bigbossmanです。2か月前のことです。前に一度だけ仕事をしたことのある
タウン誌の編集者 Uさんから連絡があって、ミナミの地下街のバーで
お酒を飲みました。Uさんとは特に友人というわけでもなく、仕事でたまたま
一緒になっただけの間柄なので、メールで連絡があったときには驚きました。
どういう用件か聞くと会ってから話すということだったので、バーで
ジン・トニックを飲みながらうかがったんです。それで、その話という
のが、幽霊を見たってことっだったんです。「えー、それはどこで?」
「奈良県の大和郡山市の住宅街でのことだよ」 「はー、ずいぶん田舎ですね」
「ちょっと取材があったんだよ。それで仕事が終わって、そのときのスタッフと
居酒屋で打ち上げをしたんだ。で、タクシーで駅前のビジネスホテルに帰る
途中」「はい」「典型的な田舎の踏切を通ったんだが、電車が来たんで

待ってて。遮断機が上がったら、踏切の向こうに古臭い夏用の制服を着た
女子中学生と見える子がいたんだ」「はい」「時間は夜の10時半ころ
だったから、こんな時間にと思った。いや、正直に言えば幽霊じゃないかと
思ったんだ」「それはどうして」「全体がセピア色だったし、宙にわずかに
浮き上がって見えたんだよ」「へえ、高さは?」「普通に立ってるくらい
だったが、地面を踏んでるようには見えなかった」「ふーん、それでどう
なったんです?」「それがな、タクシーがその横を通りすぎようとしたら、
ふっとかき消すようにいなくなったんだ。いや、ホントの話だよ。タクシーの
運ちゃんも見たんだ。その人を探し出せば証言してくれるだろう」
「で、それから?」「いや、2人ともビビっちゃって、幽霊なのか?幽霊は
ホントにいるんだなって話になったよ」「そうでしょうね・・・じつは自分、

怖い話を書いてるくせに幽霊を見たことはないんです」「俺だって初めて
だよ。だけど、もし幽霊が本当にいるならって想像してたとおりだった」
「ははあ、その後は」「怖くて怖くて、その後も駅前のバーで一人で飲んで、
ホテルに戻ってすぐ寝たよ」「スマホ持ってたでしょう。写真撮らなかった
んですか?」「かまえてるヒマもなかったよ」「たいがいそうですよね」
「でも、すごいリアルで作り物とは思えなかったし、見てる前で消えた
からね。ありゃ本物というしかない」「ですか」こんな会話になったんですが
俄然興味を持ちましてね。物好きだと思われるかもしれませんが、現場を
見に行ったんです。舗装こそされてましたけど典型的な田舎の道で、
踏切も遮断機一つだけの簡単なもの。踏切を出たとこで一本の細い脇道と
交差してました。Uさんに電話して確かめたところ、当日はその脇道の奥、
幽霊が出た真後ろに白い車が一台停まってたが、人は乗ってないと思った、

ということでした。それでね、雑誌社の名刺を使って、近辺の聞き込みを
してみたんです。そしたらちょうど下校時間で、集団登校の小学生の一団が
通りかかったので、このへんに幽霊の噂がないか聞いてみたんです。けど、
小学生たちは、その道は毎日登下校で通るが、そんな話は聞いたことがない
ということだったんです。しかし、今どき小学生に話しかけるのは緊張しますね。
男の子を選んで聞いたんですが、いまごろ変質者あつかいされてなければ
いいですけど。次はその踏切のすぐ近くの家、5件ほどに聞いて回りました。
不在の家もありましたけど、どの家の人もそんな話は知らないといって
ましたね。ただ一人、年配の主婦の方が、ずっと以前にその踏切の向こうで
交通事故があって、たしか女の子が亡くなったって話をしてくれたんです。
でもそれも50年以上前の話だし、今頃になって出てくる意味もわからない。
ということで、自分はけっこう執念深いたちなので、これであきらめることは

しません。市内のマンガ喫茶にずっといました。ええ、だから酒は一滴も飲んで
なかったですよ。でね、10月だったので日は短くなってまして、9時ころから
そこの踏切近くの植え込みの中にひそんでました。よくやるなあと思われる
でしょうが、幽霊について何かがつかめるんだったら、このくらいなんでも
ないです。でね、午後9時から午前4時までずっと植え込みにいたんですが、
何も起こらないので、あきらめて大阪の店に戻ったんです。ええ、翌日は図書館や
大和郡山の市役所にいっていろいろ調べました。たしかに事故はありましたが、
鉄道事故ではなく交通事故だったんです。被害者は山本峰子14歳。車に撥ねられ、
脳挫傷で即死となってたんです。あとは近所の住人ですね。で、おおよそのめどが
ついたんです。なんのめどかっていうと、幽霊を出現させためどですよ。で、
夕方には今日訪ねて不在だった家の一軒を再訪したんです。幸いに住人の方は

