私、子どもの頃から京都にあこがれてたんです。そうですね、
神社仏閣が好きってのもそうだけど、歴史的なこともあるし、
何より全体の雰囲気がいいじゃないすか。古都の風情といえばいいか。
それで、中学は私立に行ったんですが、学校を選んだ理由が、
修学旅行が京都・奈良の関西方面だってことが大きかったんです。
ですから2年の秋の修学旅行のときは、ほんと大はしゃぎで、
ああ、今自分はあこがれの京都にいるって思うと感慨深くて。
3泊4日で、1、2日目はクラスで金閣寺とか清水寺とか
有名観光スポットを回って、3日目が友だちグループでの自由行動
だったんです。私たちは4人のグループで大原方面に向かいました。
三千院はもちろん行ったし、鄙びた雰囲気がすごくよかったです。

夕方、自分たちで夕食を食べてから宿泊先のホテルに集合する予定でした。
で、私たちのグループは、有名なお店とかじゃなく、
ふつうのファミレスに入ったんです。お土産を買いすぎてお小遣いも
残り少なかったし。窓際の席で、食事が終わってドリンクを飲んでたん

ですが、3日間の疲れが出て、少しうとうとしちゃったんですね。
肩をつつかれた気がして目を覚ましたら、お店の中にいたはずなのに、
ガラス窓の外に立ってたんです。「え!?」
あたりはもうかなり暗くなってました。わけがわからなかったんですが、
眠りながら出たのかと思ったんです。でも、近くに友だちの姿はないし。
それで、さっきまでいたファミレスの中をのぞいても、
ガラス越しに見る店内は真っ暗で、どうなってるのかわかりませんでした。

入り口のほうに走ったら、ドアが閉まってたんです。「え、え!?」
それと、ファミレスはけっこう広い道路に面してたんですが、
通行人も車も、何もなかったんです。誰もいない道路に、ずっと遠くまで
街灯がついてました。もうその時点で半泣きでした。
先生から、トラブルにあったときにはタクシーで本部のホテルに
戻ってこいって言われてたんですが、タクシーなんて走ってないし・・・
携帯は禁止されてたので、近くに公衆電話がないか探したんですが、
今、公衆電話ってホントないですよね。ファミレスは入れないので
お店のも借りれないし、大声で友だちを呼んでみても、ただ自分の声が
響くだけで。途方に暮れるってああいうことを言うんですね。
しかたなく、道路をとぼとぼ歩き出しました。

とにかく駅に行こうと思ったんです。ところがその道、どこまで歩いても
交差点がなかったんです。ずっと向こうまで続く一本道。
しかも道の両側の店や家はみな閉まって、明かりもついてなかったんです。
交差点がないから信号もなかったと思います。
ただ、えんえんと街灯が続いてる。そんなはずないですよね。
そうですね・・・自分の感覚では20分くらいも歩いたと思います。
そしたら、道の向こうの空が赤く染まって見えてきました。
夕焼けとかじゃなくて、全体が暗い感じの赤になってるっていうか、
うまく表現できないです。そして、その正面に塔が見えたんです。
高い高い塔で、もしかしたら東京のスカイツリーより高いのかもしれません。
天に届くように思えました。でも、京都にそんなのあるはずないし。

あと、塔はかなり遠くにあってはっきり見えなかったんですが、
屋根がついてるように思えました。五重の塔ってありますよね。
あんなふうに屋根が何重にもなってついている塔。
もうそのころには泣いてたんですが、一本道なので前に行くしかないんです。
あの塔に着いたら誰か人がいるかも、そう思うしかありませんでした。
さらに20分ほど歩いて、塔はだんだん近くになってきて。
そしたら、後ろから私を追い越してく人がいたんです。
お坊さん、のように思えました。袈裟を着て頭を剃ってましたから。
「あ、あの、ちょっと待ってください」必死で声をかけたんですが、
その人はまったくふり向きもせず、すごい速さで歩いてってしまって、
私が走ったのに追いつけなかったんです。

