これは自分が香港に行ったとき、日本の商社に勤務するMさんから聞いた話です。
Mさんは15年ほど前、中国南方の某地方都市に出張し、

3ヶ月ほど滞在することになりました。その当時はまだ、不動産や

インフラの建設ラッシュは始まったばかりで、Mさんはその地方の有力者に

話を通して、郊外にある1軒家を借りて住んでいました。
土壁の古い家で、どのくらい昔に建てられたものかわからないものでした。
平屋建てで部屋は5つ、それと門前に牛小屋、トイレがあったんですが、
Mさんは単身でしたし、3ヶ月間のことなので、
玄関に最も近い一部屋しか使わず、その家には風呂はなかったため、
市内でなんとかシャワー室を見つけて、それで済ませていました。
そもそもバスタブのある家などというのは近辺にはなかったそうです。
ちなみに時期は4月、気温は東京より少し高く、暖房の必要はありませんでした。

食事もほぼ外食で、単に寝るだけのための家ということです。
で、2週間ほどたつと体調が悪くなってきました。まず夜によく眠れなく

なりました。ただこれは、環境が変わったせいだろうと思っていました。
Mさんは中国には何度も来ていましたが、長期滞在は初めてでしたし、
借りた家では、板の床にマットを敷き、その上に寝袋で寝ていたんですね。
だからそのせいだろうと考えたわけですが、
さらに数日たつと、夢見が悪くなりました。実に奇妙な夢を見て、
決まって午前2時ころに目が覚めてしまい、そのまま朝まで眠れないんです。
しかもその夢というのがかなり不気味で・・・ どういう内容かというと、Mさんは

その郊外の郷の道を手押し車のようなものを押して歩いていて、手押し車の

上にはライチに少し似ているものの、見たことがない果物が山と積まれている。

これを柿の木の下に埋めなくちゃいけない。そういうあせった気持ちが強くあって、
道をずっと進んでいくのだけれど、どこにも柿の木は見つからない。
ああ、困ったなあと思っていると、畑の中に一本、木が立っているのが見え、
それがどうやら柿の木らしく思える。葉がついてない裸の木なので、
自信はなかったものの、切迫しているのでとにかくその樹の下にいき、
クワを使って穴を掘り、車の果物を全部埋めてしまうんです。
すると、青黒い顔をした若い男がどこからともなく出てきて、Mさんに、
「あんた間違えたね。それは柿の木じゃないよ」こう言います。
Mさんは、しまったという気になり、胸の中が罪悪感でいっぱいになる。
男はそれを見透かしたように「あんたは償いをしなくちゃいかんね」そう言って、
Mさんの手を引っぱって、どこかに連れていこうとする。

Mさんがそのままついていくと、道の先に小さな道観が見えてきまして、
これは道教の神様を祀ったお堂のようなもので、
文革のときに壊されずに残ってたんでしょう。男に手を引かれて中に入ると、
ろうそく立てと香炉の奥に御簾がかかっていて、その奥にうっすらと神像が見える。
ここで男はMさんに「あんたは禁忌を破ったからね、あれと代わんなくちゃいかん」
こういうことを言ったんですが、意味がわからない。問いかけようとしたとたん、

いつのまにかMさんは御簾の陰にいて、体がまったく動かない。Mさん自身が

神像になってしまっているんです。顔にはお香の煙がどんどんかかってきて、

煙いけれどどうにもできない。ここで目が覚めるんです。この同じ夢を3日間

続けて見たんですね。しかも、だんだん細部が鮮明になってくる。それで3日目は、

目が覚めたときに、部屋の中でかすかにお香の匂いを感じたそうです。

ちなみに、この夢の中での会話は全部中国語だったそうです。
Mさんは外語大で中国語を専攻していて堪能なんです。で、この日出勤しましたが、

変な夢の内容が頭から離れず、昼休みに現地人の部下に話しました。
部下は興味深そうに聞いていましたが、最後のくだり、
香炉の煙が顔にかかって煙いけど動けない、この部分にきたときにやや顔色を変え、
「それはよくないです。お香が顔にかかると魂が飛ぶって言いますよ」
続けて「うちの叔父貴がちょっと風水やってるんですけど、見てもらったら

