あ、どうも。○○大学3回生の山田と言います。よろしくお願いします。
俺、都市伝説研究会ってサークルの長をやってるんです。
こう言うと、くだらねーって思う人が多いみたいなんですけど、
都市伝説ってのは、一種の民俗学だと考えてるんです。
ただ、場所を農村から都会に変えただけの。だから、ちゃんとした学問だと
思うし、卒論のテーマにしようかとも考えてたんです。
で、「くねくね」ってご存知ですか? ああ、知ってますか。ある大型掲示板の

怖い話のスレに投稿されたものが広まったって言われてます。創作だろうって

言う人も多いんですけど、もともと実際にある話だって説もあります。
いちおう説明すると、夏の田んぼの中やススキの生い茂った川原で、
白いものがくねくねと手足を動かして踊っている。

それを、ちらっと見たくらいなら問題ないが、まじまじと見て、
それが何かわかってしまった場合、その見た人もくねくねになってしまう・・・
こういう話です。でね、卒論で、くねくねの正体を探るって題で書こうって

考えまして。え、いくつか仮説はあります。一つは「陽炎説」です。
ほら、くねくねが目撃される場所には水がありますよね。田んぼもそうだし、川も。
それに目撃は夏が多いんだから、熱気で水が蒸発して屈折率が変わってる

場所があって、そこをたまたま通りかかった人が、くねくねとゆがんで見える・・・
でも、これだと全然つまらないですよね。次に考えたのが「舞踏病説」です。
舞踏病って、遺伝子異常からくる病気らしいですね。
筋肉が自分の意志にかかわらず痙攣して、でたらめに踊ってるようにも見える。
35歳を過ぎたあたりで発病する人が多いそうで、治療法はないに等しい。

でもねえ、これ、白人にはそれなりにいるけど、東洋人はものすごく

少ないらしいです。白人の1000分の1くらい。それに、ヨーロッパでは、
舞踏病になる家系ってのも、だいたいつきとめられてます。でねえ、病気なんで、
卒論に書くのはちょっとためらわれますよね。あと、向こうでは、
昔は、タランテラって毒グモに噛まれると舞踏病になるって話も

あったみたいだけど、それは現在では、迷信ってことで否定されてます。
次、考えたのは、「ワライタケ説」です。シロシビンという植物アルカロイドの
中毒症状で、そのキノコを食べると、とにかく幸せな気分になって、
服を脱いで踊ってしまう。日本でも何例も報告がありますよ。俺は、もし

くねくねがいるとしたら、これが本命じゃないかって思ってたんですけど・・・
どうもね、違ってたみたいです。真相はもっと怖ろしいもので・・・

その話をこれからしていきます。俺らのサークルに、今年1回生が4人

入ったんです。全部男でしたけど。で、そのうちの一人、三島ってやつが、

東北のある県の出身でね。新歓の席で、そいつにくねくねの話をしたら、

自分の住んでる田舎の町に、それと似た話があるって言うんです。

で、聞いてみたら、白いものが田んぼで踊ってるところなんかそっくりで。
ただ、名前はくねくねじゃなくて、「ばちかぶり」って言うらしいです。
どういう字を書くのかはわかりませんけど。でね、三島の家は、
その地方では、江戸時代から続く旧家で、その昔は庄屋を務めてたって話で。
こりゃいいやって思いました。ええ、大学の夏休みは長いですし、
どうせ彼女もいなくてヒマですから、三島が帰省するときについていって、
フィールドワークってしゃれ込もうって考えたんですよ。

で、お盆ちょっと前あたりですね。帰省する三島について、

その某県に行きました。まず新幹線で隣県まで行って、そこから

在来線に乗り換えて、東京からは片道6時間かかりましたね。

すごい田舎でした。山間にぽっかり開けた小さな盆地で、
田んぼが広がってましたけど、耕す人がいなくなって、
休耕田になってるとこも多かったんです。かなり過疎が進んでるみたいで、
昼間は出歩いてる人なんていないんです。道のところどころに軽トラが
停まってましたけど、作業してるのは70歳をすぎた老人ばっかりでね。
ああ、ここは静かに死んでいく村なんだなあって、柄にもなく詩的なことを

