今回はこういうお題でいきます。ほとんど引用の反則企画になります。
さて、自分と西丸震哉氏の本の出会いですが、学生時代、
古本屋で『未知への足入れ』という文庫本を見つけたところからです。
すごいシンプルな装丁で、後でわかったことによると、
西丸氏自身が挿絵や装丁の絵も描いておられたんですね。

『未知への足入れ』という題名も、どういう内容なのかよくわからず、
手にとってパラパラめくってみると、どうやら幽霊などのことが
書いてある本のようです。百円均一だったので買って帰り
読んでみると、これがすごく面白かったんです。
出版されてから20年以上たつのに、内容が古くなっていない。

西丸震哉氏
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比較的短い不思議な話がいくつも載ってたんですが、創作ではなく、
すべて西丸氏の実体験ということになっていました。
「呪いの実験をしたこと」 「インドでヨーガの秘術を身につけたこと」
「群れをなして飛ぶ人魂の話」 「山中で出会った不思議な登山者」・・・

その中で特に興味深く、怖いと思ったのが、「釜石の幽霊」の話なんですね。
読んでいてゾッと背筋が寒くなる感覚がありました。これは、
怪談としてよくできていないと起きないことなんです。
長い話ではないので、全文引用します。

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「釜石の幽霊」西丸震哉
大学卒業後、岩手県の釜石にある水産試験場に就職した。
これは自分を知っている人がいないところで腕試しがしたかったことと、
あの近辺の山に登りたかったことが動機ですね(笑)。
前年に米軍の艦砲射撃を浴びた町ですから宿舎などなく、製造工場の
片隅に缶詰の箱を積み重ねて寝台をつくり、そこで寝泊まりを始めた。
 
六月の夜おそく海沿いの道をトボトボと帰ってくると、
工場近くのコンクリート堤に女がもたれかかっている。
ところがそばに近づいた途端、ふっと消えて女の姿が見えなくなった。
さては目の錯覚かと、その日はそのまま帰って寝てしまったんだけれども、
四日後にまたおそく帰ってくると、同じところに女がいる。
確かめると浴衣姿の二十七、八になるかと思われる色白の美人。

女の正面を横切るとき、またもや、ふっと消えてなくなってしまった。
すぐに女の立っていたところまで飛んでいって調べたけれど何もない。
翌日、ついに女の1メートル手前まで近寄ることができた。
「お晩です」と声をかけても目も合わさずに知らん顔で海を見ている。
「もしもし」と言いながら指で彼女の肩を思い切って突いてみたところ、
指先は何の抵抗も感じず、同時に女も消え去ってしまった。

そのとき初めて背筋がツーと冷えた。翌日、棍棒を手にまた1メートルの
ところまで近づいて、「君は幽霊かね。しゃべれるんなら返事しろや。
黙ってるとぶんなぐるぞ。いいか、それ」と女に棍棒を振り下ろすと
「ガツン!」と何もないコンクリート堤を叩きつけている。
こちらの頭が狂ったのかと市立病院で徹底的に検査してもらったけれど、
まったく正常とのこと。

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それからもちょくちょく女の姿を見かけたけれど、
なるべくそばを通らないように別の道を通って帰っていた。
ところがしばらくすると、ついに私の寝ている工場の中にまで毎日出てくる
ようになった。5メートルほど離れたところから一晩中こちら側を向いている。

別に何をするわけでもないので、私は徹底的に彼女を無視する方針に
変えたけれど、あまり気分のいいものではない。
翌年の四月、試験場の二階の講堂の隅にシングルベッドを借りて引っ越した。
彼女も気づかなかったらしく、久しぶりの解放感にひたれたけれど、
これも長くはつづかなかった。
 
一か月後に彼女が現れたときには、ベッドのすぐ横に立ち、
寝ている私を上から見下ろしている。それでも彼女の瞳は私を見ていない。
私を素通りした場所に焦点を合わせている。不思議なもので、
自分を見ていないとわかるとそんなに怖くは感じない。私はふたたび無視を
決め込んだが、ある夜、何となく彼女のようすが今までとちがっている。

