2週間くらい前の話です。自分(bigbossman)がたまに原稿を書かせて
もらっている雑誌の出版社の、創立60周年記念のパーティがあり、
招待されて参加しまして、会う人ごとに「何か最近、怖い話ないですか」
って聞いてたんですね。自分が怖い話のブログをやってることを
知ってる人は多いので、半分バカにしたような顔で「ないなあ」
みたいな反応がほとんどだったんですが、けっこう有名な映画評論家のUさんが、
「ああ、怖いっていうか、奇妙な話を聞いたな」そう言ってくれたので、
パーティ会場の隅のほうでうかがいました。「どんな話ですか?」 
「これな、俺の身に起きたことじゃなく、聞いた話なんだが、それでもいいか」
「もちろんです」 「俺の知り合いにMさんって人がいて、陶芸家なんだ」
これ、自分はMさんのことは知りませんでした。

「Mさんはな、不幸な人なんだよ」 「どういうことです?」
「50代後半くらいの人だよ。自分の窯を持ってて、鎌倉のほうで
 作品を焼いてるんだが、一人暮らしなんだ」 「はい」
「たしか10年くらい前、奥さんを乳癌で亡くしてるんだ」
「ははあ、子どもは?」 「それがな、男女2人いたんだけど、
2人とも若くして亡くなってる」 「どうして?」
「息子さんのほうは、新婚旅行でハワイに行った翌日だよ」 「え?」
「新婚の奥さんと2人でビーチに出たんだ。遠浅の浜で人がたくさんいて、
溺れるような場所じゃないんだよ。それが、ふっと姿が見えなくなって、
奥さんが探してたら、浜に人だかりのしてるとこがあって、
そこへ行ったら旦那さんが倒れてて、救命措置を受けてた」

「ええ?」 「結局 助からなくて、溺死ってことだったんだが、
 そこ、海の深さが大人の膝くらいの場所だったんだって」 「・・・」
「それからな、娘さんのほうはまだ高校生だった。大学受験で
合格が決まった翌日だよ。その日はMさんがお祝いに好きなものを
買ってやるって、いっしょにデパートに行くことになってた。
それが朝になっても起きてこないんで見に行ったら、
部屋のベッドで息をしてなかったんだよ」 「なんで?」
「突然死症候群って診断だったらしい。Mさんは嘆いてたよ。
うちの娘は、小さいころから風邪ひとつひいたことがない丈夫な
娘だったのにって」 「・・・それはたしかに、不幸というか、
運が悪いですよね」 「だろ」

「それでな、Mさんはすっかりまいっちゃって、新聞記者をしてたんだが、
東京のマンションを売って、鎌倉のほうに引っ込んだ」
「はい」 「早期の退職金で窯場をつくって、それまで趣味でやってた
陶芸を本格的に始めたんだが、なかなか売れなかったんだよ」
「始めていきなり売れることはないですよね」
「まあな。ただ、Mさんの作品を見た人はみな、陰鬱で底寒いような感情を
底にたたえてる、みたいなことを言うんだよ」 「ああ」
「で、ここまでは前置きで、次からは俺がMさんから直接聞いた話なんだ」
「はい」 「Mさんはある日、宅急便を受け取ったが、
別に不審には思わなかった。今はネットで陶芸の道具とか土とかも
注文できるから、自分が買った何かだと思ったそうだ」 「はい」

「ところが、ダンボールを開けてみたら、驚くようなものが出てきた」
「何ですか?」 「絵馬だったんだよ、かなり高そうな拵えの」
「絵馬?」 「しかもそれには、願い事が書いてあった。
Mさんは女の字だと思ったそうだが、内容が非道くて、
その女は働いてる先の上司と浮気してて、じゃまな夫に死んでほしい
ってことだったんだ」 「ははあ、奇妙な話ですね」
「で、ほら、普通は絵馬って、右下に神社名が書いてあるだろ。
そこにはMさんの名前があったんだな。ということは、Mさんを
名指しして、願い事がかなうように送ってきたってことだ」
「うーん、その願い主の名前は?」 「絵馬には書かれてなかった」
「あ、でも、宅急便だから、差出人の住所氏名があるはずですよね」

