺でラリって歩いてると、
いつの間にか森の前の祠みたいなとこに出た。現地人が
何人かお香を焚いてお参りしてた。先輩がふらふら入ってくと、
全身が真っ青の神の像があった。インドにはたくさんの神様がいて、
何という神かはわからない。ラリった頭で像の指をつまんで
引っぱるとポロッと取れてきた。ああ、まずいかと思った途端、
参拝していた現地人たちが先輩を指差してわめき始めた。
それで、取れた指を床に投げ出して祠の外に出たら、背の低い
年寄りの女が出てきて、すっと近づくと、先輩が折った指を
持ってて、それで先輩の額に触れたってことでした。

うーん、と思いました。ヒンドゥー教の呪い? それとも神罰?
とにかく、その手のたぐいのことなんじゃないかと考えたんですが、
どうしたらいいかわからない。まあそれでもね、だてに俺も
大学に5年もいるわけじゃないから、後輩からいろいろ情報を
集めて、そしたら、ヨーガの講師をしているインド人で、
そういうのに詳しい人がいるってわかったんです。事前に連絡を
取り、そしたらスタジオは大学の近くだったんで、先輩を
引っぱり出して そこへ連れてったんです。出てきたのは
若い人でしたね。インド人にしては色が白く、30代初めくらい。
その人に事情を話すと、考え込んでましたが、「青い色って言ったね。
それはおそらくシヴァ神だ。破壊と再生を司る神だよ」

続けて「よくないね・・・ インドの神像は練り物でできてる
ことが多いから壊れやすいんだが、もし壊したりしたら、
新しいのを作ってお供えしないと・・・」 「そうしないと
どうなるんですか」 「ここまでの話を聞いたとこでは、悪い
チャクラが開いたみたいだ。自分にとってよくないことだけが
見えるようになって、最悪は通り魔殺人とか」 「いやそれは」
「現地に行って謝ったほうがいい」だいたいこんな会話になったんです。
内容は日本語と英語のちゃんぽんで。でも、先輩は「そんな金ねえよ」
って言ってました。金は俺もないんですが、じつは知ってたんです。
先輩の実家が弁護士事務所してるってことを。で、そこへまた
先輩を連れてって、この話をしたんです。親父さんは信じてない

様子でしたが、先輩の兄、長男の人も弁護士をしてて、
「俺も信じがたいが、たしかに額にはまぶたみたいなのがあるな。
いいよ、金出してやるからインド、もう一回行ってこい」って、
俺の分の旅費も出してくれたんです。飛行機代は高いけど、
向こうは物価が異常に安かったですね。その祠に行ってみると、
像の指はくっついてましたが、管理してる方に連絡して、
お祭りみたいなのをやってもらったんです。向こうの神様って
バターが大好物ってことで、大量のバターとお香をお供えして、
先輩が土下座して謝りました。で、また変なことが起きないよう、
すぐに帰ったんですが、先輩は飛行機の中で額を痒がって、
日本の空港に降り立ったときには、まぶたはなくなってたんですよ。

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