成人式のときのことです。そんな昔の話じゃないですよ。
たった5年前なんですから。私の実家のあった町は田舎なので、
成人式はお盆の頃にやるんです。そのほうが休みをとって帰郷しやすいし、
振り袖を着なくてもそんなにおかしくないですし。
ただ、式自体は町の体育館で日曜の午後からやったんですけど、
それには仕事の都合で参加できなかったんです。
まあ式なんてそんなに好きじゃないし、
その後でやる同窓会に間に合えばいいやと思ってました。
どうせ家族は引っ越していてそちらには住んでいないんです。
クラス会は中学校のときのです。
私もそうですが、別の市の高校に行った人も多かったですから。
その日はやっぱり仕事に時間を取られてしまって、予定してた電車を
一つ遅らせてしまい、田舎の駅に着いたのが5時過ぎでした。
クラス会の案内のハガキには5時からとあったので、少し遅れで済むかと思って、
駅でタクシーを拾ったんです。宿は駅前のビジネスホテルを
前もって予約していました。久しぶりに帰った郷里でしたが、
ほとんど変わっていないというか、むしろ寂れた印象でした。
お盆中のせいもあるんでしょうけど、多くの店は閉まってました。
同窓会の会場は、案内状では「ドライブイン山根」という
聞いたことのないところでした。町立の中学校は学年2クラスしか
ありませんでしたし、来られない人もいるだろうから、
そんな会場でも大丈夫なんだろうと思いました。
おそらく30人くらいだと思ってたんです。
運転手さんに行き先を告げると、けげんな顔をされました。
知らない、と言うんです。こんなせまい町なのに変だなと思いましたが、
向こうもそう思った様子でした。それでもハガキに書かれていた
住所を言うと、それはわかったらしく車を発進させました。
「あのあたりにそんなのあったかなあ」とつぶやいてました。
タクシーは町中を抜けて、渓流沿いを20分ほど走り林に入っていきました。
実家や中学校ともかなり離れていて、私にもよくわからない場所でした。
「ここらだよねえ・・・あ、あれかな」運転手さんが大きな声を出したので、
視線のほうを見ると「ドライブイン山根」という看板が木の間にあり、
その奥に建物の壁が見えました。「ああ、これだ。どうもこの道は
裏みたいだから表に回るね」と言う運転手さんに、
「ここでいいです」と答え、料金を払ってタクシーを降りました。
少し坂になった林の中の道を登ると、建物の正面に出ました。
夏の盛りでまだかなり明るかったと思います。
だだっぴろい駐車場がありましたが、車が一台もありませんでした。
少し変に思いましたが、みな式場から町のバスで来たのかもしれないと
考えました。新成人が酒気帯び運転で事故を起こしたりしたら大変ですから。
人気の感じられない玄関を入っていくと、せまい廊下があり、
その奥のほうから賑やかな宴会の声が聞こえてきました。
少し安心して進んでいくと、20畳くらいの広間の襖が見え、
下にずらっと靴が並んでいました。なんとなく気後れしましたが、
ハンカチで汗を拭ってから襖を開けると、宴会はかなり盛り上がっていました。
急に襖が開いたので会場の視線が集まり「ああ。◯◯ちゃんだ!」
という声が聞こえて、みんなが拍手してくれました。
茶髪に紋付き袴の男性が座っている人の後ろを抜けるように寄ってきました。
顔に見覚えがありました。当時の生徒会長です。
「やあご苦労さんです。さっそくですみませんが会費を」
ということだったので、お金を払い、席に案内されました。
御膳の前で、懐かしい同級生たちが「ここ、こっちだよ」と手を振りました。
もう挨拶などの次第は済んでいるのでしょう。当時の先生方の姿を
探しましたが見当たりません。様々に着飾った新成人ばかりでした。
中学校のときよりそれぞれに大人びていましたが、ほとんどの人を覚えていました。
「遅いから来れないんじゃないかと心配してたよ~」そう言って、
親しかったバスケ部の仲間がビールを注いでくれ、どうしようかと思いましたが、
喉も乾いていたので飲んでしまいました。そこからは一気に宴会モードに
突入しました。中学校時代の部活のこと、京都への修学旅行、
もっと小さなエピソードなどをずっとしゃべり続けて時間を忘れました。
「パンパカパーン」とマイクの声が聞こえ、前のほうを見ると、
さっきの生徒会長が箱のようなものを持っていました。見覚えがありました。
タイムカプセルです。卒業式の前日に、中学校の裏手にみんなで埋めたものです。
「あれ、式が終わってからこの会の幹事が掘り出してきたんだって」
同級生の一人が言いました。「今から中の手紙を配ります」
そう言って幹事の人たちが一人ひとりに封筒を手渡してくれました。
開けると、表に名前を書いて三つ折にした便箋が入っていました。便箋は
少し黄ばんで湿っていました。何を書いたかまったく覚えてなかったんですが、
中を見ると自分の昔の字で、バスケの試合で県大会の3回戦で負けた悔しさと、
当時のチームメートへの感謝の言葉が書かれていました。
20歳になった自分への言葉というのはほとんどなかったです。
バスケは高校ではやらなかったので、
ああこんな気持ちでいたんだなだと、とても懐かしかったです。
他の子たちもそのときは静かになって読んでいました。
「では次に、今の手紙を右に回していってください」とマイクの声がして、
「えーいやだ!」と何人かが叫びました。「もちろん好きな人の名前が
書いてあるとかで嫌な人は回さなくてけっこうですが、
何書いてたか勘ぐられますよ」どうしようか少し迷いましたが、
回すことにしました。当時のチームメイトが読めば、
あの頃の気持ちをわかってくれると思ったんです。
最初の手紙が回ってきました。同じ模様の便箋を開けると、
中には赤いマジックで殴り書きに「◯◯死ね」と書かれてありました。
私の名前です。目を疑いました。手紙は次々と回ってきて、
そのどれにも「◯◯死ね」とだけ書かれてありました。
呆然としました。顔をあげると、急にあたりが真っ暗になりました。
ぞろっという音がして、人が一斉に立ち上がった気配がしました。
地面がぐらぐらと揺れる感覚があり、うつ伏せに手をついてしまいました。
暗闇の中で、同級生たちが口々に「◯◯死ね~、◯◯死ね~」
と叫びだしました。最初はそろっていなかった声が、だんだんに同調して
「◯◯死ね~」という一つの大きな響きになりました。
地獄の底から聞こえてくるような声でした。
私は倒れたまま、ここで飲んだり食べたりしたものを吐きました。
そこからは記憶がありません。
気がつくと廃墟のようなところの畳にうつ伏せに倒れており、
あたりが明るくなっていました。畳はじっとり濡れて、緑の苔に覆われ、
あたりには朱塗りのお膳やお椀がたくさん散らばっていました。
立ち上がると、スーツの胸からお腹にかけて、私が吐いたものと
苔で汚れていて、嫌な臭いのする汁が垂れてきました。かたわらに
バッグが落ちていたので拾って、光が差し込んでくるほうに歩きました。
林の中に出ました。時計を見ると朝の6時過ぎでした。
私が出てきたのは半分焼け焦げ、蔦に覆われた建物でした。
「ドライブイン山根」という看板が昨夜と同じ所にありました。
・・・これで話は終わりですが、後日談というか、
携帯にたくさん着信が入っていました。
私が同窓会の会場に来ないのを心配した同窓生からのものでした。
スーツのポケットに、「二十歳の自分へ」の手紙が入っていました。
昨晩見たものと同じでしたが、同窓会の案内のハガキは、
どこをさがしても見つからなかったんです。