どうです。連絡しておきますから」こう言いました。Mさんは、

風水なるものは信じていなかったんですが、せっかく言ってくれるのだからと思い、
頼むことにしました。部下は電話をかけ、その日の午後には、
叔父の風水師がMさんの借家に来るように手はずを整えました。

まあ、中国ではこうてきぱき物事が進むのは珍しいんですが、
Mさんは午後は早めに会社をひけて、借家の部屋で待っていましたら、
4時過ぎにはその風水師がやってきたんです。見た目は、どこにでもいる

田舎のとっつあんで、手にズタ袋と酒の入った瓶を下げていたんです。
あいさつが済むと風水師は、袋から盃を8個取り出して、
家のまわり八方位に起き、瓶からそれに酒を注ぎ込みました。
紹興酒のような色のついた酒ではなく、透明な強いものだったそうです。
それから部屋に入って、あらためて夢の話をしました。風水師は黙って

聞いていましたが、話が終わりまでくると、「これは挑生だねえ」と言いました。
挑生というのは「とうせい」と読み、日本で言うところの呪いのようなものです。
しかしMさんには誰かに呪われる心あたりはありませんでした。

そう言うと、風水師は「今のものじゃなく、古いのが残っているんだろうねえ」
立ち上がって、さきほど満たした盃を回って、一つ一つ飲み干していったんです。
Mさんが何をしているのかと聞くと「うん、よくない方角の酒は味が変わるから」
それから、部屋に戻って床の板をはがすと言い出したんです。
これは大事で、その日の仕事にはなりませんから、
次の休みの日と約束をして風水師は帰っていきました。
それから四日間、Mさんはやはり同じ夢を見ていました。やがて日曜になり、
朝から風水師は人夫を4人つれてやってきまして、
おもむろに部屋の床板を外していきました。
日本の家屋とは構造が違っていて、下は土の土台になっているんですが、
ある程度板をはがすと、おかしな物が床下にあるのがわかりました。

太さが20cmほどで長い蛇、その頭が枕ほどもある蛙をくわえていたんです。
ただこれは生きた本物ではありません。土で浮き彫りのようにしてこさえたものが、
床板の下にあったんですね。ちょうど蛙が呑まれようとしてる上で、
Mさんは寝袋で寝ていたんです。蛇のしっぽの先は途中で切れたようになって、
家の土台の土と同化していました。「こっちの方角だねえ」風水師はそう言い、
トラックにMさんを乗せ、蛇のしっぽの向いた方角に近い道を走らせました。
それから20kmほどいったところで、Mさんはあっけにとられました。
道の脇に、夢で見たのと同じ道観があったんです。車を降りて入ってみると、

中も夢とまったく同じつくりでした。風水師は、「これは清源妙道真君の御廟だね」

そう言い、2人で中国式のお参りをしました。それから家に戻って、

床下の蛇と蛙を人夫に命じて壊させ、床板を元通りにしつらえました。

人夫には手間賃を払って帰し、風水師と話をしました。
風水師の話は要領を得なかったんですが、どうやらその昔に、誰かがあの道観の

神様の力を借りて人を陥れようと、その家を建てたということのようでした。
おそらく夢の中でMさんの手を引いた男のしわざなのでしょう。
目的が達成されたかはわかりませんが、その後、家は住む人もなく放置され、
たまたまMさんが短期間借りることになったわけです。
そしたら眠っていた呪いの装置が再稼働してしまったということ

なんでしょうね。風水師にはけっこうな額のお礼をしましたが、
その夜から、ぴたりとおかしな夢は見なくなったんだそうです。
こうしてMさんは3ヶ月間の出張を無事に終えることができましたが、

風水師の勧めで、その間に何度か、例の道観にはお参りに行ったそうです。