そんな具合に、何人かに追い越されました。全部お坊さんで、
たびごとに声をかけたんですが、みんな前を見たまま飛ぶように
歩き去っていったんです。そうですね、何が起きてるのかは
まったくわからなかったんですが、ただ、私もあの塔に行かなきゃ、
そんな気持ちが強くなってきて。そのときです、後ろから
「あの、もし」って声が聞こえて、ふり向いたらやはりお坊さんが
立ってました。そのお坊さんは背が高くて、頭は剃ってるんですが、
顔が西洋人だったんです。私が立ち止まると、「ああ、よかった、
止まってくれたね。あなたどこの人?」日本人じゃない発音で
そう聞かれたので、自分と学校の名前、修学旅行で来たことなんかを
話したんです。そしたら、お坊さんは、

「ああ、わかりました。何かの拍子にこっち入っちゃったんですね。
でも、ここはあなたのいるとこじゃないから、戻らなくちゃ」
そう言って、袈裟のたもとから何か小さいものをつまみ出したんです。
上下にふると、リンという音がしました。ひものついた鈴でした。
「これ、あなたにあげますから、ここで立ち止まったままずっとふってて
ください。たぶんそれで戻れます」私に鈴を手渡すと、
きつい顔になって塔に向かってしまったんです。それで私は、
言われたとおりその場でずっと鈴をふってて・・・リン、リン、リン
どのくらい時間がたったか、肩をつつかれて気がつくと、
グループの友だちが笑ってました。はい、もとのファミレスにいたんです。
「今、ちょっと居眠りしてたでしょ」友だちが言いました。

それで、時計を見たらぜんぜん時間がたってなかったんです。
あの暗い道に1時間ちかくいた気がするのに。
・・・まあここまでなら、私が夢を見たんだと思いますよね。だから時間が
過ぎてなかったって。いえ、いいんです、私自身そう思いましたから。
みんなと外に出たら、夕方でしたが、さっきのような暗さじゃなかったです。
それで、修学旅行が終わって家に戻ってきました。
お土産なんかは宅配でもう送ってて、バッグから着替えを出して
洗濯機に持ってこうとしたとき、ぽろっと何か落ちたんです。
鈴でした。あのとき外国人のお坊さんにもらったものだと思います。
拾い上げてふると、中が壊れてるのか音はしませんでした。
その鈴、仏壇の下の引き出しに入れておいたんです。

こんな話なんですが、後日談があるんです。私はその後、大学を卒業して
今の会社に就職したんですけど、やっぱり京都が好きで、
連休を利用してときどき小旅行に訪れてたんです。
修学旅行のときのファミレスにも行ってみましたが、もうなくなってました。
あの暗い道に入ることはなかったんですが・・・ インターネットのSNSを
やってまして、それも京都旅行に関したものです。その掲示板で、修学旅行の
ときの話をしたんです。変な道にまぎれ込んで、高い高い塔に向かってた。
夢だと思うけど、そのときにもらった鈴はあったし、いまだにどういうことか
わからない、そんなことを書いたんですが、そしたら1日して、
私に長文のレスをつけている人がいたんです。
こんな内容でした。「お話、興味深く拝見させていただきました。

当方は京都在住で、ある寺院の住職の家に生まれた者です。単刀直入に書かせて
いただきますが、あなたが入ったのは「裏京都」と呼ばれる場所です。
うまく説明はできませんが、京都の長い歴史の中でつくられ、
現在の京都と重なって存在しているんです。塔に向かったということ
でしたが、そこに行きつけば、取り返しのつかないことになっていたでしょう。
あなたは京都とは相性が悪いようです。もう旅行はおやめになったほうが
よろしいかと。こう書いても、当方の言うことを信用されないかもしれません。
鈴をいただいたということですが、それが今どうなっているかご確認下さい」
それで、お盆に実家に戻ったとき、仏壇に入れたはずの鈴を探してみました。
そしたら、テイッシュにつつまれてあったのは、
ネズミかリスか何か、小動物の頭の骨だったんですよ。