あ、俺は石崎ってもんだけどな。じゃあこれからあったことを話すよ。
もうだいぶ・・・10年以上前になるな。俺が大学のときのことだ。
俺はウエイトリフティングやってたのよ。でも、競技者としては芽が
出なかった。全日本選手権の73kg級で6位、アジア大会で4位、
これが成績の最高だよ。まあ、ウエイトリフティングをやったことに
ついちゃ後悔はしてないよ。力がついたのは間違いないし。今は俺、
建設業やってるんだ。そう言えば言葉はいいが、やってることは
ドカタだよ。だから力があってなんぼでも荷物を運べるやつが
いっちゃん偉い。重機とかの免許や資格を持ってるやつは少数だから。
それでよ、これでも高校のときは全国的にその世界じゃ有名で、
だからぜんぜん勉強しないで大学に推薦で入ったんだよ。

けどな、推薦って聞いて最初は喜んだが、入ってみてこれは大変なことだ
ってわかったんだ。どんな苦しいことがあっても、部活動をやめることは
できない。部をやめるのは大学をやめるってことだったんだ。でなあ、
その大学ってのはねっからの体育系で、しごきがひどかったんだよ。
いやいや、部の監督のしごきじゃあねえ、先輩方のが何倍もひどかった。
あんたらも聞いたことがあるだろ。1年は奴隷、2,3年はふつうの人で
4年生は神様だ。あ、笑ったな。嘘だと思うだろ。だがこれはすべて
本当にあった話なんだ。でな、部員の中には自宅生もいるが、俺ら
推薦で入ったやつはずっと寮生活だ。これがキツイ。じつにキツイ。
なんたって逃げ場がねえんだ。4人部屋だから逃げようがないし、
いつも監視されてるような状態だった。それでな、俺が1年のとき

集中して先輩方からいじめを受けたんだよ。いや、態度が悪かったなんて
ことはねえと思う。俺、なんか顔がとぼけた感じがするらしいんだ。
でもよ、そんなの生まれつきだからしょうがねえじゃあねえか。誰も
好き好んでこんな顔に生まれたわけじゃあねえ。でな、あんたらは
笑ってるが、昔はいじめがひどくて寮の屋上から身を投げたやつも
いるんだよ。寮は4階建てだから、そいつは死ななかったが、両足骨折で
競技はできなくなって、部も大学もやめてったらしい。ああ、そいつは
陸上部で砲丸投げをやってたみたいだ。で、掃除とか洗濯とか、しじゅう
雑用があってこきつかわれてたんだ。じゃあ、俺がどんないじめを受けたか
教えてやろうか。よく寮生活だと、寝てるやつの顔にマジックで

イタズラ書きしたりする話があるだろ。あんなの楽なもんだよ。

しばらくすれば消えるんだから。俺が受けたいじめはなあ・・・ある朝、
起きたら目が見えねえんだよ。いや、目が開かねえんだ。それでよろよろ
してたらまわりで大爆笑が起こった。こりゃなにかやられたなってさすがに
わかるだろ。そんときは俺が寝てる間に瞬間接着剤を上下の目蓋に塗られて、
たんだ。洒落になんないよな。病院にいかずに自力でカッターとか
使って目を開けたけど、まつげは全部なくなった。冗談じゃねえよ。
目に入ったら失明してたかもしれないだろ。・・・そのレベルのイタズラが
しょっちゅうあったんだよ。いやいや、俺が上級生になったときはそんな
ひどいいじめはしなかった。せいぜい一気飲みさせたぐらいだ。あ、すまん、
前置きが長くなった。これからする話も、最初はそういういじめの一環から
始まったんだよ。6月のある夜、俺が自室で休んでると、先輩の一人が
  
顔を出して、「これから飲みに行くからこい」って言われた。いや、
疲れたりしてて嫌だったけど、先輩の言うことは絶対服従だから。そんときは
自宅生の一人が車を寮に持ってきてて、それに乗って総勢4人で
山下公園に行ったんだよ。ああ、山下公園って言えば、昭和の時代に
ホームレス襲撃事件があって死者も出てるんだ。そんときから厳しくなって、
ホームレスはふだんはいないんだが、夜になると酒瓶片手にふらふら
入ってくる酔っ払いとかはいたんだ。でな、あそこに「赤い靴
はいてた女の子の像」ってあるだろ。あの座ってるやつ。あの前のコンクリに
座らされて、一人が「これから俺らキャバクラに行くけど、お前はここにいて、
あの女の子が立ち上がったら俺らに携帯で知らせてこい」って言ったんだよ。

