ゲノム医療はひっくり返っている。そのことを強く感じさせる
厚生労働省の会議が、9月25日にひっそりと開催された。
「あやしい臨床試験」と「後出しじゃんけん」で作られる薬の効果。
「がん全ゲノム解析等連絡調整会議」というその会議が開かれる
ことを筆者は知らなかった。「がん全ゲノム解析」という言葉
そのものが、厚生労働省のプロジェクトからはすでに
消えたのだと思っていた。(現代ビジネス)


 

※ 長いです。

今回はこういうお題でいきます。でもこれ、どうでしょうねえ。
自分が書く内容に反感を持たれる方もけっこういるんじゃないで
しょうか。さて、2019年12月のことですね。厚生労働省は、
がんと難病の患者を対象に、すべての遺伝情報(ゲノム)を
網羅的に調べる全ゲノム解析の実行計画を公表しました。

3年程度で最大10万人超の患者を目標に解析を進め、
データベースを構築し、企業の創薬などに活用できるようにする
という計画です。まあ、ゲノム解析自体はたいへんいいことだと
思います。何であれ、科学的にデータを集めることに批判は
少ないでしょう。

ただ、今後、それを活用した医療がどうなっていくかについては、
自分は難しい面が多々あると思っています。何から書いていきましょう。
プレシジョン・メディシン(Precision Medicine 精密医療)とは、
ネット辞書では、「患者の個人レベルで最適な治療方法を分析・選択し、
それを施すこと。最先端の技術を用い、細胞を遺伝子レベルで分析し、

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適切な薬のみを投与し治療を行うこと」となっています。本来は、
例えば糖尿病や高血圧など、あらゆる病気について適用される言葉
でしょうが、現状では、主にがん医療に対して言われることが多いです。
がん患者のがん遺伝子を解析し、選択的な治療薬の投与を行う。

一般的な抗がん剤は、その患者に対して効くかどうか、事前にある程度
判別できる場合もありますが、まだまだ多くは使ってみないとわからない。
また、その抗がん剤が効いたとしても、やがてがん細胞に耐性がつき、
使えなくなってしまうケースが多いんです。

多段階発がんの仕組み


さて、ここで、がんはいったいどうやってできるか。国立がん研の
「がん情報サービス」によれば、「がん細胞は、正常な細胞の遺伝子に
2個から10個程度の傷がつくことにより、発生します。これらの
遺伝子の傷は一度に誘発されるわけではなく、長い間に徐々に
誘発されるということもわかっています」とあります。

つまり正常な細胞が遺伝子変異を何段階も重ねて、最終的にがん細胞に
なる。これを多段階発がん説と言い、すでに定説化しています。
ですから、このがん化の過程により、例えば同じ乳がんでも、
細胞の遺伝子変異の型は数百種もあると言われています。それをすべて
同じ抗がん剤で治療するのは無理ですよね。

近藤誠医師
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以前、近藤誠医師による「がんもどき理論」というのが一世を風靡
しました。がんには、できてすぐに転移を始める「本物のがん」と
いつまでも転移しない「がんもどき」があり、そのどちらだとしても、
治療をするのは意味がなく、放置が一番いいというような話です。
現状では、「本物のがん」と「がんもどき」は判別する方法がない。

これを信じて実際に放置したという人もいるようです。でも、そんな
コインの裏表みたいに簡単なものじゃないことはわかりますよね。
実際の臨床例でも、胃がんで3年間放置して転移も増殖も
しなかったのが、5年目に転移したなどというケースは
いくらでもあります。

「本物のがん」と「がんもどき」の中間の遺伝子変異も当然あり、
しばらくはそのままでも、やがて転移し始める「のんびりがん」、
あるいは、最初は「がんもどき」だったのが、その後さらに
変異を重ねて転移能を獲得する場合も。ですから、
切って取れる早期のがんは手術するべきです。

がん遺伝子パネル検査


さて、プレシジョン・メディシンですが、すでに「がん遺伝子パネル検査」
が実施され、保険適用にもなっています。この検査は、がん患者の
遺伝子情報を調べ、その結果に基づいて治療の選択をする医療です。
ただし、現状では、遺伝子変異が判明したとしても、それに対応する
薬のほうが追いついてないんです。

検査を受けた人のうち、治療が行われる割合は10~20%というのが
実状で、それが治療効果に結びつかない場合も多くあります。
では、がんに対するプレシジョン・メディシンを行うにあたっての
問題点は何でしょうか。自分は、最大の問題は費用対効果だと
考えます。下図をごらんください。国立がん研の2018年の

男女別・年齢階級別がん死亡率です。これを見れば、男女とも50歳に
なるまで、がんによる死亡はきわめて少ないことがわかります。
それが男性では、63歳ころから上昇カーブが大きくなり、
78歳くらいでさらに傾きがきつくなります。つまり、がんは
全体として見れば高齢者の病気だということです。