今まで私の向こうの涯を見ていた彼女の目が、
私の目の中をまばたきもせずにジーッとのぞき込んでいる。
全身が粟立った。私は負けてなるものかと彼女の目を見返し、
ぐっとにらみつけると、その瞬間、からだの体温が奪われ、
布団の中が氷のように冷えてしまう。

布団を頭からかぶって縮こまり、三十分後にふたたび布団から
そっと目を出してみると。彼女の視線がくい入るようにのぞいている。
とたんにせっかく温まった布団の中がまた氷を抱いたように
冷え切ってしまう。窓の外がほのぼのと明るくなり、
彼女がいなくなるまで、この一夜の間に四回くらい彼女とにらみあった。
 
朝、場長が出勤してきたのをつかまえて、「私は今日の汽車で帰ります。
お世話になりっぱなしで申しわけないけれどもやめさせてください」と頼んだ。
幽霊の状況を報告したら、君がとり殺されでもしたら私としても
困るからということで、すぐに私の要望に応えてくれた。
ふつうだったら幻覚を見たんだろうと笑うところが笑わない。

この話には後日談もまだまだあるけれど、よりくわしく知りたい人は
「山とお化けと自然界」(中公文庫)を読んでください。
とにかく私は仕度もそこそこに釜石の地を離れることになりました。


この話、どこが怖いかというと、幽霊が段階をおいて変化していくところ
なんじゃないかと思います。最初は道端にいて、さわるとすぐ消えていたのが、
やがて宿舎で寝ているそばに出てくるようになった。
でも、視線をこちらに合わせないので、無視しているとそんなに怖くない。

ところが、あるときを境に、幽霊が西丸氏の目をのぞき込んでくるようになり、
そうすると、どんどん体温が奪われて体が冷えてくる。
命の危険を感じるわけです。そこで、せっかく大学を出て就職した職場を
放棄して東京に逃げ帰ってくる。幽霊が原因で実際に仕事を辞めたんですね。

この後、西丸氏は農林省に入省し、食生態学を専門とする技官として
働くことになりますが、年中山に登り、ニューギニア探検やインド旅行、
アマゾンやアラスカなどにも行き、その間、国家公務員とは思えない
破天荒なエピソードを積み上げていくんですね。
よくクビにならなかったと思うようなことばかりです。

さて、自分の西丸氏の評価としては、「オカルトの先駆者」というものです。
『未知への足入れ』が出版されたのは1960年のことで、
70年代オカルトブームの10年以上前。おそらく、太平洋戦争後、
まとまったオカルト話を書いたのは、西丸氏が最初でしょう。

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話の特徴としては、理系の技官らしく内容が分析的であることです。
インドから自宅へ生霊?を飛ばすとか、御嶽山で群舞する人魂の捕獲を
しようとするなど、いろいろなオカルト実験を試みています。
科学的に検証して、「オカルトはある」と結論づけてるんですから、
説得力がある・・・と思う半面、全部ほら話なんじゃないかという気もします。

それくらい御本人が型破りな人物なんですね。引用した「釜石の幽霊」
にしても、もしかしたら仕事がつまらなくなって、辞めるための口実として
幽霊の話をでっちあげたんじゃないか、西丸氏なら、その程度のことは、
普通にやってしまってもおかしくはありません。

さてさて、この「釜石の幽霊」の話には後日談がありまして、
『山とお化けと自然界』という本に出てくるんですが、ずっと後年になって、
西丸氏がある霊能者と対談したところ、初対面でまったく予備知識がない
はずなのに、「おや、その後ろにいる浴衣の女性は誰ですか?」と
聞かれるんですね。着ている浴衣の柄もぴったり当てられてしまいます。

何年もたって、西丸氏はもうすっかりその幽霊とは縁が切れたと
思っていたのに、見えなくなっただけで、ずっと背後霊化していた。
自分は、西丸氏のおかげでオカルトに目覚めたと言ってもいいくらいなので、
今回は少し詳しくご紹介してみました。では、このへんで。
 

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