こんばんは、木佐貫ともうします。去年神職の養成所を卒業して、今年から

禰宜の見習いとなりました。19歳です。よろしくお願いします。私は

現在、京都のある神社に奉職してるんですが、昨日夜に電話が入りまして。

いえ、私じゃなく宮司さんにです。社務所のほうで長時間電話してたんですが、

様子がなにやらただならぬ雰囲気でした。私は絵馬の整理をしていたので、

聞くともなしに会話が耳に入ってきたんですが、どうやら京都にある

禁忌の一つが破られたってことみたいだったんです。はい、京都は平安京

以来1300年以上続いている都市なので、いたるところに魔を封印した

ものがあるんです。それが、昨今のオーバーツーリズムで外国人の

観光客の方が増えたでしょう。その中には知ってか知らずにか、封印を

破ってしまう方もいるんですよ。去年からそういう事件が増えてるんです。

 

旅行者が多いことで、私たち神社もお寺さんも潤ってるんですが、

こういうことも多くなったんです。宮司さんは電話を終えると私のほうに

向き直り、「困ったもんだ。また封印にイタズラされた。しかも今回は

かなり古い時代のものだよ。それで、京都中の神社に連絡が回ってる

らしい。私もいかなくちゃならん」っておっしゃったんんです。

「それ、どこの封印ですか?」私が尋ねると、「二条公園の池のやつ

らしい。あれはごく古いもので、ぜったい触ってはいけないとされてる」

「え、あれってたしか平安末ですよね。そんな古いもの、とっくに力を

なくしちゃってるんじゃないですか?」「そうかもしれん。だが

なにか起きてからじゃ遅いし、対処は早いにこしたことはない」

「わかりました。私はどうすれば。」「私は出かけなきゃならん。

 

これは神社庁の係になってるんだ。社のほうは息子にまかせるから、

あなたは私の手伝いをしてくれ」と、こういうことになったんです。

それから詳しい事情を説明されました。なんでも、南米の某国の方が

市内の二条公園にある平安時代に妖異を封印した碑にイタズラ書きをして

しまった。本人はちょっとした出来心で、まさか自分のやったことが

妖異を復活させるとは思ってなかったでしょうけど、それがもとで

妖異にとりつかれてしまった。封印が破られると、統括している本部に

すぐ伝わる仕組みになっているので、すぐ、対策として京都の

霊的守護チームに連絡が入ったってことなんです。はい、霊的守護

チームというのは、名前は知られてないけど、重要な地位にある神社の

宮司さんで構成されてて、うちの宮司さんもその一人なんです。さっそく

 

チームは本拠のある某神社に集まり、私もお手伝いとして参加したんです。

でも、私にできることなんて限られてるし、足手まといにならなきゃ

いいなって思ってたんです。で、チームが霊的波動を探知した結果、

その南米人は自分が逗留してるホテルの部屋に戻ってることが

わかったんです。おそらく急に体調が悪くなって、混乱して部屋に

帰ったんだろうと思いました。「こりゃ、案外楽かもしれん。みなで

その部屋に出かけて退魔してしまおう」チームの一人がそうおっしゃり、

みなでそのホテルの部屋に押しかけたんです。それで、部屋のドアの前に

立ってドアのインターホンを押すと、「ぐわわわわっ」という声が

漏れ聞こえてきました。「あ、あぶない。妖異が外に出ようとしている」

ということで、ホテルのフロントマンに頼んで、スペアキーで

 

ドアを開けてもらったんです。一行が部屋に入ると、うなり声はまだ

続いており、それはベットからで、シーツをかぶってふるえている

人物がベッドにいたんです。これか!と思い、一人がシーツをめくると、

うつぶせになってうめいているいる色の浅黒い男性がいたんですが、その額に

角が2本生えており、壁に刺さってるのが見えたんです。男性は

「うわおう!」という奇声を上げてベッドから飛び降り、立ちふさがった

チームの方をつきとばすと、ドアから一直線に廊下に逃げてたんです。

そのとき、鍵を開けてくれたホテルのフロントマンの頭にかじりつく

ようなしぐさをしたんです。すると・・・見てしまいました。ホテルマンの

頭から血をしぶきながらズンズンという感じで黄色い角が出てきたんです。

それだけじゃなく、背中を向けたホテルマンの制服のお尻から布を破って

 