そんときは覚悟したね。こりゃ今夜は徹夜だなって。ま6月だから
もう寒くはなかったが、俺がいくら馬鹿でもブロンズ像が立ち上がる
わけがねえことはわかる。でもよ、そんな口ごたえは
一切できねえんだ。それに、俺が心配してたのは警察だ。そんな夜中に
ずっとここにいれば必ず不審尋問受けるだろうって。もしそうなってもだ、
絶対に先輩にやらされたなんて言っちゃいけねえんだ。だからさっそく言い訳を
考えたよ。酔い覚ましにここにいたことにしようか・・・でも、そんときは
俺は一滴も飲んじゃいなかったし、検査をされたらばれるだろ。だから、
どうしようかってさんざん悩んでたんだ。それで、6時過ぎからそこにいて、
10時ころになった。いやあ、もうやることがないから、小学校のときからの
同級生の名前を一人一人思い出してたよ。そしたらけっこう時間がつぶれたし、

忘れてた小さなエピソードなんかも思い出してな。
でな、10時ころかなあ。やはりというか、酔っ払いが一人入ってきたんだ。
よろよろしてたが、俺を見つけてなんか言ってきた。トラブルを起こし
たくねえから適当にあしらってたんだが、言ってる内容がなんか変なんだよ。
「ここらには人を喰うゴミ箱が出る」って言うんだよ。だからお前も
逃げろって。でもよ、そんなこと信じられるか?酔っ払いのたわごとだと、
思ったんだ。「そんなことよりおっさん、早く家に帰れよ」とか言ったんだが、
そいつはさらに続けて、「嘘じゃあねえ、げんに俺の仲間が一人喰われてる」
ってな。いや、その公園は街灯がいくつもあって明るいんだよ。だから
怖いと思ったことはなかった。でよ、その頃はまだ、街にゴミ箱がまだあったんだ。
テロ対策で爆発物を入れられたらマズイって今はないけどな。で、そのおっさんと

言い合ってたときだよ。10mくらい離れたとこにあった四角いゴミ箱が
突然バタンと倒れたんだ。風なんてまったく吹いちゃいなかった。それによ、
ゴミ箱って安定したつくりになってるだろ。ひとりでに倒れるわけがねえんだ。
でな、そのゴミ箱、地面を転がるようにして俺らのほうに移動してきて、
近かったおっさんの足にフタでパカッと嚙みついたんだよ。いや、びっくり
したね。ともかくそれを引きはがそうと、俺は横に回ってゴミ箱を蹴った。
さっきも言ったとおり俺は力だけはあるんだ。けどゴミ箱はへこんだが、
おっさんを放そうとはしない。でな、そうしてるうちおっさんは両足のつけねの
あたりまで飲み込まれて、そんときゴミ箱の中を見たら、ゴミに混じって
燃えるような赤い目が二つ見えたんだよ。でな、最後の手段、そのゴミ箱を
高く持ち上げて落そうと思ったとき、ドヤドヤって感じで

先輩たちが駆けつけてきたんだ。「お前、なにやってるんだよ」 「バカ、
公共物を壊すな。大学に文句がくるだろ」けどよ、俺が「これ、ゴミ箱の
化けもんです」って叫んで、するとゴミ箱はおっさんを放して、ドンドンという
感じで飛び跳ねだしたんだ。さすがに先輩方も顔色を変えて、全員でゴミ箱を
蹴ったり、花壇のレンガを取ってぶつけたりし始めたんだ。そしたら、ゴミ箱は
ガターンと倒れ、中から狸のようだがだいぶでかい獣が出てきて、ワオーンと
一声吠えると、海のほうの道に逃げってったんだよ。いやあ、あんなの見たこと
がねえ。色は真っ黒で、イノシシのような牙があった。先輩の一人が、
「いや、お前が退屈してるだろうから、そろそろ飲みに連れてってやろうと
思って迎えにきたんだが、ありゃなんだ?」ってそいつが逃げたほうを見て
言ったんだよ。まあ、こんな話なんだ。あんたらは信じないかもしれないが、本当に

あったことなんだよ。公園内はゴミが散らばってて、そうしてるうちに警官が来て
全員怒られたよ。俺はあったとおりのことを話したんだが、信じちゃもらえ
なかったな。これで終わり、その後はキャバクラに1時ころまでいて、その後に
麻雀になった。いやあ、麻雀でも負けるとひどい罰があるんだが、その話は
今日はやめておくよ。でな、あのゴミ箱にいたやつがなにかはわからねえが、
おっさんは足を怪我してな、たいしたことはねえって病院を抜け出したんだが、
翌日、死んでそこらの海に浮いてたんだ。どうやらその足の傷から
敗血症とかになったらしい。それで、俺は在学中ずっとその公園には
近ずいちゃいないよ。で、そのうちに俺も2年になって後輩ができ、
いじめはなくなったんだよ。どうだ、怖かっただろ、俺の話。
ま、世の中には何があるかわかんないもんだなあ。