男女別・年齢階級別がん死亡率(2018)
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その理由ははっきりしています。発がんの原因は遺伝子変異なので、
長く生きれば生きるほど、それに遭遇する機会が多くなります。
例えは変かもしれませんが、高齢者は何度も何度もくじを引いている
ようなもので、いつかは当たり(外れ)をつかんでしまう。
あと、高齢になると免疫力が落ちるのも関係しているでしょう。

がん闘病ブログというのがありますよね。それを見れば、40歳代、
50歳代、あるいはそれ以下で不幸にもがんに罹患してしまった
人が書いているものが多く、子どもさんがまだ小さかったりして
たいへんお気の毒なんですが、実際は、そういう人の数は多くはない。

ブログなどで情報を発信することができない高齢者が圧倒的多数なんです。
高齢者のがん治療は難しい問題があります。心臓や肺などの
機能が弱っていて、治療がかえって寿命を縮めると思われる人も多く、
さらに、がん患者は「このがんさえ治ればすべて解決」と考えて
しまいがちですが、実際には、もし治っても新たに別のがん(重複がん)

がん闘病ブログ
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に罹ったり、それ以外の病気で数年内に命にかかわるような状況に
なってしまうことが多いんです。手術など治療による後遺症もそれを後押し
します。ある試算では、すべてのがんが、ステージにかかわらず治るように
なったとしても、日本人の平均寿命は2、3年程度しか延びない
としています。自分もおそらくそうだろうと思います。がんが治っても、
別の病気でお迎えが来る。人間は歳を取れば必ず死ぬものですから。

さて、日本は国民皆保険制度と言われ、諸外国では考えられない安価な
費用で、高度な治療を受けることができます。アメリカなどはそうでは
ありません。その人の収入によって入っている民間保険のグレードが違い、
無保険者も数千万人いると言われています。また、保険に入っていても、

医療費は高額で、がんになったために破産宣告しなくてはならなくなる
人が大勢いるんですね。その一方、1回5000万円かかる治療にも
ぽんとお金を出せる お金持ちも多数います。はっきり言ってアメリカの
医療はゆがんでおり、医師と保険会社が手を組んで、医師はバカ高い

自由診療費を取り、保険会社はそれに合わせて掛け金をつり上げる。
(もちろんアメリカ人は、これを自由競争経済の結果と考える人が多い)
また、アメリカでは臓器移植も盛んですが、
黒人やヒスパニックなどはその輪の中に入れていません。

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日本の医療保険制度はエビデンスを重視しています。ある治療において、
はっきり効果があるというエビデンスが出た場合、健康保険を適用
せざるをえない。ですが、ご存知のとおり日本は超高齢化社会であり、
ゲノム解析によってさまざまな高額の薬ができたとして、ほんとうに

医療保険で対応できるんでしょうか。言葉は悪いですが、数年の余命
しかないであろう高齢者をそこまでして治療し、はたして保険制度は保つ
のか。オブジーボが最初に薬価収載されたとき、一人あたり1年間に
数千万円かかりました。それによって若い世代にかかる負担は?

極端な話をすれば、78歳でがんに罹った患者に高額な治療をして、
がんは治ったが2年後に老衰で亡くなったとか。 
・・・このあたりのことは厚生労働省もよくわかっています。ですから、
プレシジョン・メディシン推進にもなかなか積極的になれないんです。



もう一度最初に戻って、2019年度の厚生労働省の見解をご覧ください。
「データベースを構築し、企業の創薬などに活用できるようにする」と
ありますね。患者本位というより、日本の製薬会社が世界的な
創薬競争に負けないようにという意図が強いんです。日本で開発された
画期的な薬が欧米で売れればいい。厚労省のジレンマですね。

さてさて、かなり長くなってしまいました。この手の議論をすると
すぐに「高齢者切り捨て」という言葉が返ってきます。ですが、この話題は
タブーにはできません。日本の未来がかかっていると言っていいと思います。
もちろん遠く将来的には、ゲノム医療も安価にできるようになるでしょうが、
過渡期である現在、何が最もよいのか慎重に見定めていく必要があります。

ぽおい

追記
最近よく、「日本人の2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで
亡くなる」という言葉を目にします。たしかに、統計的にはそれで
間違ってないんですが、かといって過度にがんをおそれる必要もないと
自分は考えます。

本文で書いたように、がん死亡者の多くは高齢者です。人間は必ず
何かで死ぬんです。それはがんかもしれないし、心臓病や脳血管疾患、
糖尿病の悪化や風邪をこじらせての肺炎かもしれません。
みなさんが80何歳かになったとき、がんで死ぬのと
脳溢血で死ぬのと、そこまで違いがあるでしょうか。

日本人はよく「ピンピンコロリ」が理想と言います。ですが、
医学の進歩により、心臓病でも脳血管関係でも、簡単にコロリとは
死ねなくなっています。高額な費用をかけて、半年、1年と不自由な
体で生きていかねばならない場合も多い。老衰死だって、その前には
ほとんどの場合、認知症や寝たきりの期間があります。

そういうことを考えれば、がん死が特別ということはないですよね。
ですから、そこまで怖がる必要もないかと思います。
あとまあ、がん保険とか、人間ドックなどは、各自それぞれの
価値観で判断すればいいんじゃないでしょうか。