しっぽが伸びてきたんです。外国人は廊下の端までいってバッタリと倒れ、

ホテルマンは「クェーッ」という金切り声を上げてマスターキーで鍵を開け、

非常階段をものすごい勢いで駆け下りていったんです。一行は呆然と

その様子を見てましたが、「今度はあいつに憑依した。絶対に外へ出すな」

それで、ご高齢の宮司さんが多かったのでエレベーターで後を追いかけたんです。

1回のロビーまで降りると、ちょうど外へ走り出ていくホテルマンの姿が

見えました。ああ、大変!みなも外へ出ると、ホテルマンはもうすでに

通りのかなり向こうまでいっており、さきほどもいいましたように、宮司さん

たちは高齢の方が多かったので、よたよたという感じで追いかけて

いったんです。ホテルマンはすれ違う通行人を次々になぎ倒し、怪鳥のような

叫び声をときおり上げながら、丸太町通りを逃げるわ逃げるわ・・・

 

200m以上は走ったでしょうか。ご存じのとおり、京都の街は道路が

直角になっていてわき道が少なかったからよかったものの、そうでなければ

見失ってしまっていたかもしれません。途中からホテルマンは四足歩行になり、

それでもすごい速さで通りを駆け抜け、周囲の風景が寂しくなってきました。

そして鴨川にかかる橋にさしかかり、時間は6時ころでしたが、すでに

薄暗く、でもまだまだたくさんの人通りがありました。ちょうど欧米人の

団体旅行客が通りかかったところで、ホテルマンはその列に突っ込み、

立ち上がって年配の女性の頭に嚙みついたんです。ああ、また憑依が

入れ替わってしまう。そう思いました。やはりその女性は、何事かを

叫びながら、体にはみるみるうちに角としっぽが生え、たちまち素早い

獣のような動きで欄干のフェンスを乗り越え、川に身を躍らせたんです。

 

それで、信じられないことが起こったんですよ。はい、その女性の

服の背中を切り裂いて、真っ黒い2枚の翼が出てきたんです。私たちが

見下ろすと、そのものはゆっくりと川面のすれすれを輪を描いて旋回して

いたんです。「みな、神鈴を投げろ!」一行の一人が声をかけ、宮司さん

たちはそれぞれふところから神楽鈴を取り出しました。ああ、さっきから

シャンシャン音がしてたのはこれだったのか、と思いました。で、いっせいに

投げた鈴の一つが妖異の背中、翼の中心にあたり、妖異はくるくると宙を

旋回して河原に落ちたんです。声は上げていましたが動けない様子でした。

そこへ一行が土手を通って河原へ下り、苦しんでいる妖異を封印したんです。

「川へ落ちなくてよかった。水に入る用意はしてこなかったからな」

宮司さんの一人がそう言いました。これでだいたいの話は終わりですが、

 

最後に補足説明をさせていただきます。

二条公園・・・世界遺産の二条城のすぐ近くですが、封印されていたのは

鵺(ぬえ)という妖異でした。平安時代後期、御所で夜な夜な奇声を上げて

帝を悩ましていた妖異で、その声はトラツグミに似ていたといわれます。

それを射落とすように命じられたのが、その当時の源氏の棟梁で弓の名手で

あった源頼政。そして見事に射落とし、矢尻についた血を洗ったのが

二条公園の池で、そのことを記念して建てられた碑なんです・・・

この最近の観光客の数でしょう。なにかがあってはいけないということで、

移封の話が出ていた矢先にこの出来事が起こってしまったんです。

本当にオーバーツーリズムには困ったものです。京都の魅力をたくさんの

人に感じていただきたいのはもちろんなんですが、

 

それにも限度というものがあります。

なんとかならないんでしょうか。それで、最初に取りつかれた南米人も、

ホテルマンも、女性の観光客も大きなケガはなかったんです。角の生えた

痕が額に残りましたが、しばらく絆創膏でも貼ってれば治るだろうという

ことでした。それで、今回のことのもとになった南米人のイタズラですが、

碑に大きく翼のある蛇がマジックで描かれてあったんです。おそらく

そのことが原因だろうと思います。はい、異国の神の絵柄ですからね。

鵺が怒って封印を破ったんでしょう。封印自体が古いものですし。

ここまでの大事はめったにないんですが、小さな事ならしょっちゅうです。

なんといっても、京都はそこらじゅうに地雷が埋まってるような

ものですから。しかたがありませんね。こういうことをするのも神職の

役目ですから・・・ということで、私の話を終わります。

 

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