
今回も妖怪談義になります。妖怪と言っても、ここに
登場するのはたいへん美しい女性たちなんですが、
何かの妖怪にとり憑かれたような話があるんです。
幕末の寛永年間にまとめられた、儒者、鈴木桃野(とうや)
の作による『反故の裏書き』に載っています。
ちなみに、「反故 ほご」とは書き損じ、無駄になった紙
というような意味ですが、現代では「約束を反故にする
(破る)」といった使われ方をしています。
さて、ある殿様の屋敷に、金弥(きんや)、銀弥(ぎんや)という
2人の侍女がおり、たいそう美しいことで評判でした。
2人は姉妹ではなく、ともに16歳で、天から落ちてきたか
と思うほど美しい。それだけでなく、立ち居振る舞いもまた
奥ゆかしい。ですから、殿様の寵愛もたいへんなものでした。
ふつうであれば、こういった2人は互いに嫉妬したり
仲違いしたりするものですが、

2人は人が驚くほど仲むつまじかった。ところが、いいことは
長く続かないもので、金弥のほうが病気になってしまいました。
銀弥は心配し、つとめの合間あいまに金弥を看病していました。
何の病気だったかはわかりませんが、金弥はいつまでたっても
よくならず、とうとう実家に戻って静養することになり
ました。仲のよい2人は、金弥の里帰りの前日、涙ながらに
語り合い、抱き合って過ごしました。その2ヶ月後、
金弥は奇跡的に回復し、屋敷に戻ってきます。
2人は喜び合い、以前と同じように殿様に仕えますが、
2人の仲がますます深まったのか、つねにいっしょに行動し、
どちらかの姿が見えないと、おびえたような様子で、
必死に探し回るようになったんです。
ここから半年が過ぎて季節は秋になり、2人は同じ部屋に
寝ていたんですが、夜中、2人そろって厠に起き、
銀弥がろうそくの手燭を持って、金弥が先に厠へ入り、
銀弥が外で待っていました。ところが、いつまでたっても
金弥が出てこない。ただ、外の虫の音だけが聞こえてくる。
銀弥は「どうしたのか」と不安になり、戸の隙間から
中を覗いてみて腰を抜かします。中には、金弥がいましたが、
真っ赤に燃える火の玉を両手でつかみ、異様な笑みを
浮かべて、まるでお手玉のようにして遊んでいたんです。

銀弥は後ずさりし、「金弥はどうしたの? 物の怪にとり
憑かれた?」と思いますが、金屋は何事もなかったように
出てきます。このときから、銀弥は金弥が怖くなりますが、
金弥の様子やつとめぶりも以前と変わりない。そのうち
今度は銀弥が病の床に伏すようになります。
看病しに枕元に来た金弥は「どうしたの、何か心配事でも
あるの?」と聞きますが、銀弥は「何でもない」と
答えていました。すっかり金弥が怖ろしくなった銀弥は
「やはりあの夜のことは本当だったのだ」と床の中で思います。
銀弥の両親は金持ちでしたので、医師を屋敷にやり、
ますが、医師は「物の怪が憑いている」と言い、両親が行者を
呼んで加持祈祷を行うと「今夕の申の刻まに実家に帰さないと
危ない」とされ、両親はすぐに駕籠をさしむけ、実家に
呼び返しますが、それに落胆したのは金弥で、駕籠にとり
すがって泣き、いつまでも手を振って見送りました。

もうすぐ申の刻、父親は駕籠屋を急がせ、やっと遠方に
実家が見えてきて、「もう大丈夫だろう」と思った
父親が、加持祈祷の結果を話してきかせると、銀弥も、
駕籠の中から、かつて見た金弥の異様な様子を父に
話します。もうすぐ家の前というところで、
駕籠の中から「ぎゃーっ」と魂消るような悲鳴が聞こえ、
父親が駕籠の中を見ると、鋭利な刃物で切ったように銀弥の
顔の皮がべろりと剥がされ、亡くなっていました。
父親は おそれおののきながらも、このことを殿様に
報告します。殿様はさっそく金弥に知らせよううと

呼びつけますが、屋敷のどこにもその姿はない。そこで
金弥の実家に問い合わせると、なんと金弥は里帰りして
2ヶ月ほどで亡くなっていて、その届けも殿様に出して
いると言うのです・・・では、先ほど、銀屋を涙ながらに
見送った金弥は何だったのか。
殿様はぞっとしました。金弥の姿は、その後どこにも
見つからなかったということです。まあ、こんな話
なんですが、じつに不可解ですよね。金弥が妖物に
とり憑かれていて、銀弥が被害者なのは間違いないと
思いますが、金弥はどの時点でとり憑かれたのか、
厠で異様な行動をしたときには、もう憑かれていたのか
何ともわかりません。また、銀弥の顔の皮を剥いだのも
金弥なのか、それは何のために・・・ きわめて不可解な
謎が残る話で、現代の怪談にもつうじます。