思ったりしました。でね、三島の家は、すごいお屋敷だったんです。

うーん、そうですね。「八墓村」ってわかりますよね。
横溝正史が書いた。あれに出てくる建物みたいだったんです。

三島といっしょに広い玄関に立つと、三島の両親が出てきましたが、どっちも

気さくそうな人で、「ああ、よくこんな田舎に来てくださいました」って
すごく歓待されたんです。三島の父親は、町のJAの役員をやってるそうで、
あと、祖父さんは前に町長をやったって話でした。広い部屋に通されて、

エアコンとかはなかったけど、縁側の戸が全て開け放たれて、
風が通って涼しかったです。そこで、スイカなんかごちそうになって・・・
ああ、くねくねの話ですよね。夕食の席でそのことを言ってみたんです。
くねくねって名前を出してもぴんと来ないみたんだったんで、
「この地方では、ばちかぶりって言うそうですね」って話を出したら、
急に三島の親父さんの顔が凍ったようになりまして。
ああ、俺、マズイこと言ったのかな、って思ったんですけど、

親父さんは、「・・・ばちかぶりか、それは古い言い伝えだなあ。
調べてるんだったら、いい人を紹介するから、明日にでも行ってみるといい」
そう言って、町役場を退職した方に連絡してくれたんです。
その人は、かつて町史編纂室に勤めていて、そこの町の歴史には
すごく詳しいってことでした。その日の夜は、三島と2人で、
蚊帳を吊った座敷に布団を並べて、あれこれ話をしながら寝ました。
で、翌日もカンカン照りのいいお天気で、三島といっしょに、
紹介された神崎さんって人の家を訪れたんです。神崎さんの家は、
山の斜面にあって質素な感じでした。出てきたのはすごく痩せたお年寄りで、
奥さんを亡くされて一人暮らしをしてるってことでしたね。たくさん本が
並んでる書斎みたいな部屋に通されて「ばちかぶり」の話を聞いたんです。

「ああ、ばちかぶり。それねえ、この町にとってはあんまりいい話じゃないんだよ。
と言っても、もう昔のことだし、今はそんなことをしてる人はいないから、
話すのは別にかまわないんだけど。どぶろくって知ってるかい」
「あの、白いにごり酒のことですよね」 「ああ、米を発酵させただけの酒。
密造酒って悪いイメージもあるけど、どこの村や町でもやってた」
「それがばちかぶりなんですか?」 「うん・・・ただねえ、この町のどぶろくは、
米以外にちょっとした材料をつけ加えてね。ある種の薬草で、
どうやら幻覚作用があるみたいなんだな」 「ははあ」
「それを飲むと、すごいいい気分になって、周囲の景色が一変してしまい、
ところかまわず服を脱いで踊ってしまう。その状態をばちかぶりって言ったんだ」
こんな内容でした。これ、ちょっと困りますよね。

おそらく何か、麻薬成分を加えた酒だったんでしょう。
まあ昔のことだから、違法行為ってわけではないんでしょうが、そのまま
卒論に書いてもいいのか迷いました。で、お礼を言って神崎さんの家を出て、
三島の家にはもう一泊して、俺だけ先に帰ってきたんですよ。
でね、それから3ヶ月過ぎて、もう冬休み目前。俺は就職活動と卒論の準備で
すごく忙しかったんです。そんなある日、アパートの郵便受けに分厚い手紙が
入ってまして、差出人が、夏にお世話になった神崎さんからだったんです。
こっからは手紙の内容を要約して話しますね。
「夏にはご訪問ありがとうございました。私は、じつは病気のために、
もう長いことはないようです。それであのとき、ばちかぶりについて、
嘘をついてしまったことを心苦しく思い、ここに真相を記します。

村八分というのをご存知でしょうか。村落共同体の中で行われる
私的な刑罰のことです。昔は警察などもなかったので、そういうことも、
ある面ではいたしかたなかったのですが。一つの例として、ある小作人の倅が、
庄屋の一人娘とねんごろになって逢引を重ねたが、ついに見つかってしまった。
これは身分違いですから、カンカンに怒った庄屋は、その倅を

ばちかぶりにしました。下男たちに命じて、無理に酒を飲ませ、

散々棒で叩いて弱らせた後、倅の着物を脱がせ、
体中に蜂蜜をまぜたどぶろくを塗りたくって、蚊柱の立っている野に放す。
そうすると、全身を虫に喰われ刺されて、痛みと痒みで、遠目からは
踊り狂っているように見える。村のものは誰も助けず、飯も与えず、ついには
衰弱して死にいたる・・・これが本当のばちかぶりで、庄屋の当主が中心となって、
戦前まで行われていたんです」こんな内容だったんですよ・・・