帰宅していて、初老、60代の男の方だったんです。会うなり単刀直入に「幽霊の

話が聞きたいんです」といいました。「はあ、私がやったのをご存じですか。
どうしてわかったんですか」「いや、このあたりの住人のご職業を調べさせて
もらったんです、そしたら西脇さん、あなたが設計事務所を退職したばかりだって
わかったので」「それは?」「あなただったら職業柄、3Dの設計ソフトのあつかい
には慣れてらっしゃるでしょう。幽霊がセピア色だったという話でぴんときました。
3Dホログラムの幽霊を出すのはたいへんだし、現場に跡が残るでしょう。ですが、
自分が調べてもそんな跡はなかったし、これは設計ソフトで3Dの人型の模型を
2次元で作って、それにパソコンに取り込んだ写真を巻きつけて貼った。

で、スライドにしてプロジェクターで もやかなんかに映した。違いますか?」

「昨夜はもやが出てましたからね」「お認めになるんですか」「はい、別に

 

悪いことをしたわけではないし、故人をおとしめる意図もない。犯罪にも

あたらないでしょう」「それはそうです。この亡くなった子と西脇さんの

ご関係は?」「中学の同級生だったんです。当時のことだから恋人同士ってわけじゃ

ないけど仲がよかったんですよ。気の合ういい友達でした」「なるほど、で」
「それが車に10mも撥ね飛ばされて、あんな亡くなり方をするなんて。
私は女の子のように気が弱いといわれてて、いじめられがちでしたが、あの子と
だけは仲がよかったんです。それなのに」「ご結婚はされなかったんですか?」
「31歳のときに結婚はしました。当時としては遅いほうですね。でも、上手く
いかなくて3年後に離婚したんです。子どもはいません。それからずっと独身
ですよ」「どうしてこんなことをしたんです?」「いやあ、
60歳でいったん退職し、その後再雇用されて嘱託を3年やりました。

でね、それも終えて完全に引退すると、毎日やることがないんです。それで、
時間があると若い頃の思い出がよみがえってきて・・・どうにもならず」
「それで、山本さんの3Dを作ったと。いや、どっかに訴えるとかするつもりは
ありませんよ。ただ、なにがあったか知りたかっただけで」「あんな時間に

タクシーが通るとは思いませんでした。ふだんはほとんど人通りの
ない道ですから。あのタクシーに乗った方たちに見られたんですね」「そうです、

幽霊だと思ってたみたいです」「そうでしょうね。悪いことをしました。
でもね、彼女の幽霊、出てきてくれればいいいのに、僕は本物は一回も見た

ことがないんですよ」「同じです。本物の幽霊なんていないんでしょうねえ。
それより、その動画見せてもらってもいいですか」「ああ、かまいませんよ
こちらにどうぞ」ということで、洋間に案内されると、

壁に大きな布のスクリーンがあったんです。「ふだん映画を見るためのもの
です」西脇さんはそうおっしゃってました。パソコンとプロジェクターをつないで、
部屋の電灯を消し、壁のスクリーンに映ったのは、長い髪を束ねた少女の姿でした。
古い写真を使ったらしく全体がセピア色。「これが山本さんですか。さぞ無念

だったことでしょうね」「ええ」「どこで撮ったんですか?」「これは、中2の

合唱コンクールのときです。僕らのクラスは民謡をアレンジした曲で金賞を
取ったんですよ」「なるほど」「写真はコンクールをやった文化会館の前で
インスタントカメラで撮ったものです」「よくずっと持ってましたね」「まあ」
こんな話をお聞きしたんです。「背景が黒いのはどうしてですか」
「ええ、夜に彼女が亡くなった場所で映してみようと思って、パソコンで
背景を黒塗りして」「大きくなったらきれいな女性になっただろうに・・・」

「あの子が亡くなったのは50年も前ですが、だからって彼女の人生がなかった

 

ことにはならないし、誰かの記憶に残ってるんです。」「たしかに」
そのときです、事故なんて起こるはずがないのに、スクリーンが急にまぶしくなると
ジジジという音とともに中央から煙が上がったんです。「え、え」パソコンか

プロジェクターかがクラッシュしたらしく、映ってた画像がぐにゃりと歪みました。
自分はプロジェクターに、西脇さんはパソコンに駆け寄り、混乱した中で確かに
見たんです。スクリーンの中で動くはずのない少女の像が正面に向き直り、
軽く礼をして消えたんですよ。・・・原因はパソコンの故障でした。でも、

壊れたのはパソコンに取り込んだものだけで、本体の写真は無事だったんです。
西脇さんは供養するといってましたが。まあこんな話なんです。もちろん西脇さんが
画像が動くようにしていたということはないそうです。だったらあれが幽霊なのか。
50年というのは長い年月ですよね。もし幽霊だとして、なんで今まで

出てこなかったのか。自分にはよくわかりません。おわります。