「それが、住所は「同上」、氏名は「本人」になってたんだ」
「ああ、旅先で自分で自宅に荷物を送る場合はそう書きますよね」
「だからMさんも困ってしまって。何かの間違いだろうけど、
ゴミに出すのも気味が悪いからって、作業小屋の奥にほっぽっておいた」
「で?」 「そしたらな、1週間後に、今度は差出人不明の封書が来てな、
中には、手紙と現金5万円が入ってたそうだ」
「現金書留じゃなく、普通の封書ってことですよね」 「そうだ」
「消印とかは?」 「それが九州の某市になってて、Mさんは行ったことも
ないし知り合いもいない」 「手紙にはなんと?」
「このたびは願いをかなえていただいてありがとうございます、
とりあえずは御礼として、ってなってたんだそうだ」

「うーん、ということは、わずか1週間でその絵馬を書いた女の旦那が
死んだってことなんですかね。もし本当にそうだとしたら、
すごいご利益っていうか、怖いですね。そのお金はどうされたんですか」
「うん、Mさんも気味が悪いから、手をつけずとっておいた」
「で?」 「それから3ヶ月くらいして、また宅急便が来た」
「絵馬ですか」 「そうだ。差出人がわからないのも同じだが、
今度もまたひどい内容でな」 「どんな?」
「やはり女の字で、うちの息子が失恋して落ち込んでる。つきましては、
かわいい息子をふった相手の女の顔をぐじゃぐじゃにしてほしい、
そんな内容だったそうだ」 「うわ・・・で、その願いは?」
「また礼状が来たんだよ。やっぱり5万円入ってた」

「・・・聞いたこともない不可思議な話ですね。どういうことなんでしょう。
Mさんに呪いの願掛けをかなえる力があることを知ってるのか?
でも、どうして?」 「Mさんがわからないんだから、俺にわかるわけないだろ」
「そうですよね、で?」 「それから半年の間にもう3枚、呪いの絵馬が
宅急便で来て、その邪悪な願いはすべてかなったようだったんだな」
「計5枚 来たってことですか。でも、宅急便て受取拒否ができますよね。
たしか、配達人に拒否しますって言うだけでいいはず」
「うん、だからね。6枚目が送られてきたとき、差出人が「同上・本人」に
なってるのを見て、受け取りを拒否しますって言ったんだよ」
「で?」 「そしたら、配達のドライバーは若いあんちゃんだったんだが、
玄関先で急に体が硬直したようになり、白目を向いて、

Mさんに向かって、汝は神なれや、なぜに受け取らぬか、
神が神たりえる本分をわきまえよ、
さあさ、とくとく受け取るがよかろうぞ、こんな内容のことを、
吠えるような声で言ったっていうんだ」
「・・・」 「Mさんは恐ろしくなっちゃってね、受け取ってしまったんだよ」
「それでどうなりました」 「Mさんが受け取ると、配達人の白目が
ぐるんともとにもどって、愛想のいい声で、じゃあ受け取りのハンコか
サインお願いしますって」 「・・・こんな話、初めてです」
「でも、絵馬はそれが最後だったんだな。それからは今にいたるまで、
送られてきてないそうだ」 「全部で絵馬は6枚、御礼が30万円
ってことですね」 「そうだ」 「それ、Mさんはどうしたんですか?」

「うん、警察に連絡しようかとも考えたんだが、どうせ差出人不明だし、
まともに取りあってくれるとも思えない。だからね、その絵馬6枚と
お金も全部、陶芸の窯に炭といっしょに入れて燃やしちまったそうだ」
「ああ、もったいない気もします」 「・・・それでな、そのときに焼き上がった
作品の茶碗の一つ、それが陶芸の大きな展覧会で
第一席に選ばれたんだよ」 「うう」 「すぐに買い手もついて、
30万どころじゃない金額で売れたそうだ」
「・・・なるほどねえ。ところで、Mさんは絵馬の呪いが
本当にかなってるかどうか、調べたりしなかったんですか?」
「うん、呪われてる相手の名もわからないし、送られてくるのも止まったんで、
それ以上かかわるのは怖いからやめたって言ってたな」